侵入者

 鏡などの反射する調度品が一切置かれていない部屋。私室の薄暗い照明に照らされるルーベス。豪著な木製のテーブルの上に置かれた仮面。彼は安楽椅子にもたれながら、夢の無い眠りの中に落ちていた。一人だけの空間。私室の中だけが彼が仮面を外す唯一の場所だった。それでも誰かに顔を見られないように、顔の上に黒い布を乗せている。それ程までに顔を見られることに恐怖を覚え、神経質になっていた。この部屋に入るには、自身の手の静脈認証が必要だ。それだけ他人が入って来ることを厳重に拒んでいたとしても、その神経質さが和らぐことはなかった。


 本来なら自分以外には誰も入ることのできないはずの部屋。だが、何者かの気配を感じてルーベスは目を覚ました。素早くテーブルから仮面を手に取ると黒い布と入れ違いに顔を覆う。

 

ほんの一瞬だが、視界に頼れない時間が生れる。全神経を耳に向けて相手の動向を伺った。しかし、相手はなんの動きも見せない。

 仮面の横にあるスイッチを押して内部ディスプレイを作動させるとディスプレイに映った光が、暗闇に慣れ切った目を焼いた。この仮面の唯一の欠点だ──

 

 相手に殺意があれば、その間にルーベスは自身が死んでいたと理解する。逆に、今すぐに危害を加える意図がないことも読み取った。

 目の前に、見慣れた短い金髪の男。反面、ヴィクターとして働いてた時のワイシャツにベストの姿ではなく、珍しく白い派手なスーツを着ている。


「今更なんの用だ、ビュレット」

「今日中に君に伝えたいことがあってね」


 ルーベスは柱にかけてある振り子式の大時計を見る。時間はもうすぐ零時になるかと言うところだ。


「急ぎの要件だとしても感心できんな。人の部屋に勝手に押し入ってくる奴は歓迎できんぞ」

「あぁ、構わないよ。時間を取らせるつもりはない」


「それで要件はなんだ?」

「アデラインに体を作り、魂を込めたのは僕だ」


「今更だな。わざわざそんなことを伝えに来たのか?」

「理由に興味はないのかい?」


「聞いても聞かなくても胸糞が悪くなるだけだ」

「じゃあ、聞いてくれ。どちらにしても胸糞が悪くなってしまうのならね」

 

 ルーベスは内心イラつきながらも、ビュレットの話しに耳を傾けることにした。


「僕はただのヴィクター【呪人形師】だ。人の魂を再現できるかに興味があっただけなんだよ。彼女は注文通りに作ったに過ぎない──あぁ、そうそう前見たのは仮の入れ物だ。今は君の良く知っている見た目になっているよ」

「胸糞悪くなる話しを語ってくれてすまんな」

「いや、良いんだよ。気にすることはない」


 ルーベスはポケットからミニチュアの樽を取り出し手に持つ。その樽が赤く光り輝く。剣が何本も刺さった、干し首を覗かせた巨大な樽がルーベスの横に出現する。


「話しは終わりか?もしそうなら、その口を永遠に閉じて貰おうかと思うんだが?」

「その前にもう一つ。その彼女から伝言を受けていてね。『明日の未明に会いに行く』と言う事だ──」

 

 大時計の針が午前零時を差し、鐘の音を鳴らす。

「いま、今日になった──」

 

 その鐘の音に続き、どこからか爆発音が響き、直下型地震が起きたかのように部屋が大きく揺れ動いた。

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