第14話

「宰相、イオスはなんと言っていた?」


「イオス様は、マリア様を私の養子にする気はないそうです。すげなく断られました」


「……そうか。本当にちゃんと薦めたのか?」


「もちろんです。イオス様には失望しました」


なんだかんだとイオスの味方をしていた宰相の言葉に、フォスはニヤリと笑った。


「何に失望したんだ?」


「イオス様は全てを諦めておられます。フォス様が皇帝になられたら、自分も死ぬと申されておりました。理解できません。フォス様が皇帝になられてもイオス様は王族の筈なのに、何故死ぬ等と申されるのか何度問い正しても教えて下さいませんでした。マリア様も、単なる戯れとの事です」


「戯れだと?」


「ええ、マリア様はどことなくセーラ様に似ておられます。マリア様は5年前から商会で働いているので別人なのは間違いないのですが、イオス様はセーラ様の面影をマリア様に求めているだけのご様子です。マリア様は、慣れない城暮らしに必死に馴染もうとなさっているのにあんまりです」


「マリアの教育係はお前の娘だったな。進捗はどうなのだ?」


ここは正しい情報は不要だ。そう判断して嘘を吐く。


「……平民にしてはよく出来ております」


「ふん、平民にしてはか」


「はい。ですが伸び代はありますし、時間をかければ下位貴族並にはなるでしょう」


「しかし、イオスはマリアを伴侶にする気はないのだな?」


「ええ、くどいとお叱りを受けました」


「ははっ、そうか、くどいか」


フォスは、心から愉快な気持ちだった。イオスが女を連れてきた時は少し焦ったが、単なる平民なら妾にしかなれない。部屋に住まわす程気に入っているようだから、貴族の養子にされると厄介だと調べてみれば、宰相がやたら養子を薦めていた事が分かった。マナーも教えているらしい。


焦りながらいつものように宰相に情報収集させたら、まさかイオスに失望するとは。予想外だが追い風だ。宰相は皇帝になったら排除するか迷っていた。最近はフォスの命令を聞くし、仕事も出来るから皇帝になっても宰相は利用させてもらおうとフォスは考えていた。 


まずは、オレが皇帝になる為の票固めに宰相を利用しよう。そう決めたフォスは、宰相に指示を出した。


「なぁ、皇帝に相応しいのは誰だ?」


「フォス様です。あのような腑抜けに期待した私が愚かでした」


「なら、今から自分が何をすれば良いか分かるよな?」


「それをお答えする前に伺いたい。フォス様は、どのような皇帝を目指されますか?」


「……皆が、しあわせに暮らせるようにしたいと思っているぞ」


目が泳ぎながら、取ってつけたような言葉を言うフォスを見て、皇帝になるべきは誰なのかを宰相は理解した。


「左様でございますか。では、これから貴族を周りフォス様の支持を盤石にして参ります。必ずや、フォス様に皇帝の座を」


何かを決意した宰相を見て、フォスは最強の味方が出来たとほくそ笑んだ。


「期待しているぞ、宰相」


「全てはフォス様のお心のままに」


皇帝指名の儀まで、あと1週間。宰相からはほとんどの貴族はオレの支持を表明したと報告が入っている。それを証明するように、何人も媚を売る貴族が来る。さすが宰相だな。皇帝になっても生かしておいてやろう。そんなふうにフォスが思っていた時に、服だけは美しいが、立ち振る舞いのなっていない女を見つけた。服はイオスが買っていた物だから、この子がイオスの妾だとフォスは理解した。


ふん、平民にしては美しいが、立ち振る舞いがなっていない。セーラに似ていると言うが、セーラはもっと気品がある。そう思ったフォスは、マリアを見ながら声をかけた。


「ふん、お前がマリアか。確かにセーラに似ているが、気品が足りないな」


「……あ、あの、どちらさまでしょうか?」


「失礼だぞ平民! こちらは次期皇帝のフォス様だ! 早く頭を下げろ!」


フランツは、無礼な女だと怒鳴りつけた。かつての自分の弟子であるとは、微塵も思っていない。


「そ、そうなんですね。失礼しました! 確かに私はマリアです。え、えっと、カテーシーは……。フォス様、はじめまして。マリアと申します」


拙い仕草ながらも正式な礼をしながら慌てて頭を下げるマリアを、この場にいる全員が注目している。ここは城の廊下、貴族も多数出入りしている。馬鹿にした顔、感心した顔、様々だった。


「ふん、まあいい。お前、イオスの女だろう?」


「あ、あの、確かにイオス様に城に呼ばれましたが……」


「マナーも、まだまだだな。平民だから努力するだけ無駄だ。平民が貴族になるなど烏滸がましい。そう思わないか?」


フォスは得意げに大声で叫んでいたが、この場に貴族の養子となった平民出身者も多数居る事に、フォスは気がついていない。


「も、申し訳ございません。平民が貴族になるなど、あり得るのですか? わたくしには分かりかねます」


「ふん、お前が貴族になるなどありえない。夢は見ない事だな。イオスとは仲良くやっているか?」


「は、はい。とてもお優しくして頂いております」


「そうか、かわいい弟の為に良い事を教えてやる。イオスに、セーラとは誰かと聞いてみろ」


フォスは、小声でマリアに話しかける。


「セーラ……ですか?」


「聞いた事ないか?」


「ございません」


「そうか、ならばぜひ聞いてみてくれ。とても良い話が聞けると思うぞ」


「そうなのですね。わざわざ教えて頂きありがとうございます」


何も知らないマリアは、無邪気に頭を下げている。やはり平民は騙しやすい。これでイオスとの仲にも亀裂が入るだろう。


数日後、イオスの部屋から炎が上がり、マリアは城を出た。その報告を受けたフォスは、心の底から大笑いした。


フォスは、自分の勝利を疑っていなかった。あと数日もすれば皇帝になれる。そしたらまずはイオスを処刑しよう。父上は放っておけば良い。宰相はとても良く働いてくれたから、残しておこう。そんな勝手な事を考えていた。


裏で、何が起きているのかも知らずに……。

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