番外編2

イオスとセーラの婚約は、早すぎるとの反対もあったが無事に成立した。


元々同盟国のセーラはフォスかイオスと婚約する予定だったからだ。


初対面で、こんなにも親しくなるのならイオスが適任だろうと大人たちは考えた。ふたりの婚約をいちばん喜んだのは、フォスだった。


「イオス、おめでとう!」


「兄上が賛成してくれたおかげです。ありがとうございます。その……兄上はセーラをどう思っていましたか?」


「セーラ? 可愛らしい子だよね。イオスとお似合いだよ」


フォスはセーラを好きだと過去では話していた為、不安で仕方なかった。


「何? もしかして僕にセーラを取られると思ってたの?」


「はい」


「可愛いなぁ! 特にセーラを好きとは思ってなかったよ。初対面だったしね。僕はまだ婚約は良いかなと思ってるんだけど、君たちを見てたら可愛い婚約者が欲しくなってきたよ」


フォスはそう言って、イオスを抱きしめた。忘れていた筈の兄の温もりに、イオスの目から涙が溢れてくる。


「フォスはあと数年で婚約を決める時期だからな。希望があれば言え。イオスのように、意中の子が居るなら出来るだけ叶えるぞ」


「父上、僕は今のところ好きな子は居ませんよ。ってイオス! なんで泣いてるの?!」


フォスは、心からイオスを心配していた。イオスにはそれが痛いほど分かった。ますますイオスの涙は止まらなかった。


泣き続けるイオスに、フォスも、皇帝も異変を感じていた。


「セーラも、先日大泣きしていたそうだ。イオス、セーラと何かあったのか?」


「……父上……僕とセーラは、夢を見ました。母上が……死んでしまうのです。もしかしたら、毒で……それに……セーラの家族も……」


全てを話す訳にいかない。イオスにもそれは分かっていた。何度も偽りの愛情を向けられ、殺されかけたイオスは、人の感情に敏感だった。兄と父の優しさは確かに本物だと分かる。


残酷な記憶は、幼いイオスを確実に蝕んでいた。抱えきれなくなったイオスは、縋るように父と兄に泣きついた。


僅かに残った理性が、兄の残酷さだけは伝えるなと囁く。イオスは、兄と皇帝に予知夢と称して母の危機と、セーラの国の崩壊のみを告げた。


「……イオス、それは本当か?」


「分かりません。夢ですし。ただ、セーラも同じ夢を見ました。だから、ただの夢とも思えなくて」


「だからあんなにもセーラは泣いていたのか」


「父上! 母上の食事を調べましょう! フランツにも手伝って貰います」


「ダメです!!!」


「イオス?」


「兄上! フランツは、ダメです! セーラを暗殺者にしたのはフランツだ!」


「セーラが、暗殺者?」


「イオス、どういう事だ?」


「セーラは、国がなくなった原因はオレだと思ってオレを暗殺しようとしてきます! セーラを暗殺者にしたのはフランツでした! そんな……夢でした!」


イオスの必死の訴えを見て、フォスは優しくイオスを抱きしめた。


「あんなにも仲の良いイオス達がそんな事になるとは思えない。だから、イオスはセーラとの早期の婚約を望んだのかい? 婚約してしまえば、セーラは妃教育でうちに頻繁に通うようになる。何かあれば、彼女を守れると?」


「はい……夢では私達は想いあってはいましたが婚約はまだでした。金銭的に困窮した為、セーラは……後宮に嫁がされる予定だったのです」


「イオスに後宮の事など教えてはおらん。やはりただの夢ではなさそうだな。フォス、お前の侍従のフランツは、働きぶりは良いと聞いているが……」


「ええ、知識も豊富で素晴らしい人物ですよ。ですが、可愛い弟とどちらを信じるかと言えば、僕はイオスを信じます。イオス、教えてくれ。夢で、フランツは他に何をした?」


フォスの目に、僅かに宿る怒りを感じてイオスは恐れた。だが、イオスの怯えを感じ取ったのは皇帝だけだった。


「フランツは、暗殺者の家系だそうです。暗殺の時まるで病気のように死ぬ毒があり、その毒はフランツの実家の秘伝だと、夢の中のセーラが言っていました。死ぬのに3年以上かかり週に1度の摂取で効果があり、1年摂取しなければ自然に抜ける為、毒見も無駄だと……あくまで、夢の話です。証拠は何もありません」


夢だとイオスは強調したが、皇帝もフォスも、ただの夢だとは思っていない。ふたりの中で、フランツは危険人物と認定された。


「父上」


「分かってる。至急、サッシャー侯爵家を調べる。フォス、しばらくはフランツを泳がせる。今まで通りに接する事は出来るか?」


「お任せ下さい」


そう言ったフォスは、為政者の顔をしていた。


「イオス様、ご機嫌いかがですか?」


「フランツか、何の用だ?」


「そのようにつれない事を仰らないで下さいな」


「フランツは、兄上の侍従だろう? オレに構う必要がどこにある?」


イオスとセーラの婚約が決まって1年、フランツは変わらずフォスの侍従をしていた。だが、イオスの教育が始まり、イオスが優秀だと噂になると急にフランツがイオスに話しかける事が増えた。


「イオス様は、将来皇帝になられるほど優秀だとお聞きしました」


「皇帝に相応しいのは兄上だ」


過去のイオスは、優秀と褒められて調子に乗っていた。兄と競うつもりはなかったが、兄が知らない事を知ると得意げに周囲に話していた。


我ながら、可愛げがなかったとイオスは思う。


恐らく、自分は知らないうちにフォスのプライドを傷つけていたのだろう。そんな兄に、少しずつ悪意を埋め込んだんだ。恐らく、この男が。


記憶が曖昧ではあるが、確かに幼い頃の自分をやたら褒める男が居た。名前も知らないし、顔もあまり覚えていないが、もしかしたらフランツだったのかもしれない。


「そんな事はありません! イオス様は皇帝に相応しい」


「オレも兄上もまだ幼い。そんな事が今分かる訳ないだろう。それに、万が一オレが皇帝になってもフランツを重用する事はないぞ」

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