技巧と力

 セイドウ達にイコがもらったスキルについて説明すると、セイドウは少し考え込む様子を見せてからイコに尋ねる。


「そのスキル、鳥とかもいけるのか?」

「試してみないと分からないですけど、どうしたんですか? 鳥が好きなんですか?」

「そういうほのぼのした理由ではなく」

「あっ、食べるんですか? 栄養はないと思います」

「そうでもなく。手紙のやりとりとか出来そうだと思ってな」


 ああ、なるほど。

 狼煙で対応しようかと思っていたがそれだと他の煙と見分けが付かないし、行き来させられる情報量も少ない。

 手紙……と言うよりかは木板と炭で書くことにはなりそうだが、それでも情報量も確実性も大きく上がるだろう。


 とは言っても重量や炭による文字の太さを考えるとそこまで細かいやりとりも出来ないか。


「……あ、いや、そういやアレがあったか」

「ん? あれ?」


 セイドウが首を傾げている間に、文字の犬が集めてきた枝を手に取って地面に数本の線を引く。


「これ、読めるか?」

「ん? 三……? いや、なんか読めるぞ。「この文章を読むことが可能か? 翻訳スキルを使ってみたんだが」か。……翻訳って、これ、文字でも何でもないだろ」

「いや、例えば狼煙とかも煙の線が何本あるかとかでやりとりをするわけだろ。つまり「何かを伝える意図」があればそれがどんなものだろうと言語となり得るわけだ」

「つっても、狼煙とかって事前に取り決めをしてるから伝わらんだろ?」

「その取り決めがない、読めない言語を読めるようにするのが翻訳だろ」


 セイドウは納得したようなしてないような表情で頷く。


「とにかく「相手に伝える意思があるもの」は翻訳スキルの対象になるってことか。かなり範囲が広いな」

「そうだな。思っていたよりも使える幅は広そうだ」


 そう言ってからセイドウにも「伝える意思」を持って線を引いてもらい、それを俺が読むことが出来るのを確かめる。


「これなら狼煙でやりとりでも問題ないか。鳥で飛ばすよりも良さそうに思えるが」

「いや、セイドウからはそれでいいかもしれないが、俺からセイドウ達に連絡をしようとしたら狼煙を見た全員にバレるだろ。あくまで隠れてやりたいのに。あと、普通に狼煙を追って探しに来られるぞ」

「ああ、たしかに。まぁ、メールとかよりかは時間もかかるだろうけど連絡は問題ないな」


 とりあえず、これでおおよそ四人全員のスキルの性質が把握出来たか。スキルに加えて魔法もあるのでどうにかなりそうだな。


「今はイコのスキルで枝を集めているが、着火は乾燥させないと難しいと思う。だからしばらくの間は魔法の炎のみで調理とかをすることになるが……イコのスキルは単純労働の労働力として必須、セイドウのスキルも身を守ったりもしもの時に重要となると、魔法は俺と一路の担当になるな」

「まぁそうだな。……とりあえず水探しにいかないとな。迷うのが怖いが……。多分枯れてるだろうけど、先に井戸をどうにかするか?」

「ああ、いや、水辺ならおおよそ当たりは付けているぞ」


 昨日の間に見つけていた元々は農業用水路だったように見える溝を指差す。


「これ、元は畑に繋がる水路だろ。おそらく辿っていけば綺麗な水源があるはずだ」

「枯れてないか?」

「人口の水路が塞がってるだけだと思う。川なんてそう簡単になくなるもんでもないしな」


 溝を目印にすれば迷子にはならないだろう。俺とセイドウの話を聞いていた一路が首を傾げる。


「誰が行く? セイドウに行かせてみんなでお菓子でも食べてる?」

「おい。……まぁ俺が行くのが一番か。野生動物が出ても対応出来るだろうしな」


 セイドウは仕方なさそうに頭を掻きながら動こうとして、俺はそれを軽く手で制する。


「いや、イコには行ってもらう必要がある。イコのスキルで出した生き物に指示するにはイコ自身が知っていないとダメだからな。水辺を見つけても水を運ぶことが出来ないと面倒だろ」

「ああ……じゃあ、俺とその子か」

「いや、イコと離れ離れになると心配だから俺とイコで行く」

「ロジカルかと思ったら急角度できたな」


 ロジカルも何も……俺はずっとイコの身を案じて、イコを守るために動いているだけである。

 セイドウは少し考えた表情を浮かべてから小さく頷く。


「まぁ、アカガネが一緒なら平気か。俺は……野菜の収穫と、あの井戸が使えるかどうか試してみる」

「落ちないように気をつけろよ? 死ぬぞ」

「分かってるって。そっちも野生動物には気をつけろよ。変なのいるから」


 身支度を整えて出かけようかと思ったが、身支度を整えるも何もないぐらい荷物がない。

 どうにも締まらないがセイドウと一路に神殿を任せて、元用水路らしき溝の横を歩いていく。


 あまり足場は良くなく、イコは元気に振る舞っているが昨日のような寝方では疲れが取り切れていないのか、少し昨日よりも歩調が遅い。

 きっと「平気か」と尋ねたら笑顔で返してくるのだろう。だから言葉をかけることも出来ずに、足場の悪い道でイコの手を握る。


 そうして歩いているうちに、溝の横の茂みからガサリと音が鳴る。イコを庇うように前に出て、木々の匂いがする空気を吸い込む。


「せ、先輩……け、結構大きな生き物ですよね。もしかして昨日の……」

「ああ、ゴブリンかもしれない。走る準備をしてくれ」

「クラウチングスタートで、ですか? それともスタンディングスタートでしょうか?」

「ゴブリンから逃げるとき方法にスタート規定はないから自由にしてくれ」

「ではスタンディングで……」

「普通に走り出す感じなら聞かなくてもよくない?」


 と、俺たちが話をしていると茂みの奥から人間大の何かが飛び出してくる。


「ゴブ! ゴブゴブ!」

「うお、ゴブリンってゴブゴブ鳴くんだ!? ……って、先生?」

「おお、アカガネと不言か。無事だったんだな! よかった!」


 そこにいたのはゴブリンではなく、何故か「ゴブゴブ」と言ってる担任教師の西先生だった。

 手には何故か葉の生えた大きな木の枝を持っており、頭にもネクタイで木をくくりつけていた。


「……先生、なんでそんなクソでかい木を持ってるんですか? 武器にしても振り回すのキツくないです?」

「ん、ああ、これか、恐ろしい動物がたくさんいたから、木のフリをしてやり過ごそうと思ってな」


 木の枝の大きさはおおよそ先生の背丈と童謡程度でかなり大きい。普通、木のフリをするときはなんかもっと手頃な木を持つものではないのだろうか。


「ふむ……先輩の技巧派木のフリに対して先生はパワー系木のフリってところですね」

「この狂人と一緒にしないでほしい」

「いや、でも、この木を持って動き始めてから襲われてないから効果あるぞ?」

「それは純粋な力への畏れです」


 担任の西先生、あっちにいたころは異様な筋肉量を除けば普通の大人だと思っていたんだがな……。


「というか、どんな体力してるんですか。そんなデカい木を持って森の中を歩き回ってたって……筋肉のサブスクでも登録しているんですか? ……あれ、先生ってあのとき教室にいませんよね? てっきりクラスとその近くだけかと思っていたんですけど」

「いや、クラスの中にいたぞ」


 いたっけなぁ……確かいなかったような気がするんだが……。

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