乱入者

 それが合図だったか──


 教会の一番前。上部に飾られたステンドグラスを派手に割り、一人の人物が飛び出てくる。その手にはキラリと鋭く光る物体。ナイフが握られていた。


 割れたステンドグラスと共に、その人物が祭壇に立つ司祭の真上に落ちる。

 肉の潰れる不快な音をさせながら司祭を踏み潰し、手に持っていたナイフを躊躇なく司祭の首元に突き立てていた。


 悲鳴を上げる暇さえなく、司祭は倒れ、首元から血を流している。

 いきなり目の前で行われた凶行に、教会内から女の叫び声や、男の狂乱の声が響き渡る。

 

 ブラインドマンが立ち上がり、樽を模したキーホルダーのようなものを右手の人差し指と親指で掴み手を広げる。それが一瞬、赤い光のようなものに包まれた。

 瞬きをする間のそのわずかな内に、人丈を超えるほどの巨大な樽が彼の横に現れていた。


 酷く醜悪な物体だった。樽の上部からは干からびた人間の首が飛び出している。

しかもその樽には、黒ひげのおもちゃのように十数本の剣が突き刺さっていた。


「そこの司祭達は人間じゃないから安心しろ。ガーデニア」

「言われるまでもない。既に確認した」


 黒一色のヨーロピアンゴシック様のジャケットとズボン。中からのぞかせる上品な白いブラウス。その上品な装いを台無しにするかのような口のない仮面。

首元に立てていた血濡れのナイフを抜きながら、ソイツはゆっくりと体を起こす。


 後ろで一本に束ねた腰まで届く長い銀髪が、その体の動きに合わせて揺れる。

 割れたステンドグラスから降り注ぐ月光の光を浴び、光沢を放った綺麗な髪が緩やかになびいた。


 仮面越しだったからくぐもって聞こえにくかったが、中身は若い女性みたいだ。

 その声色の年頃にしては、酷く冷たい印象しか受けなかったが……


 教会内にいたナポレオンの部下だろう。黒服の男たちが銃を抜き、ガーデニアと呼ばれた口無しの仮面の女に銃を構える。

 その女は慌てる素振りもなく、床に転がっている司祭の首を片手で掴むと、自分の体が隠れるように軽々と持ち上げる。

 

 黒服達のサブマシンガンの銃口が火を噴き、薄暗い教会内でマズルフラッシュを放つ。

 放たれた銃弾が、ガーデニアと司祭を貫くと思われた瞬間、司祭の体の目の前で青白い炎に包まれながら銃弾が燃え尽きる。

 

 ブレサイアの祝福の力──

 彼らの奇跡にとってみれば、銃弾なんて飛んでくるカステラのようなもの。

 どうやらナイフを突き立てられたくらいでは、まだ司祭は死んでいないときた。

 しかし銃口に怯まずにブレサイアを盾にするなんて、相手も戦い慣れているに違いない。

 

 ──しかし、この状況は予想してなかった。


 仮面の二人が敵か味方か分からない状況だけど、どうする?

 僕と同じく、身を低くして流れ弾が当たらないように長椅子に隠れているバッドデイに僕は声を掛ける。


「合図は⁉」


 返答を待つ前に準備は始めておく。待つより動くが吉だ。

 僕は視界が狭まる仮面を脱ぎ捨てた。視界が元に戻った状態で、床に置いたバッグの中からショットガンタイプのテーザーガンを取り出し、素早く組み立てる。


 バッドデイも仮面を外し、両脇に装着したホルスターから二丁のハンドガンを手に取る。


「各自、ご自由に始めてくださいってことだよ!」


 立ち上がりざまに両手のハンドガンを連射して、身近にいた二人と離れた場所にいる二人の黒服達を瞬く間の内に四人撃ち倒す。


 それに続いて僕も立ち上がると、黒服の男に素早く狙いをつけ、テーザーショットガンをその男に放つ。電極と共に内部電源のカートリッジが撃ち出され、黒服に命中して高圧電流を浴びせ続ける。


 身体をガクガクと痙攣させながら、無様にその男が地面に倒れる。

これで一人は無力化した。


僕はすぐにテーザーショットガンの弾をリロードする。


 リロードはした……それも最小限の隙で出来る限り素早くだ。

 でも普通に考えたらリロードをする手間より、狙いを変える方が早いに決まってる! FpSなんかやってたらそう思うよね!


 案の定、バッドデイを狙わなかった黒服の一人が銃口を僕に向けていた。危険を感じて、再び今まで座っていた椅子に隠れるように、とっさに身をひそめる。

 ほとんど間を置かずに、頭上の椅子が粉々に打ち砕かれ木片が頭の上に飛び散る。


「お前は二人って言っただろ!」


 さっさとその場を移動したバッドデイが、離れた場所から罵声を飛ばしてくる。

フルオートのサブマシンガンに、一発リロード式のコイツが発射の回転数で勝てるわけないだろ!


