第33話 作戦その三・プレゼント

「はぁ……疲れた……」


 まことは息を吐きながら、部屋に帰ってきた。


 あの後、他のお店にも行こうと言い出す梨花りか先輩を、梨奈りな先輩が止めて……それをすれ違う人たちに見られて……。


「今思い出しても……恥ずかしかったな……」


 それから、一通りの家事を終わらせて時計の方を見ると、正午を過ぎていた。


 ということは、そろそろ、空腹を知らせるサインが…――


 ぐぅううう……。


 ほらっ、きたきた。


 真は早速、キッチンに移動して冷蔵庫の中を確認したのだけど。


(……しまった……)


 今週買い物に行けてないから、飲み物以外、なにも入っていなかった。


 こんなことなら、昨日、なにか買ってきてもらえばよかった……。


「うーん……あ」


 ふとあることを思い出して、キッチンの棚を開けると、そこにはいくつかのカップ麺があった。


 そういえば、この前琴美が来たときに、たくさん置いていってたんだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


「ふぅ……」


 真は昼食にカップそばを食べて、一息ついていた。


 うむ……満足、満足。


 あれだけ美味しいのに、お湯を沸かすだけだから楽でいいという。


 カップ麺のクオリティーが高すぎる件について。


 でも、あれに頼りすぎるのはよくないから、ほどほどにしないと。


 こんなことをぼーっと考えられるのも、午前中にやることを済ませたからこその余裕なのかもしれない。


 ………………………………………………。


 それにしても……


「…………暇だ」


 ピロリンッ。


「うん?」


 スマホの画面を開くと、『管理人さん』の文字。


 香織かおりから送られてきた写真には、鼻の先にクレープのクリームが付いている琴美ことみが写っていた。


 そして、次の写真には、それに気づいて慌てて拭き取る様子が写っていて、なんとも可愛らしい。


「ふふっ。『思わず笑っちゃいました』……っと」

 ピンポーン。

「? はーいっ」


 玄関の扉を開けると、


「こっ、こんにちは……っ!」


 既に顔が真っ赤なさくらが立っていた。


「姫川先輩? なにか僕に……ん?」


 真の視線は、吸い寄せられるように胸の方へ……ではなく、両手で持っている皿に向けられた。


 そこには、美味しそうなドーナツがいくつも載ってあった。


 シンプルなものから、半分チョコレートがコーティングされたものまで、種類は豊富。


「あっ、その……これ、食べて……っ!!」


 そう言って、皿を渡されたのだけど。


 ちょっと……いや、かなりの量があった。


「えっと、よかったら、上がっていきませんか? 僕一人じゃさすがに食べ切れないと思うので……」

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


 そんなさくらを部屋に案内すると、座椅子に座って待ってもらっている間に、真はキッチンで紅茶を入れる準備を始めた。


 それから数分後。


 なにもないローテーブルの上に、ティーセットが並んだ。


「………………」

「………………」


 なぜか唐突に訪れた、無言の時間。


「はっ……初めて作ったから、うまくできていたらいいんだけど……」

「そうなんですね。じゃ、じゃあ……いただきます」


 真が手前にあったプレーンのドーナツを取ると、さくらも同じものを手に取った。


((……ゴクリ))


 ドーナツを食べるだけなのに、この緊張感は一体なんなのだろう……?


「さっ、先に食べて!」

「え、あっ、はい……」


 そんなこんなで、試食兼、ティータイムが始まったのだけど。


 モグモグ……。モグモグ……。


『どうして……』

『こんなに……』


 気まずいの……?


 お互いに会話の探り合いが始まっていた。


((なにか、話題を……っ))


「えーっと……今、悩んでいることとか……ある?」

「え?」

「一応、私、先輩だから……なにか悩みごとがあったら……聞くけど……」

「悩みごと? 特にこれっていうのは……あ、あった」

「なになに!?」

「自分でも言うのもなんですけど……」

「うん!!」

「僕って………………可愛いんですか?」

「……うん?」


 さくらは目をパチパチしたまま固まっていた。


「あれ、姫川先輩?」

「!? ど、どうしてそう思ったの?」

「実は……」


 真は、初めて屋上に行ったときに梨花から見せてもらった『呟き』の内容を説明した。


 いくつもの『可愛い』という文字が並んでいたことを……。


「どうしても信じられなくて……」

「へ、へぇー……」


 真の話を聞いてさくらが思ったこと。


 それは――――可愛いに決まっている、だった。


 実際に自分も、初めて対面したときに一瞬、その可愛さに見惚れてしまっていたのだから。


 オトコの娘だということを知ったときは、さらにびっくりしたけど。


「僕が可愛いわけ……ないですよね? 休み時間のたびに見に来る人たちも、本当はそんなこと思っていない……」


 と言っている間の、真の不安気な表情。


 ………………。


「……可愛いよ」

「へっ?」

「すっ……鈴川君が可愛すぎるから、みんな見に来るんだと思う!」

「え。じゃあ、ぼ……僕の、考えすぎだったということですか?」


 さくらはコクリと頷いた。


「で、でも、どこか距離を置かれている気がするし……」

「話しかけたくても、鈴川君が高嶺の花だから、話しかけにくかったのかもしれない」

「…………っ」


 そう……だったんだ……。でも、それなら、話しかけてきてくれれば……あ。


 忘れていたけど、一度だけあった――。




 ある日のお昼休み。


『鈴川くんっ』


 クラスメイトの女子生徒が一人、声をかけてきた。


『っ!! な、なんですか……?』


 あのときは、入学してからまだ日が浅かったこともあって、周りの空気に敏感になっていた。


 そんな僕に、


『よかったら、一緒に……お昼食べない?』

『…………』

『? あっ、自己紹介がまだだったね……っ!! 私は――――』


 唯一、話しかけてきてくれたのに、僕はなぜか急に怖くなって…………逃げるように教室を飛び出した。


 あれから、あの子とは会話の一つすら交わしていない。


 今思うと、本当に申し訳ないことをしてしまった。


「鈴川君って……人に見られるの、苦手なんだよね……?」

「……はい。人の視線をどうしても気にしちゃって……こんな自分はダメだってわかってはいるんですけど……」


 あまり周りに話したことがなかったことまで、気づけば話していた。


 まるで、答えを求めているかのように。


 すると、


「それでもいいと思う」

「え?」

「私……周りより背が高くて、胸もこんなだから、どうしても視線を集めちゃって……」

「あぁ……」

「周りからは気にするなって言われるけど、気にしちゃうよね……」

「わかります……。気にしないようにすればするほど、どうしても意識してしまう」

「うんうんっ。心配してくれることは嬉しいんだけど、実はそれが余計なプレッシャーに――」


 たくさんあったドーナツがなくなった後も、二人の話は続いたのだった。


 ――…悩みがない人なんて、いないのかもしれない。

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