番外編7

「兄上は……どうやって反乱軍の情報を得たんだ?」


「そういえば、見つけるの早かったわね。流通に違和感があるってフォス様から報告が来たから、調べたら反乱軍だったって兄様が言ってたけど、まだ僅かな武器を集めた程度だったのに……兄様は、さすがフォス様だって絶賛してたけど」


「……なんか、違和感あるな」


その時、セーラはひとつの可能性に思い当たった。そもそも反乱軍に武器や資金を提供したのは、誰だったのか。


反乱軍は、本当に国に大きな不満を持っていたのか。セーラも実際に会ったが、そこまで不満を貯めている若者には見えなかった。


もしかして、良い様に煽られただけだったのではないか。


僅かな不満の火種に、薪を焚べた者が居たのではないか。


そもそも、こんなに早い時期に反乱軍の情報が手に入るものなのか。自国ならともかく、他国の流通をそこまで調べていたのは何故か。


流通から違和感を感じたというのは、言い訳だったのではないか。


自分達のように、過去を知っている者が、他にも居たとしたら、反乱軍の情報は簡単に手に入る。


反乱軍を裏から操っていた者なら、情報は全て知っているだろう。


たったひとり、可能性がある人物が居る。


「フォス様がイオスみたいに過去を思い出していて、反乱軍を取り押さえたって事は……ない?」


イオスは、全く考えてなかった事を指摘されて震え出した。


セーラは、イオスの顔を見てしまったと思った。和解したとはいえ、イオスにとってもセーラにとっても、フォスは恐怖の対象だからだ。


「ご、ごめん! 大丈夫だよね?!」


「……分かんねぇ、全く考えてなかった……」


考え込むイオスに、セーラは以前から思っていた疑問をぶつけた。


「イオスが、記憶を戻したきっかけは何なのかな?」


「昼寝……?」


「え?! そこ?! そもそも、フォス様が心から優しいのか、演技なのか、イオスは分かるの? 私は絶対分かんないよ。だってあの時も騙されたんだから!」


セーラは過去に、フォスに騙されてイオスを憎んだ事がある。フォスの嘘を見破る自信はなかった。


「分かる……自信はねぇかも……」


イオスも、悪意には敏感で作られた兄の笑顔は見破れる自信はあるが、完璧ではないと思っていた。イオスは兄に対しては、ずいぶん慎重になっていた。


今の兄は、心から自分を心配してくれてると信じて疑わなかったが、少しだけ自信がなくなってきていた。


「実はもうフォス様も過去の記憶があるって事はないよね?」


「まさか……」


思い出すのは、フランツを追い詰めたあの目。あの目は、以前の兄だった。だが、その後はそんな素振りはない。ずっと優しい兄だ。毒だって仕掛けられたりしていないし、暗殺者も来ない。


だが、イオスは不安に思い恐る恐る兄に確かめる事にした。


「兄上、実は兄上も過去の記憶がある……なんて事はありませんか?」


不安そうに聞くイオスに、フォスは嬉しそうに答えた。


「やっと気が付いたの? 当たりだよ。僕も過去の記憶があるんだ。最後はフランツに刺されて死んじゃったんだよね。あの後フランツはどうなったのかな? 一応僕も反撃しておいたけど……ちゃんと死んだ?」


イオスは、真っ青になりガタガタと震えだした。


「そんなに怯えて……大丈夫だよ。僕は今のイオスを殺すつもりはないからね」


そう言って笑うフォスは、優しい顔をしていた。以前のような恐ろしさは微塵もない。今まで積み重ねた兄への信頼は辛うじて残っており、イオスは怯えながらも兄と対峙する覚悟を決めた。


「兄上……いつから記憶が……」


「あの日、セーラとイオスがお昼寝してた時からだよ。多分同時に記憶が蘇ったんだろうね。さすが僕たちだね」


「でも……兄上は……知らないと……」


「知らないフリしてたんだよね。最初はまた拒絶されるのが怖くてさ。試すような事してごめんね。僕はイオスが好きだよ。今も、昔も。でも、以前の僕はすっかり嫌われてると思ってたから、思ったより好かれてて嬉しかったよ。幽閉も、イオスのお陰だったんだね。ありがとう」


