母親と祖母

 部屋にはルーベスと僕の二人が残されたことになる。ルーベスはまだ出てく気はないようだった。目の無い仮面越しに僕を見つめている。

 

 初めて二人きりになるから、気まずさが押し寄せて来る。さっきは第三者もいたから気にはならなかったけど、いざ二人きりになると何を話して良いのか分からず、とっさに言葉が出てこない。ルーベスもそう思っているのだろうか?


 僕は何か話題がないか少し前の会話を思い出してみる。そこで引っ掛かったのはあの人形の名前、アデライン──ルーベスの母親。僕の祖母に当たる人物のことだ。


「あの人形は母親だと名乗っていたけど、母親を殺したの?」

「あぁ、あれがルーナの──お前の母親の仇だからだ」


「──その話し、詳しく教えてくれない?どうして母さんが殺されたのか。それとどうして僕が生まれたのか。僕は何も知らないから」


 溜息を吐くように息を漏らし、少し考えるようにルーベスは俯く。

 再び顔を上げると、近くにあった椅子を手繰り寄せ、その椅子に腰かけた。


「ルーナがここの使用人だったのは、以前に話したから知っているな?」

「あの時は殴ってゴメン」


「気にするなよ、感動的な場面だった」

「そういうのはクレアラのセリフだけでお腹一杯だよ──」

 

 クレアラの性格は、絶対にルーベスに影響を受けたに違いない。

 ひねくれ具合が絶妙に似ている。


 「ふむ、では話しに戻ろう。当時の当主は俺の母親のアデラインだった。あれは警戒心の強い女でな。トマーチンのような力を持つ者は利用するが、自分の身の周りの世話をさせることはなかった。献身さと信心深さだけが取り柄だったルーナが、アデラインの世話係を務めていた」

 

 献身で信心深い……確かに母さんを表すにはぴったりな言葉だ。

 いつも神に祈っていた母さんの姿が脳裏に浮かぶ。


「その献身さに惹かれて母さんと恋に落ちたわけ?」

「いや、惹かれたわけじゃない。利用しただけだ」

 

 ルーベスのその言葉に少しムッとするが。怒りをすぐに静める。この人が変に事実を曲げて話す癖があることに慣れてきたからだ。


「どう利用したの?」

「その話しをする前に話しておく前提がある。メリーデッド家に備わった力と、俺がどうして仮面をいつも身に着けているかだ──」

 

 どういう理由があるかは知らないが、僕が聞きたい話しの前に、それについて知っておく必要があるらしい。


「理由は聞きたいと思ってた。正体を隠したくて仮面を付けているのなら分かる。でも正体を知られているのにどうして、未だに仮面をつけているのさ?」

「自分の顔を見るのも、人に見られるのが嫌だからだ。特に俺は自分の顔を見るのが恐ろしいんだよ。鏡に、人の瞳に映る自分の姿が、酷く嫌悪すべき怪物の顔が映るんだからな。だから目の無い仮面を付けている。それが理由だ」


「生まれつきなのか?」

「最初はそうだと思っていた。だが違ったよ。これは呪いだった。当時は気がつかなかったが、アデラインが自分だけを愛させるために、俺にそう見える呪いをかけた」


「母親なのに、どうしてそんなことをするのさ」

「母親だからだよ。独占欲の塊のような女だったからな。それも理由で父は殺された。アイツは他の女に手を出していたから自業自得なんだが──しかし、その独占欲が子供にまで向けられてはかなわんだろう。俺は顔を醜くされた。周りの誰もが俺を化け物扱いする中で、たった一人、自分だけが俺を受け入れてあげられる、愛情深き母親を演出したかったのさ」


「ロドニーにはなにも無かったの?」

「別の形で呪いをかけられていたよ。健康を奪われ、酷く病弱になるように呪われた。甲斐甲斐しく看病する母親を演出したかったみたいだが面倒で投げ出したよ。すぐに使用人任せになっていた」


「今はそんな様子がなさそうだったけど?」

「ロドニーはだいぶ介抱してね。その理由はアデラインを殺したから呪いの効果も弱まったと思っていたんだが……」


「それならアンタの呪いも解けてて可笑しくないだろ」

「確かめる気にはなれんよ。自分の醜い姿を直視できる人間は一握りだ。それに、呪いは死者が残すものもあるからな。死んだからとて簡単に解放されるものでもない」


「それでアンタの顔が醜いことと、母さんとどう関係してくるんだ?」

「ルーナの母親は不治の病を患っていてな。もう余命がないというところで俺が力を貸したんだ。どんな力だと思う?」


 病気を治すのに金を出したのかと思ったが、それは備わった力という言葉は使わない。


「分かる訳ないだろ。さっさと理由を教えてくれ」

「ブレサイアを生み出すことだ。それがメリーデッド家で生まれる者の特質だ」


「あの時、ブレサイアの増殖が止まらなかった理由について触れてたけど、もしかして──」

「あぁ、アデラインがブレサイアを増やしているんだろう。人が人の血をただ吸うだけではブレサイアにはなれん。ブレサイアを生み出すものが血と祝福を授けて、初めてブレサイアとなる」

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