第2話 盗みは世のため人のため


「ああ、もう。本当に重かったわ」

 肩に担いでいた札束入りのナイロン・バッグを金田一のベッドの上に放り出し、そのままルパ子もベッドに横になる。

「おい、やめてくれよ!」

 金田一が悲鳴をあげる。

「外から帰ってきて、そのまま人のベッドに寝るな。ちゃんと手を消毒して、服を滅菌してからにしろっていつも言っているじゃないか」


 金田一は潔癖症なのだ。細菌とかウィルスとかばい菌とかが怖くてしかたない、可愛そうな人種なのである。

「あんたこそ、ちゃんとこのシーツと布団、洗濯したり干したりしてるの?」


 金田一のベッドで大の字になったルパ子はそう言い返すと、起き上がってベッドの上であぐらをかいた。ちなみにルパ子はすでに怪盗のコスチュームを脱いで、学校の制服に着替えている。

「うるさいな。ぼくのベッドなんだから、そんなのは勝手だろ」

「なんか汗臭いわよ」

「そんなことあるもんか」


 からかわれて本気で怒る金田一。それをみて、にやりと笑ったルパ子は、やっと起き上がる。いや、すでにルパ子の衣装は脱いでしまっているのだから、いまは普通の中学二年生だ。

 ──有瀬波留あるせ はる

 それが美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子の正体である。


「よっこいしょ」

 波留はナイロン・バッグを引き寄せ、チャックをあけて中身を確認する。それをパソコン・デスクについた金田一がのぞきこみ、ごくりとつばを飲み込んだ。

「ねえ、それ。いくらくらいあるの?」

「うーん、一千万円くらいじゃない?」

「うわっ、すげー!」

「たった一千万円なのに、ほんっと重かったわ。まあ、札束って紙の塊だから、辞書を何冊も持ち歩くみたいなもんんだよね」


「ねえねえ、波留」金田一が猫なで声をだす。「その札束、本当に全部警察に渡しちゃうの?」

「当たり前でしょ。そのために予告状まで出して盗んだんだから」

「でも、必要経費分くらいもらっちゃわない? クレーンのワイヤー落とした小型爆弾だって、ただじゃないし」


「うーん、そうねえ」たしかに爆弾の金額なんかを中学生のおこづかいで支払うのは難しい。「じゃあ、こうしよう。落とし物を拾って、持ち主が現れた場合、二十パーセントまでは権利があるから、そうね二百万円じゃあ多いから、百万円だけもらうことにしようよ」


「あー」なにかいいたげな顔をした金田一だが、彼が口を開く前に波留がぴしゃりと言う。

「これはオレオレ詐欺の犯人たちがお年寄りからだまし取ったお金でしょ。それを被害者のお年寄りに返すために盗んだんだから、警察に届けないと被害者のおじいちゃんおばあちゃんにお金がもどらないじゃない」

「まあ、そうだけど……」


 そうなのだ。

 この一千万円は、オレオレ詐欺集団の隠れ家から盗み出したものである。その目的は、奴らがお年寄りから騙し取ったお金を返すこと。また、詐欺集団を逮捕してもらうために、わざと詐欺集団の隠れ家だと警察にルパ子からの予告状を送ったのだ。


 詐欺集団はお金が盗まれたことをとぼけるつもりだろうが、警察は動くだろう。盗まれたお金はいったいどうやって稼いだものなのか、詐欺集団は追及されてさぞ困るに違いない。


「ま、あとは警察の人たちのがんばりに期待しましょう。わたしが返した九百万円を手掛かりに、ちゃんと詐欺集団を逮捕してくれないと、盗んだ甲斐がないからね」

 と言いつつ、波留はバッグの中から百万円の札束をひとつ手に取る。


『盗みは悪いことだ。だが、人のためになる盗みもある。怪盗は人のためになる盗みをしなければならない。盗みは世のため人のための奉仕行為であり、その技は芸術である』


 死んだおじいちゃんがよく言っていた言葉だ。わたしは伝説の『怪盗アルセーヌ・ルパ男』だったおじいちゃんの遺志を継いで、いまアルセーヌ・ルパ子として怪盗をやっている。


「じゃ、これは取っておいて」

 ルパ子は金田一に札束を投げた。

 キャッチした金田一は驚いた顔をする。

「波留はお金、いらないの?」

「いらないよ。お金が欲しくてやっているわけじゃないから」

 言うと、窓にちかづいてがらりと開ける。


 窓の向こうは隣の家。波留の家だ。二メートル向こうで、開けっ放しの波留の部屋の窓がカーテンを揺らしている。

「じゃ、わたし、明日も学校だし、今日はもうお風呂入って寝るね」

 そういうと、波留はかるがると窓から窓へ飛び移る。その動きはまるで忍者。

 それもそのはず。

 有瀬波留のご先祖は忍者であり、かの有名な石川五右衛門の系譜である。いわば優秀な怪盗の血筋なのだ。去年亡くなったおじいちゃんに、小さいころから怪盗術を仕込まれた波留の身体能力は、昔の忍者と変わらない。

 窓から窓へ飛び移るなんて、簡単なのである。


 ただし、この怪盗術は、波留のお父さんにはいっさい伝えられていない。お父さんと結婚したお母さんは、もちろん何も知らない。つまり、波留が怪盗だなんて話は、両親にはぜったい秘密なのだ。

 おじいちゃんが亡くなったいま、だから波留が怪盗アルセーヌ・ルパ子であることを知っているのは、隣に住む引きこもりの金田一だけなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る