第8話

お腹が満たされたセーラは、フォスに保護されてからの事をイオスに話し始めた。


「国が滅んでフォス様に保護されてからしばらくはショックでずっとぼんやりしてたの。全部イオスのせいだってフォス様に言われ続けてたら、もうイオスを殺さなきゃとしか考えられなくて、先生を紹介してもらってからは毎日暗殺訓練しては食べて寝るの繰り返しだった。今思えば、暗殺したいって思ったのは私の意思だったのか分からない。先生が紹介されるタイミングも絶妙だったし」


「そうか……兄貴はなんもしてこなかったか?」


「使用人用の小部屋だと思うんだけど、ずっとそこにいたよ。イオスに見つかったら危ないから出るなってフォス様に言われてた。先生もいつも一緒に来てたよ。食事は、数日に一回保存食とかを持ってきて貰ってた。だから、こんなあったかいシチュー食べるの久しぶりで嬉しい」


「一度も部屋を出ようとは思わなかったのか?」


「うん、先生と訓練する時以外は出た事ない。イオスを殺しに行こうとした時初めて外に出たよ」


「……そうか、多分勝手に出てたら危なかったかもしれないな……兄貴に口説かれたり、襲われたりはなかったか?」


「さっきの、そういう意味?! ないない。だって私ずーっとイオスの名前呼びながらブツブツ言ってる感じだったもん。訓練の時もそんな感じだね。多分イオスを殺す事しか考えてなかったよ。ごめんね」


「いや、謝らなくていいよ。それにしても、セーラが行方不明になって2年、まったく運動ができなかったセーラがあれだけ動けたのは、ひたすら訓練だけをしていたからか」


「でも、弱いって言ったよね?!」


「……セーラにしちゃあ強かったぜ」


「目を逸らすな! 弱いって言ってるのと同義じゃん!」


「ははっ、いつもの暗殺者よりは弱いなと思ったのは認める」


「だよねー、たった2年の訓練じゃそんなもんよね。本当なら私はイオスに殺されてたんだよね」


「暗殺者を殺す時は顔も素性も確認してるから、セーラの顔見て気が付かない訳ねぇし、殺す事はなかったと思うぜ。それに、説明してもセーラがオレを殺したいって言うなら受け入れただろうしな」


「簡単に受け入れないでよ!」


「そうは言ってもなぁ……オレはセーラが生きてただけで満足だからな。セーラが欲しいモンはオレの命だろうとやるよ」


「愛が重いよ! イオスの愛は欲しいけど命は要らないよ! イオスは私より長生きしてよ!」


「それはオレにまた抜け殻になれって言ってんのか?」


「……へ? 抜け殻?」


「セーラがいなくなったあの日から、今まで何してたかあんまり覚えてねぇんだ。仕事はしてたし、暗殺者は始末してたし、生きてた事は間違いねぇんだけど。仕事してる時に、大臣達や宰相には抜け殻だってよく言われてた。最近は、なんとか取り繕う事は出来てたけど、セーラを探す時間が取れなくて、継承権放棄しようとしてた。ま、あっさり却下されたけど」


「わ、分かった! 私頑張って長生きするよ! だから、イオスも長生きしてっ!」


「それがセーラの願いなら長生きするように頑張るよ。さて、今後の事を考えるか」


「……今後?」


「いつまでもセーラを閉じ込めておくわけにはいかないだろ」


イオスは、心の底ではセーラをここに閉じ込めておきたいと思ってはいるが、日の光を浴びないと人は体調を崩す。セーラが体調を崩すなど、イオスには許しがたかった。


フォスは、自分の宮の庭などでセーラの訓練をさせていたから問題なかったようだが、イオスが安心できる場所は自分の部屋だけ。部屋の外の廊下すら常に監視されている。


「んー……ここに居ても良いけど……。そもそも、ここはどこなの? なんで鉄格子があるのよ?」


「ここは、3代前の皇帝が好んで使っていた部屋でな。王妃に隠れて、女性とお楽しみだったらしい。この部屋にきた女性が、勝手に城に入れねえように鍵かかってんだよ。セーラが下手に城に逃げたら危ないから閉じ込めてたけど、もうオレを信じてくれるなら好きにしていいぜ。街に出るか?」


「待って待って! やたら設備が整ってると思ったら、ここは愛人の隠し部屋ってこと?!」


「ああ。この部屋の上はオレの部屋なんだけど、ずっと放置されて掃除してなかったんだよ。兄貴の嫌がらせでこの部屋に決まったんだけど、誰も掃除しねぇから、自分で掃除してたら隠してある日記を見つけてな。この悪趣味な部屋の存在が分かったって訳。当時の皇帝と、口の硬い側近以外はこの部屋の事を知らないし、記録にも残してねえみたいだ。皇帝の死後は、ここは開かずの間だったから、今知ってる奴が居るかは分からねえ。ただ、兄貴は絶対知らないから安心しな。オレに逃げ道を作らない為に、隠し通路がない部屋を宛てがったらしいからな」


「王族のイオスの部屋なのに、よく皇帝陛下は認めたね」


「オレに興味がないのか、この部屋の事知ってたのか……まぁ、どっちでも構わねえよ。服やドレスは最初からあったんだ。汚れはないかは定期的にチェックはしてたけど、ここに居るなら、全部新品に替えるよ。城には信用できる奴が少ないから、ちょっとずつになっちまうけどな。この部屋は長い廊下のいちばん奥にあって、入り口はひとつなんだ。廊下を普通に歩いていたら部屋の入り口まで数分かかるんだよ。だからこの部屋に人が来るのが分かったら鈴が鳴るんだぜ。ご先祖様はよほど王妃様が怖かったんだろうな。鈴が鳴らなきゃ安心してこの部屋でいちゃつけるって訳だ」


「なんで、ドレスを定期的にチェックすんのよ……」


「おい! その目やめろ! 変装に使うんだよ! 実際オレは何度かこの服使って変装してるんだって! 今は男物もあるけど、最初は女物しかなくてだな……オレが城で買ったモンは兄貴に全部把握されてるから、以前はここから隠し通路で街に出て色々買ったりしてたんだ! 買う時に、男だとオレだとバレるリスクがあるから性別変えればわかんねえと思ってだな……」


「さっきから気になってたんだけど、閉じ込めてるのに隠し通路があるって矛盾してない?」


「あー……あのな、言いたくねぇけど、街から高級娼婦を呼んでたらしい。気に入った子がいたら、しばらく囲えるように快適空間になってるそうだ……」


「……へー……」


「オレは何もしてねぇぞ! そんな目で見ないでくれよ!」


「あはは、イオスがここで女の子とお楽しみでも怒らないよ」


「オレはセーラしか興味ねぇ!」


必死の様子のイオスを見て、セーラは2年ぶりに心から笑った。

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