 せめて爆風でひるんだとかならチャンスはあったかもしれない。でも相手の態勢を崩せてないなら、攻撃するチャンスも連続であるわけない。

 とは言え、腰に忍ばせた実弾入りの銃に手を伸ばす気にはなれなかった。


 人を殺す──


 そう考えると、どうしても心理的に抵抗を感じる。

 だって人を殺すんだよ!

 非暴力主義者じゃないけど、やっぱり人は殺したいとは思えない。

 どうしようもない甘ちゃんだって自分でも思う。

 でも負わなくていい業は出来るなら背負いたくないものだ。


 バッドデイが椅子から銃だけを覗かせ、ブラインド状態で黒服に向けて銃をぶっ放す。

 勿論、当たる訳がない。

 でも注意を逸らして、隙を生み出すくらいには影響を与えただろう。


「アイル!」


バッドデイが僕の名を呼んでくる。この間に態勢を整えろってことでしょ?言われなくても分かってる。

身を屈めながら移動し、椅子の上部から顔を出してテーザーショットガンを構える。


 しかし狙いを定める前に相手の銃口が僕に向いたことを視認した。また再び椅子に隠れながら前方に飛びこみ、一度転がりながら態勢を整える。

 コンマ数秒前までいた場所を銃撃が襲い、長椅子が穴だらけな無残な姿へと変貌する。


 やっぱり、このテーザーショットガンじゃサブマシンガンには勝てないって!

 危うく蜂の巣になるところだった。

 

 これじゃ下手に顔を出せないから狙いもつけられない。普通のショットガンなら広範囲に広がるから、当てずっぽうで撃つこともできる。

 だけど、このテーザーショットガンだとそんな方法も取れない。本当に面倒くさい銃だ。


 突如、断末魔のような男の悲鳴が聞こえた。

 何度聞いても慣れないし、ここからも聞きたくもない悲鳴だ。

 僕は長椅子から顔を少し出して状況を確認する。


 教会の中央にいたブラインドマンがいつの間にか壁際にいた黒服の一人の傍に立っている。彼が手にしていた剣を黒服の男の胴体に突き立てながら。

 流れた血が剣をつたい、黒い手袋から滴り落ちている。

 近くにいた別の黒服の男が、ブラインドマンに銃口を向けて引き金を引いた。


 発砲音と共に弾丸が発射されるが彼に当たることはなかった。

 いつの間にか姿が掻き消え、巨大な樽の横に戻って立っていた。

 転移したのか⁉


 ブラインドマンが樽に刺さっていた剣を引き抜く。瞬間、姿が消えて、先ほど銃を向けた黒服の男の背後に出現する。直後、男の背中に血濡れの剣が突き刺した。

 すぐに残っていた黒服が狙いを変えて銃を撃つが、もうその場にはブラインドマンはいない。また樽のそばに転移して、剣を抜く。樽から噴き出すように血が辺りに飛び散る。


 彼の持つ剣からも、どす黒い血がポタポタと地面に流れ落ちる。


 半ば狂乱しながら別の黒服の男が銃を連射する。


 しかし転移をしてその場を移動する相手には、かすりもしない。

 隙だらけになった黒服の頭に向けて、バッドデイは銃を撃つ。

 弾丸が頭に命中し、最後のひとりだった黒服も地面に倒れる。


 倒れた男には目もくれず、ブラインドマンは教会内で悲鳴を上げながら身を潜めている参列者に語り掛ける。


「この場にいる全員殺す──と言いたいところだが、まだ祝福を奪ってブレサイアになってない者は生かしておいてやる」


 銃撃が止み、安全が確保された教会内に響いたその声が引き金になる。押しかけるように参列者は出口に向けて一斉に逃げ出した。

 僕がナポレオンと呼んだ男も外へと駆けだ。ブラインドマンが姿を消すと、その男の元に現れ、背後から襟を掴む。


「ダメだな。貴様は逃さん!」


 血濡れの剣が月光を浴びて怪しく輝く。彼は男の足に剣を突き刺した。

 態勢を崩してナポレオンが地面に倒れる。

 ブラインドマンは男と樽を交互に転移し、引き抜いて来た剣を両手、両足に次々と突き立てていく。

 四肢を剣につらぬかれ動けなくなった男が悲鳴を上げる。「命だけは助けてくれ」と必死に命乞いを始めた。


「あぁ、希望通り命だけは助けてやろう、暫くの間は──」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る