第39話 アルセーヌ・ルパ子に盗めないものはない


「どうした?」

 ルパ子が大声をあげたので、コンドルは驚いて駆け寄った。

 ちらりと見ると、爆弾のタイマーはすでに残り三分を切っている。


「あら、失礼」

 すこし頬を赤らめてルパ子が謝る。

「ちょっと、はしたなかったですわね」

「爆弾のタイマーは止められそうか?」

「それが、赤い線か青い線のどちらかを切れば止まるらしいんですが、間違った方を切ると爆発するらしいんです」

「え、爆発しちゃうの?」

 さすがのコンドルも、声がうらがえる。



 タイマーの数字が残り二分を切る。

 ルパ子は赤いルージュの唇をきゅっと噛むと、ぱちりと目線をあげた。


「先生、教えて。赤と青。どちらの線を切れば爆弾は止まるの? 先生なら分かるんですよね」

 彼女は真摯な目で、手錠で拘束された森屋瞬介の目を見つめた。


「ぼくが教えると思うかい?」

「このままだと、大勢の命が失われます。いまならまだ間に合います。先生、先生はまだ爆弾を作っただけです。ここからなら、いくらでもやり直せますよ。そこからまた伝説の男をめざせばいいじゃないですか。まだ間に合います。だから、おしまいだなんて考えないで」


 ルパ子は森屋瞬介の目をじっと見つめる。その視線は信念に満ち、力強い。まるで夜空に輝く一等星のような輝きを秘めていた。


 森屋俊介はそんな彼女のまっすぐな視線に撃ち抜かれ、眼鏡の奥の瞳を揺らめかせる。

 気持ちで負けた彼は、視線を落とし、しずかに告げた。

「青を切れ。青を切れば、爆弾は爆発しない」


 ルパ子は森屋の目をじっと見つめる。

「青を切るんですね。間違いないですね」


「ああ」森屋はあきらめたようにうなずき、弱々しく笑った。

「信用して、いいですよね」

 ルパ子はもう一度、森屋の目を熱く見つめる。


「ああ。青を切るんだ。それで爆弾は止まる」

 ルパ子はニッパーを開き、その刃で青い線を左右から挟む。ニッパーを握る手に力を入れようとして躊躇した。


 タイマーの残り時間は一分を切っている。あと58秒。57秒。56秒。


 さすがの彼女も、額に汗をかいている。

 ルパ子は、青い線からニッパーの刃を外すと、にらむように、森屋の顔をもう一度観た。


「ごめんなさい、先生。やっぱりわたし、あなたのことを信用できない」

 ルパ子はつらそうに首を振ると、きっぱりと言い放った。

「赤を切ります」


 コンドルがはっと森屋を振り返ると、彼はあきらめたように首をふってうなだれる。

 最後に信用されなかったことが、悲しいのだろうか。それとも、赤の線を切るのが正解で、それをルパ子が選択したのが悔しいのか。


 ルパ子がニッパーを動かし、ぷつんと線を切断した。

 そして、その瞬間、森屋がけたたましく笑い出す。


 大声を上げて、腹がよじれるほど笑い出した青年。それはまるで、壊れた目覚まし時計のような狂った笑いだった。


「だまされたな、ルパ子。だから、青を切れと言ったんだ!」

 最大限の嘲笑をルパ子に向ける森屋。

「ぼくを信用しないからさ。これで、すべてがジ・エンドだ!」


 だが、爆弾は爆発しなかった。ルパ子は彼に、手にしたスマートフォン充電用のUSBコードを持ち上げてみせた。そのコードは、綺麗に切断されている。


「へ?」

「ごめんなさい。いま切断したのは、こっちのコードです」

 ほんと色んなものをマントの中に持ってるな、とコンドルは感心する。


「先生って、けっこう初心うぶですね。すぐ女の子にだまされそう」

 にっこりと、エレガントに笑うルパ子。ちなみに時限爆弾はまだ止まっていない。タイマーの残り時間、8秒。7秒、6秒……。


「じゃあ、正解は青ということで」


 残り3秒。ルパ子は冷静に青いコードを切った。

 ふっとタイマーの数字が消え、起爆装置の電源も落ちる。爆弾は爆発しなかった。


 ルパ子はドヤ顔で森屋をみる。


「森屋先生、わたしずっと爆弾ではなく、あなたの表情を見ていました。答えはそこにあるから。わたし今回は、あなたの心を盗みました」


 そして、颯爽と立ち上がると、ポーズを決める。

「アルセーヌ・ルパ子に盗めないものは、ない!」



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