スキルをもらう、優しさをあげる

 Tポイントカードを作ってもらっているイコを横目で見ながら周りを見回すもやはり、見渡す限り例の草原で逃げ出せそうにはない。

 もしも逃げ出せたとしても当てのない状況でイコを抱えながらというのは非常に難しいだろう。そもそも地球ではないという可能性もある。


 ただの厄介な誘拐犯だったらまだマシだったのだが、イコに作っているTポイントカードが無から発生しているのを見るに何やら超常現象なのは間違いなさそうだ。


「……シスイくん、私のことを疑っているようですね」

「いや、まぁ……はい」

「その気持ちはよく分かります。なので、ここで私の力の一端を見せましょう」


 力の一端……? それはいったい、と思っていると女神は「むむむっ」と眉を顰めてからイコを指差す。


「私の愛の力によってツイコさんの好いている男性が判明しました! それはシス──」

「うらあっ!」


 イコが全力で跳ねて女神の方を口を塞ぐ。


「わ、分かりました。し、信じますから! それは言ったらダメなやつです!」


 そう言ってからイコは女神の口から手を離す。

 よく分からないが、女神の力というのは本物のようだ。


「……それで、拒否権とかないのか?」

「ないですね。とは言うものの、そもそも私が主導しているわけではないんです。簡単に言うと意外かもしれませんが私は平社員みたいなものなので止められないです」

「なるほど、そんな雰囲気あるな」

「意外かもしれませんね」

「いや、意外ではな……」

「意外かもしれませんね」

「……はい。まぁその上役の方に話をつけないと無理ってことか」


 ……これは多分無理っぽいな。話は通じていそうだが……組織だっての行動ということはここに連れてきた人物が拒否することぐらいは想定しているだろう。

 先程もマニュアルがどうとか言っていたし……まぁ、多分拒否は無理だ。


「……さっきイコがお姫様とか言ってたけど、生まれ変わるのか?」

「いえ、今回はその体のまま異世界に行ってもらうことになります」


 イコは「なるほど、異世界転移ものですね」と口にしてから、少し迷ったような表情をする。


「そういうお話は好きなんですけど、まだあちらでやり残したことがあります。なので今回はお断りさせていただき……」

「うーん、拒否とかされても、もうそれは決定事項ですので、私の権限では……」

「……せめて、元の世界に一日だけでも帰るとか無理か?」

「無理ですね。異世界転移をするにはかなりのエネルギーが必要なので」


 それが真実かどうかは分からないが、眉を顰めながら女神の方を向く。


「エネルギー……というのはどんなものなんだ? まさか電力とかじゃないだろうし」

「あ、Tポイントのことですよ」

「Tポイント集めたら異世界に行けるのか……すげえな、Tポイント。……手紙とか小さなものは?」

「それにも結構なポイント使うからなぁ」

「さっき還元してもらったTポイントは?」

「全然足りないかな……。というか、シスイくんもほしいんじゃん、はい、これあげますね」


 女神にカードを渡されてそれを見ると、クソダサいフォントで「TENKAI ポイントカード」と書かれていた。……これ、俺の知ってるTポイントカードじゃない。

 下の方に小さく100ptと書かれていることに気がつくと、女神はずいっと俺の隣にきてカードを覗き込む。


 距離が近くて腕にふにふにとした柔らかく幸せな感触がする。


「今100ptですけど、手紙なら200ptぐらいで送れますね。人なら10万ptぐらい」

「……なるほど、ポイントの貯め方は?」

「人からもらうか、天界のお店で支払いをするときに一緒に渡すか、下界で徳を貯める……まぁ良いことをするかですよ」

「……10万pt集めたら帰してもらうことは可能か?」

「え、う、うーん、それだと帰りの分にはなっても行きの分赤字だから……」

「つまり、赤字にならないほどなら帰してもらえる可能性はあるのか」


 女神は「う、うーん、聞いてみないことには……」と口にする。

 まぁ不可能ではないという反応か。


 無理矢理連れてこられて補填しろというのはかなり理不尽な話ではあるが……まぁ帰れる可能性があるならまだマシなのだろうか。


 俺が頭を悩ませていると、女神は申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺を見る。


「うーん、その……なんとかしたいとは思っているのですが、私達の基本的な方針は人類のためなんです」

「その人類が嫌がっているんだが……。DV彼氏みたいなことを言うなよ……」

「いえ、そうではなく、異世界を含めた人類全体が最も幸せになることを目指していて、言ってしまうと……シスイくんのことは何千億分の一の価値としか見ていないのです。目の前にいる人物ではなく、ただの数字と。……まぁ、上層の方は……ですが」


