第6話 ダブルデート 会長編後編

 会長と二人だけで過ごす時間は今まで何度もあったのだが、今みたいな狭い空間で二人だけというのは初めての経験だった。

 しかも、いつもとは違って会長は制服姿ではなく私服姿であり、目の前にいる会長のスタイルの良さは健全な男子なら誰もが意識してしまうようなものであった。


「なんか、まー君と二人だけってのは慣れてるはずなのにさ、こういう場所だと緊張しちゃうよね」

「そうですね。会長がいつもと違う感じがするから僕も緊張しちゃってます」

「あ、やっぱりそうだよね。いつもとちょっと変えてみたからそう思っちゃうよね」


 いつもであれば話をする時はお互いにちゃんと目を見て話しをしているのだが、今に限って言えばお互いに顔を見ずに景色を楽しみながら会話をしていた。

 ビルの屋上にある観覧車なので見晴らしもいいという事もあるのだが、単純に目の前にいる会長を見ることが出来ないという事なのだ。たぶん、ダブルデートと言うことが無ければ何の意識もせずに見られたと思うのだが、その言葉一つで僕は会長を直視することが出来なくなってしまっていたのだ。

 やっていることは何も変わらないはずなのに、気持ち一つでこんなにも見え方が違ってしまうのだと思うと、人間って不思議な生き物だと感じてしまった。


「やっぱりさ、いつもと違うってのはおかしいモノかな?」

「いや、そんなことは無いと思いますよ」

 僕はやはり会長を真っすぐに見ることはまだ出来なかった。視界の端に見える会長は僕を真っすぐに見ているようなのだが、僕はソレにちゃんと答えることが出来ずにいたのだ。

「本当かな。いつもと違って目を合わせてくれないのはちょっと悲しいな。でも、まー君はこの観覧車に乗るのが初めてって言ってたもんな。初めてならいろんなものに興味を持つのも仕方ないかもね。でも、少しで良いんで私の事を見て欲しいな」

「僕は会長の事は見てますよ。でも、ちょっといつもと違う雰囲気に慣れないというか、真っすぐ見ることが出来ないんですよ」

「そんなに変だったかな。私としてはいつもとそれほど変わってないように思えるんだけどね。でも、まー君がそれだけ私の事を意識していてくれたって事の証明になるのかな」

「どうでしょう。あんまりそういう事は意識していなかったので、よくわからないです」

 観覧車のスピードはそれほど速くなかったのでまだ頂上までは少し残っていた。それでも、周りに高い建物が無いという事もあって遠くまで見通すことも出来て景色は素晴らしかった。

 もしかしたらと思って僕の家の方向を見てみたのだけれど、さすがに自分が住んでいる家までは見えなかったのだが、僕たちが通っている学校はすぐに見つけることが出来た。

「学校って意外と広かったんですね」

「そうだね。こうしてみると意外と広かったんだな。でも、私が使ってるのはアレの一部でしかないんだよな。体育の時だってグラウンドを全部使うわけじゃないし、運動部じゃなければ校舎を一周走るなんてことも無いだろうしな。まー君は運動も出来そうなのになんでオカ研に入ったんだっけ?」

「僕がオカ研に入った理由ですか。それは、単純にそういう事に興味があったからですよ。昔から妖怪とかお化けとか宇宙人とか好きでしたからね」

「そう言うもんだよな。私も似たような理由でオカ研に入ったしな。そうだ、この観覧車の噂は知ってるかい?」

「観覧車の噂ですか?」

 僕はこの観覧車に何か噂があるという事は知らなかった。そもそも、この観覧車が出来たのは去年だったはずなので何か事故でも無い限りは変な噂なんて絶たないと思う。

 実際にこの観覧車で何か事故があったのかは知らないが、悲惨な事故があれば少しくらいはその話が耳に入ってくると思うのだが、僕の耳にそんな話が入ってくることは無かったのだ。

 それに、そんなことがあればオカ研の活動中に誰かが話題に出しそうなものである。


「この観覧車が頂点に届く時に写真を撮ってはいけない。その理由は撮ればわかるのだが、とってはいけないのだ」

 もう少しで頂点にたどり着くというところで会長がそんな事を言い出したのだ。

 観覧車の頂点でキスをするなんて話は漫画なんかで見た事はあったが、写真を撮るというのは聞いたことが無かった。

 観覧車の頂点がいつやってくるのかわからないので写真を撮るタイミングもわからないと思うのだが、その辺は頭のいい会長なのでちゃんと対応出来るようだった。

「まあ、何があるかわからないので迂闊なことは出来ないけど、私のスマホを使ってそれを試してもらいたいんだ。ほら、まー君のスマホで撮って何かあっても大変だしな。私もそう言うことには慣れていないけど、まー君がしてくれるって言うんだったら大丈夫だと思うよ。どうだい、私の事を撮ってくれるかな?」