フォスは、穏やかな表情のまま説明を続ける。イオスは、次第に警戒を解いていった。


「その、以前の兄上はオレを恨んでいたのでは……?」


「どうもフランツは僕にも薬を盛っていたみたいでね、幽閉されてから薬が切れて正気に戻ったんだ。フランツは、幽閉されてからブツブツ言いながら自白してたよ。もうその頃には正気じゃなかったね。僕に盛ってたのは洗脳薬だったみたいで、ひたすらイオスを憎むように子どもの頃から洗脳したのにって言ってた。最初は僕も抵抗してみたいだけど、イオスに拒否されたらもうダメだったみたいだね。あの頃はもうイオス以外どうでも良くなっててね、母上が死んでも悲しくなかったんだ。だから笑えたんだろうね。そりゃイオスが見たら不信感を抱くよね。ホントにごめんね。あとはもう、憎しみのまま毒やら暗殺やらしてた。ぼんやり記憶はあるんだけど、イオスを追い詰める事しか考えてなかったんだよね。正気に見えるのに壊れてるって、だいぶまずい洗脳薬だよね。やっと薬が効いて素晴らしい人形になったのになんでヘマをしたってフランツに言われたよ。だったら仕事もするお人形にして欲しかったよね。まぁ、おかげで僕がミスしてフランツも破滅したから良いけどさ」


「兄上を操っていたから、あんなに兄上の忠実な僕だったのですね」


「僕が幽閉される時も、自分は悪くないって態度だったよ。まぁ、僕もだけど。フランツは、貴族が偉いって教育を受けてたんじゃないかな。サッシャー侯爵家って由緒はあるけど、士官もしてないし、貴族としての地位が低くて不満だったみたい。フランツは頭が良くて有望株だったみたいだよ。フランツを足掛かりに、中央への影響力を取り戻したかったんだって」


「オレが皇帝になっても、サッシャー侯爵家は取り潰せなかったんです。フランツがやらかしましたから、中央からは遠ざかっていましたけど」


「そうだね。さすがに皇帝陛下でも、フランツを切り捨てられると家を取り潰せないよね。母上を殺した証拠や、僕を操ってた証拠があれば良かったんだけど」


「……申し訳……ありません……」


「イオスが謝る事ないよ。僕らは、どちらも良い様に操られていたんだ。本来あってはならない事だから、僕らも悪いけど、ホント、サッシャー侯爵家は色々やってくれたよね」


「もう処刑されてしまいましたが……情報をもっと集めた方が良かったのでは……」


「ああ、アイツらから必要な情報は全部取ったから大丈夫だよ。父上が、母上に手を出した奴等を放っておく訳ないでしょ?」


「え?!」


「僕らのこの性格は、絶対に父上譲りだよ。以前の僕はイオスに執着してたけど、今は可愛い婚約者が居るからね。イオスだってセーラがいちばんでしょ?」


「それは……そうですね」


「どうも僕らはみんな愛する人への執着心が強いみたいだね。それが父上やイオスみたいに伴侶に向けば良いんだけど、僕はイオスに向いちゃったみたいだね」


「それも、洗脳のせいですよね?」


「多分ね。なんせ今世のフランツはまだ色々やらかす前でさぁ、どれだけ聞いても詳しく教えてくれなくて、もう面倒だしサクッと処刑しちゃったの。どれだけ聞いても、知らない、分からないって泣くばっかりで。過去で幽閉されてからはフランツは壊れてたから結局細かい事が分からないんだ」


「兄上……どんな風に聞きました?」


「ん? 穏便に聞いたよ?」


「絶対穏便じゃなかったですよね?!」


イオスは、背中から汗が出るのを感じていた。あの笑い方の兄はヤバい。イオスは、フランツに同情した。


「ははっ、僕の事を分かってきたね。ねぇイオス、僕が怖くない?」


真っ直ぐな目で、イオスに問いかけるフォスは、少しだけ不安そうだった。


「怖くても、オレの兄上で兄貴です。嫌う事はありませんからご安心下さい。そもそも兄上が壊れた原因がフランツなら……オレにも原因があったのでしょう」


「なんで? イオスは被害者でしょ?」


「兄上がおかしくなった時、オレは距離を取りました。今までの兄上と違うと分かってたのに、歩み寄る事はしませんでした。オレが気がつけば、兄貴は救われたかもしれないのに」


「……もう、色々今更だよね」


「そうですね。サッシャー侯爵家の企みが何処まで王家に食い込んでいたのか……全てが分かる事はないんでしょうね」

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