 酷い話だ。と思いながら、やっと事態の深刻さに気がついてきたらしく不安がりはじめたイコの頭を撫でる。


「……言いたいことはよく分かった。基本的に没交渉なことも理解した。……少し気になるのはインターネットの神って話だが……」

「なんです? まだ人の名前を弄って笑いを取ろうとするんですか?」

「根に持っていたのかよ。ウケを狙ったわけではなく純粋なツッコミだったんだけど……。ごめん」

「いいよ」


 許してくれてとても優しい。


「それで、インターネットなんて最近出来たようなものだろ。女神って何歳なんだ?」

「おおよそ一万歳ですね。アイネでいいですよ」

「一万歳なわけないだろ……。一万年前にインターネットはないんだから。「あー、貝食うのに飽きたし出前でなんか頼むかー」なんて会話してると思うか? 「おっ、この土器マジ良くない? SNS映えするじゃん!」なんてこと言ってると思うか?」


 俺がそう言うと、アイネは風に揺らされるスカートを気にしたように抑えながら首を横に振る。


「いえ、元々は愛と安寧の神だったんですけど、先輩に勧められてインターネットも請け負ったんです」

「大丈夫、いじめられてない?」


 色々と気にしていると、どこからともなく別の声が聞こえる。


『アイネットさーん、そろそろ定時ですよー?』


 神様って定時あるんだ……。


「あ、はい。すみません」

『最近残業がどうとかうるさいんですからしっかりしてくださいよ。まったく。あ、タイムカード押しておきますねー』

「あ、はい。すみません、ありがとうございます」


 えっ、帰るのか? と思っていると、アイネは深くため息を吐いてから俺たちの方に向き直る。


「それで、何の話でしたっけ」

「……えーっと、帰らなくていいんですか? タイムカード押したそうですけど」

「あはは、残業せずに今帰ったら怒られますよー」

「ブラック企業じゃん……」


 俺がそう言うと、イコも「ええ……」という表情を浮かべて口を開く。


「帰った方がいいですよ?」

「そういうわけには……」

「私達を異世界に送った後も連絡は取れるんですよね? なら、今日はささっと送って、それから明日にでも細かいことを教えていただけたら……」


 いや、情報も何もなく異世界とやらに送られるの怖すぎるだろ、と思ってイコを止めようとすると、アイネが表情を泣きそうなものに変えていたことに気がつく。


「あ……ど、どうしました、アイネさん! 先輩が意地悪しましたか?」


 してないです……。


「す、すみません、お客さんにこんなところを見せてしまい……」


 俺たちってお客さんなんだ……。


「いえ、そんなことは……」

「今日、私……誕生日なんです。でも、その……今日も、日が変わるまでサービス残業なんだなって……。お母さんが、お昼に『アイネの誕生日だから、お誕生日ケーキ買っておいたよ! 晩ご飯もアイネの好物を作っておくからね!』ってメールが来ていて……。帰ったら「こんな時間まで待たしてごめんね」って謝らないとダメだって考えてて……」


 アイネの目からボロボロと涙が溢れる。


「今日、帰ってもいいんだって……思ったら……。こんなに人に優しくされたのなんて久しぶりだなって……思ったら……勝手に、涙が……ぐすっ」


 アイネは目元を押さえながら泣き声を堪えるようにして、イコはそんなアイネの背中をさする。


「お誕生日おめでとうございます。あ、プレゼントとか用意出来てないんですけど……えっと、これ……つまらないものですが」

「……これは?」

「近所のラーメン屋のチャーハン大盛り無料券です」


 ……本当につまらないものだな。

 と思っていると、それでもアイネは感激したように涙を流し、何かを期待するような目を俺に向ける。


 ……いや、急に初対面の神に誕生日って言われてもプレゼントなんか用意してねえよ。

 どうしようかと思っているとポケットの財布に仕舞い込んだ紙のことを思い出す。


「あ、これ……高校の文化祭の外部の人が参加するための券なんだが……。文化祭、日曜だし来れるだろ。その時に、なんか色々奢るよ」

「シスイくん……っ!」


 女神はついに涙が決壊してボロボロと泣き崩れる。


「こんな……こんなに、優しくしてもらったの……学生の時以来です……ありがとうございます……こんな、私のために……」


 ボロボロと泣いているアイネを見て「……これ、残業して異世界について教えてって頼める空気じゃねえな」って思ってしまった。

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