「撮るのは構いませんよ。でも、会長一人でってのは良くないと思います。だから、何かあった時は僕も一緒ですよ。会長のスマホじゃなくて僕のスマホで写真は撮りますよ」

「まー君は本当に優しいな。その気持ちは嬉しいよ。でも、何も無ければ愛ちゃんには言わないでおいてくれよ。オカ研の会長として変な心配はかけたくないからね」

 僕はスマホのカメラを起動したのだが、あまり使い慣れていないので間違えて一枚撮ってしまったのだった。

 撮れた写真を後で見返してみて思ったのだが、足と胸と顔がバランスよく一枚に収まっていてまるで写真集の表紙を意識して撮ったようにも見えたのだ。この写真は会長も愛ちゃんも気に入ってくれたのだが、愛ちゃんの誤解を解くのには少しだけ時間がかかってしまったのは誰にも言えない事であった。

「まー君はカメラをほとんど使わないみたいだから知らないと思うけど、シャッターボタンを長押しすると連射撮影が出来るんだよ。正直に言ってこのゴンドラがいつ頂点に達するのかなんてわからないからさ、私が良いよって言うまでシャッターボタンを長押ししててほしいんだ。検証のためにも必要な事だからさ」

「そんな機能があったんですね。ちょっと緊張しますね」

「そうだな。何があっても最後まで撮り続けるんだよ。それと、その写真は今度の活動の時にちゃんと二人で確認しような」

 オカ研の活動はあまり人数が揃わないのが常だが、僕と会長以外にも活動に参加する人はいるのだ。最初は真面目に活動していた一年生も自由参加という事を知ってからはあまり顔を出さなくはなっていたが、週に一度は参加してくれていたし、三年の先輩だって時々顔は出してくれていたのだ。

 それなのに、会長がこれから撮る写真を二人で確認しようというのはどういう意味なのだろうか。もしかして、それほど危険な写真が取れてしまうという可能性があるのだろうか。

 僕はスマホを会長に向けてシャッターボタンに親指を合わせていた。

 レンズを真っすぐに見ている会長と画面越しとはいえ、観覧車に乗り込んでから初めて目が合ったのだ。少しだけ気恥ずかしい思いをしたのだが、会長の合図があってそのまま僕はシャッターボタンをひたすら押し続けた。

 観覧車の中に響くシャッター音は僕の心臓の鼓動よりも早かったのだが、会長と目が合っている僕の心臓はいつもよりは早く鼓動を繰り返していたのだ。

 画面越しに見える会長は僕の目を見つめながら微笑んでくれているのだが、そろそろ頂点に達したのではないかというタイミングで、なぜか会長は立ち上がってスカートをたくし上げたのだった。

 何が起こったのかわからない僕ではあったが、会長は立ち上がって僕を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべていた。

 相変わらず僕のスマホは写真を撮り続けているのだが、僕は画面ではなく立ち上がった会長の顔をじっと見ていたのであった。


「そろそろ写真はいいと思うよ。ちゃんと撮れてるかな?」

「え、どうでしょう。でも、どうして立ち上がってスカートを?」

「デートだからね。たぶん、まー君とこうしてデートをする事なんてもう無いと思うし、思い出の一つくらいは作っておきたいなって思ってね」

「思い出って、確かに忘れられないと思いますけど、会長はそれでいいんですか」

「私なら大丈夫よ。別に見られても減るようなものではないしね。でも、まー君の記憶には残るでしょ。それでいいのよ。ねえ、ちゃんと撮れてるか確認してもらってもいいかな?」


 僕は初めて撮った写真を確認してみたのだけれど、最初のうちはちゃんとブレずに会長の姿がハッキリと写っていた。

 間違えて撮った写真ほどではないが綺麗に撮れていたと思うし、誰に見せても恥ずかしいような写真ではないと思うのだが、会長が立ち上がった後の写真はどれも綺麗に撮れてるとは言えずブレにブレていたのであった。

 それでも、何枚かは綺麗にピントが合っている者もあったのだが、画面いっぱいに会長のピンク色のパンツが写っていたので誰にも見せることは出来ないのである。


「写真だけじゃなくてさ、ちゃんと直接見てもいいからね」

 会長は僕の正面に座ってスカートを上げてパンツを見せてくれていたのだが、そこには画面越しに見えたのとは違って柔らかそうで暖かそうな印象を受けていた。

 愛ちゃんとが履いていたパンツとは違って少しだけ生地が薄くて透けているようにも見えるのだけれど、それを補うようにひらひらとしたレースがついているので可愛らしさだけではなく大人っぽさもあるように見えていたのだ。

「そんなに見られると恥ずかしいけど、まー君だから特別に見せてあげるね」


 僕も会長もしばらくの間無言で過ごしていたのだが、お互いに目が合うことは無かった。

 僕が会長の顔を見てみると、会長は何かを誤魔化すように外の景色を見ていたのだ。僕もつられて外の景色を見ようとしたのだが、観覧車はもうすぐ終着点にたどり着くところであった。


「どうだった、楽しかったかな?」

 僕たちを出迎えてくれる愛ちゃんは笑顔で真っすぐに僕を見てくれていたのだが、僕はなんとなく愛ちゃんを直視する事が出来なかった。

「少し休んだら次は私と一緒に乗ろうね」

「そうだね、ちょっと休憩したら一緒に乗ろうか」

 そう言った僕の背中を会長がそっと優しく押してくれたのだ。

「私もまー君と一緒に乗れて楽しかったよ」

 笑顔でそう言ってくれた会長ではあったが、観覧車の中であったことは愛ちゃんには言えないよなと、僕は思っていたので笑顔でいられたかは自信が無かったのであった。

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