予期せぬ来訪者

 いつもはアイルを同行させていたから開店前か閉店後に訪れることの多いサブマージだったが、珍しくバッドデイは営業時間内に店へ訪れていた。


 喧騒が響く中、バッドデイはカウンターに座り、自分を待たせている相手を待っていた。待っていたというには、単に自分が少し早く来すぎただけなのだが。

カウンター内では、オリビアが他の客の為に酒やつまみを用意して普段とは違う様相で動き回っている。そのオリビアが働く姿を目にしながら、小皿に盛られたナッツを口に放りこみ、時々ビールを口に流し込んでいた。本来ならもうこの街にはいないはずだった。しかしアイルは一昨日の夜に姿を消した。そしてそれ以降アイツは連絡を寄越さなかった。別にそこまで深い関係ではなかったという事で、分かれる時が来ただけだと考えていた。


 アイツが俺の元ではなくブラインドマンの元に行ったのならそれで良い。きっとそれなりの理由があるのだろう。ただ単に三年前に拾った猫がまたフラっと出ていった。それに近いことだ。そう思いながらバッドデイは連絡一つ寄越さない元相棒の事は忘れてこの街を出るつもりだった。実際に、オリビアに車を用意して貰い街を出るところまでは行ったのだ。

 

 しかし、街を出て車を走らせている所で、アイルからメッセージが送られてきた。

内容は『明日の7時、サブマージで待つ』ただそれだけだった。

 

 そのメッセージを見て最初に思ったのは、アイツらしくないメッセージの送り方だと思った。普段のアイツはまず電話を掛けてくる。メッセージだけを送るやり方をするなら、もう少し詳細に書いて来る。それが普段のアイツが連絡してくる方法だったからだ。

 

 逆にその連絡方法するのは俺の方だった。もしかしたら、電話ができない状態にあるかもしれないとも考えたが、それならここを落ち合う場所に指定してくるのもおかしな話だ。もし俺と落ち合うのなら営業時間外を指定するはずだからだ。

 

 当然ながら、未成年一人で営業時間内に入店するのはお断りだ。

 俺も親ではないから同伴させる資格はない。

 

 そんな訳で、どうして俺の元を去ったかより、どうしてそんなメッセージを送って来たのかが気になって舞い戻って来たわけだ。

 

 ここに入って来た時にオリビアは俺の姿を一瞥するだけで、特に何も会話することはなかった。交わした会話はビールとナッツを注文したその二言だけだ。どうして俺が舞い戻って来たのか気にしているかもしれないが、今は営業時間内だ。ただのバーの店主の顔を装っている。

 

 ふと、店内の空気が変わった。


 雑談を交わしていた連中たちの声が止み、視線が入り口に集まる。きっと俺の待たせている相手が来たのだろう。もしアイルなら……オリビアは未成年が一人でこの店に入って来ることを注意しただろう。オリビアも一瞥するだけで、視線を他の客に戻した。だから俺を呼び出した相手がアイルではないことはすぐに分かった。

 

 俺の後ろから何者かが歩いて来る気配はする。しかし足音が全く持って響かない。そのことに俺は厄介ごとに巻き込まれたことが確定した。カウンターに肘をつきながら大きな溜息を吐いて額に手を当てた。


 俺の隣に女が座る。余りにこの店には場違いのメイド服を着た女だった。

 他の客が黙ったのはこの服装だったからか──と納得する。


「待ちに待った女性がやっと来たのに、溜息で迎えるなんて男としては失格ね」

その声には聞き覚えがあった。まさか、こんな場所で再会するとは思わずに、俺は驚いて隣に座った女を凝視する。

「レニエか⁉」

「ええ、そうよ。久しぶりね、兄さん」


「オリビアさん、シャーリー・テンプルをお願い」

自分の名前を知っていることに眉をひそめはしたが、オリビアは「あいよ」と、すぐに営業スマイルに戻し、受けたオーダーのアルコールの含まれないモクテルを作り始める。


「なぜアイルのスマホでメッセージを送って来た?」

「そうじゃないと、ここへ来てくれないと思って。」


「あぁ、来る気はなかったな。お前がブラインドマンと繋がっているのを知っていたら余計にな」

「冷たいわね、たった二人の兄妹でしょ」


「どうしてブラインドマンの所にいる?」

「生きていくのにお金は必要だもの。兄さんも同じじゃない?私達の特技を活かしていたら、あるべき場所に行きついただけ。そうでしょ?兄さんはブレサイアの狩人として。私はブレサイアも狩れるメイドとして。ただそれだけの話しよ」

 

 オリビアが作り終えたモクテルを「シャーリー・テンプルです」とコースターを敷いて、ドリンクの入ったグラスをその上に置く。

 レニエはそのシャーリー・テンプルのグラスを手に取ると、俺に乾杯をするように一人でかかげ笑みを作ってストローに口を付けた。

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