手土産

 どんどん肥大化してフロアの天井に体がつかえそうになった異形の怪物が、元の持ち主の転がった首を拾い自らの体にくっつける。そこから上半身が生えて首と体がくっついた。


 また形勢はあっちに傾いたかな……どうやって倒せば良いのか今のところ答えが見つからない。取り敢えずEMETHの文字を探してみる。でもゴーレムではないから存在しないみたいだ。


 異形の怪物は地面に接地した十数本の手足をばたつかせて、こちらに向かって突進を始めた。何本もの腕や足を伸ばし、僕らの体を捉えようとしてくる。

 僕は腕から離れるように横に回りこみながら、元々の本体であった顔に向けて銃を連続で放つ。醜い体から突き出た顔が吹き飛び、一瞬その動きが停止する。

しかしすぐさま、別の皮膚の削げ落ち浮き出た顔の一つが、先ほどの命乞いをしていた女の顔となり、上半身と一緒に浮き出て来る。


 僕は二丁のハンドガンの弾倉を交換して、またその顔と体に向けて弾倉が空になるまで銃を撃つ。しかし結果は同じだった。損傷した顔と体はそのまま。他の顔があった場所から本体の女の顔と体が浮き出てくる。

 その隙にまた銃の弾倉を装填する。これじゃ同じことの繰り返しだ。なんの進展もない。


「伏せてください、アイリー様」


 レニエがそう告げながら、エプロンドレスの中から先ほどまでとは違った形状のナイフを取り出した。そのナイフは柄の部分に器具が取り付けられている。柄の先端を押すとそのナイフの柄に取り付けられた器具のランプの部分が赤く点滅する。


 彼女はそのナイフを異形の怪物に向けて投げつけた。体にナイフが刺さった後、点滅の感覚はどんどんと短くなる。点滅から常時発光した状態に変化した。


『ピーーーー!』と甲高い音を発し、耳をつんざくような音と共に爆発を起こした──


 爆発に吹き飛ばされ、異形の怪物の体の一部が大きく欠けていた。

 

 それでもそのダメージを物ともせず、異形の怪物が手足をばたつかせて暴れ始める。

 

 レニエとクレアラは巻き込まれないように距離を取る。


 レニエは再び先ほどと同じナイフを取り出し、同じ手順を踏んで点滅するナイフを二本投げては爆発させる。体に大きな穴がポッカリと空いたが、ソイツは構わずに暴れている。 

 どの程度ダメージを受けているのか全く分からない。

 

 クレアラも赤の三日月を巨大化させて投げつける。紫色の体に深く三日月の刃がめり込んだ。しかし、体が大きすぎるせいで両断できない。戻そうと鎖を引くが刃は抜けない。深く突き刺さってしまった為、引き抜くに引き抜けないみたいだ。


「アイル、援護しなさいよ」

 クレアラが、そう言いながら異形の怪物に向かって走り出した。


 援護っていったって、どこをどう狙って援護すれば良いのか詳しく教えて欲しい。クレアラに伸びる手足を狙うべきか……しかしこの距離じゃ、正確に狙い撃つのは僕には難しい。

 

 僕は一瞬動きを止めた行動をもう一度誘発させるべく、天に祈りながら新しく生まれた本体の顔と体に向けて全ての弾を打ち込む。

 

 思わず祈ってしまった……

 

 しかし僕の祈りが通じたのか、破壊された本体が別の顔に移動する間、その動きが止まる。その間に彼女は怪物に近づき、赤の三日月をある程度小さくして、その体から刃を引き抜いて再び距離を取る。

 

 一体こいつをどうやって倒したものか。ハンドガンではあまりにも心許なさすぎる。僕もバッドデイと同じように手榴弾くらい持つべきだった。そんなことを今更後悔しても遅い。それは次の話、次に繋げる為には今はコイツをなんとかしないと。


「レニエさん、さっきのナイフはあと何本残ってる?」

 有効な手段は彼女の爆弾付きのナイフとクレアラの赤の三日月しかない状況だ。

 彼女のナイフがまだたくさんあることを期待したい。


「残念ながら、手持ちはなくなってしまいました。ロケットランチャーを取りに戻りましょうか?」


 彼女なりの冗談なのだろうか……

 この状況では全然笑えないけど。本当にそんなものがあるのなら、今すぐ取りに行ってきて欲しい。けど、そんなものが無い状況で戦える手段を探すしかない。


 一つの方法として考えられるのは、全ての顔を潰せば倒せるのかもしれない。

けれどまだ十近くの顔が怪物の身体に浮かんでいる。さすがにそこまで弾倉の余裕がない。破壊出来てあと二つくらいか。残りは全てクレアラに破壊してもらうことになる……


「待たせた」

 ルーベスが巨大なアタッシュケースを持って、突然現れる。


「アイツは?逃げられたの?」

 戻って来たルーベスにクレアラが問いかける。


「一応は追いかけた。だがしつこいのは嫌われるのがスジだ。街中でガーゴイル体でも召喚されたら目も当てられん」

「いつもと同じパターンね」

「そう責めるなよ。コイツが必要になると思って早々に切り上げたんだ」

 

 ルーベスがレニエに向かって巨大なアタッシュケースを投げて床を滑らせる。レニエはそのトランクのカギを外してアタッシュケースを開く。その中には組み立て前の物だがロケットランチャーが入っていた。

 

 本当に持ってきてたのかよ!


「時間は?」

 ルーベスの言葉にレニエは「20秒頂ければ」と返答する。


 おそらく組み立てに掛かる所有時間だろう。


「アイリー!」


 ルーベスが僕の名前を呼ぶ。言わんとしていることは分かっている。

時間を稼げという事だ。


「言われなくても‼」

 僕は新しい弾倉を装填して銃を構えながらそう叫ぶ。

 

 暴れ始める怪物の本体の頭部を狙って弾丸を連続で発射する。十数発与えたところで完全に頭が崩壊し上半身の力がなくなり、だらりと前に倒れる。しかし、再び別の個所から上半身と頭が誕生する。新しく生まれた頭部を狙いやすい場所に移動しながら、再び銃を連射する。だが頭部を破壊しきる前に弾倉が尽きる。


 怪物が僕に向かって突進をしてきた。

 

 僕は片方の銃を捨てて素早くもう一方の銃の弾倉を交換し、立て続けに銃弾を頭部に向けて完全に頭を破壊する。伸ばした腕が僕の目の前まで来ていたが、その動きが止まる。

 

 これでまた動き出すまでの間に20秒は稼げただろう。

 

 僕はその場から離れる為、クレアラのいる方に向かって走り出す。

 

 片膝を着き、ロケットランチャーを構えたレニエの姿が目に入る。


「お待たせいたしました。それでは──」

 レニエがロケットランチャーを発射する。一直線に弾頭が怪物に向かって飛来し、直撃して爆発を起こした。


 爆音で耳の奥がキーンとする。耳を塞いでおけば良かった。


 フロアの至る所には爆散した怪物の肉片が飛び散っている。当の怪物は体の大部分を失ってもまだ蠢いていた。どんな生命力なんだよ……


 レニエは落ち着いた様子で次の弾を装填し、再び発射する。今度は耳を塞ぎ爆音に備える。弾頭が直撃し、再び爆発を起こして怪物の体を完全に四散させた。

暫くの間、ピクピクと粉々になった肉片が動いていたが、少しずつ動きを止めていく。


 ここまで粉々に吹き飛ばせば、どうやら再生することはないみたいだ。

僕はようやく戦いが終わったことに安堵し深いため息を吐いた。

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