「真面目かっ!」と言われてフラれた僕が、真面目なままモテる話

白銀アクア

第1章 真面目モテる計画

第1話 真面目かっ!

神楽坂かぐらざかさん」

「えへっ、大空おおぞらくん、なにかな?」


 神楽坂さんの無邪気な笑みがかわいすぎる。高1にしてはやや幼い顔立ちも素敵だ。


(神楽坂さん、僕は全力で愛してるからねっ!)


 心の中心で愛を叫んだ僕に敵はなし。


 放課後の裏庭。ほとんど人は来ない。告白には絶好のタイミングだ。

 僕、大空貫之つらゆきは初恋の相手の瞳を見つめ。


「神楽坂さん、好きです。世界一、いや、宇宙一愛してます。将来、僕は絶対に大企業に就職して、神楽坂さんにふさわしい男になります。だから、僕と付き合ってけっこんしてください」


 思いの丈を打ち明けた。

 熊をも殺すほどの決意をもって。


 神楽坂さん、顔はかわいいし、笑顔は人懐っこいし。


 おまけに、先生の仕事を手伝ったり。宿題を忘れた子にノートを見せたり、風邪を引いた女子の家にプリントを届けたり。生徒からも教師からも好かれている。


 さらには、光沢感のある金髪ツインテは2次元にも匹敵するし、身長150センチ未満なのに胸は大きい。推定Dカップの膨らみが、夏服のブラウスを持ち上げている。


 夏休みの1ヶ月ちょっと。クラスの女神に会えなくて、僕がどれだけ寂しい思いをしたか。


 2学期になり、彼女が学級委員に名乗りをあげるや、僕も立候補した。

 それから半月。満を持して僕は告白した。


「大空くん、私のことが好きって、本気なの?」

「僕が冗談を言う男だと思う?」

「いえ、大空くん、いつだって真面目に生きてるもんね」


 気持ちが届いた。

 彼女は上目遣いで、微笑を浮かべている。


(勝負あったな)


 数秒後には、僕も彼女持ちだ。


 これまで、勉強や運動に打ち込んでばかりだった僕。中学時代は、『真面目すぎて、恋愛対象外。彼氏にするぐらいだったら、オジサンの方がマシ』とまで言われたことがある。なお、オジサンは中年男性でなく、魚の名前だ。


(真面目に生きていれば、報われるんだな)


 感激のあまり、目から汗が出てきた。


「……オジサンの方がマシなんだけど」


(あれ、中学時代にギャルに言われたセリフじゃん)


 幻聴だ。幸せがクライマックスのときに、悪い記憶が蘇るなんて。

 きっと過去を振り返ったのが原因だ。僕の脳にはバグがある。徹底的に始末せねば。


「真面目かっ!」


 お笑い芸人ばりのツッコミが確かに聞こえた。

 小さくて、プクッとした、みずみずしい唇から。


 思わずキスしたくなる。いや、いくら恋人になるとはいえ、同意なきキスは犯罪行為だ。自首して、少年院に入らなければ、僕の気がおさまらない。


「大空真面目くん、あんたに言ってんだけどさぁ」


 またしても、神楽坂さんの口から不思議な音がした。


「あんたさ、真面目すぎてキモすぎだっての!」


 3度目だ。さすがに、現実を認めざるをえない。


「神楽坂さん、どういうこと?」

「どういうもなにも、あんたと付き合うなんて、死んでもムリってこと」

「マジかよ」


 思わず天を仰ぎみる。

 先ほどまで快晴だった9月の太陽が、雲に覆われていた。


「理由を聞かせてもらっても?」

「あんたが真面目すぎるから」


 思わぬ理由だった。


「それなら、神楽坂さんだって、いつも学級委員の仕事を真面目に」

「はっ……そんなん内申書のために決まってんじゃん」


 神楽坂さん、めちゃくちゃ不機嫌そうに僕を睨んでいる。

 彼女の言葉を信じたいが、僕に嫌われようと悪ぶっている可能性もある。どう考えたらいいんだ?


「ってか、大空真面目くんぐらいだよ。高校生にもなって、本気に真面目をしてんのなんて」


 演技には見えないから頭が混乱してくる。


「このまえ、学校を出たところの横断歩道で、手をあげて渡ってたよね?」

「よくご存知で」

「1年生じゃないんだし、マジありえないっての」


 神楽坂さん、唾を吐き捨てる。


「いや、僕たち高1だよ」

「小1のつもりで言ったんだよ。わかれ、ボケがっ!」


 神楽坂さん、ツッコミもできるんですね。漫才にしては、怖いけど。


「あんたが彼氏だなんて、マジ恥ずかしすぎて、ありえねえから」


 どうやら負けを認めるしかなさそうだ。


「じゃ、私は帰りますねっ」


 ニコッと笑みを浮かべてから、神楽坂さんは去っていく。


(終わった、僕の初恋は終わった)


 しかも、僕が人生において誰よりも大事にしているを全否定されて。


「ははは」


(笑っちゃうよな)


 僕はなんにも知らず、勝手に1人で浮かれて。


 真面目に恋をして、相手に全力で向き合えば、好きになってもらえる。

 努力は報われる。勉強で学年1位になったように。


 すべては幻想だった。

 真面目にやっても不可能はある。

 とくに、恋は。自分の一存ではどうにもならないのだから。


 悲しくなってきた。

 就職活動でも真面目に勉強してきた学生よりも、飲みサークルでバカやってた方が良い会社に受かるって話もあるし。


 雨が降り出して、視界が濁ってくる。もしかしたら、涙かもしれないが。


 そのときだった。

 背中に優しい温もりが触れる。ラベンダーのような香りは懐かしくて。


「……萌音なのか?」

萌音もねお姉さんですよ」

「お姉さんって、同じ年だろが」

「あたしの方が9ヶ月もお姉さんだもん」


 振り向くと、幼なじみの天海あまみ萌音もねは得意げに胸を張っていた。

 透き通る白銀の髪が風になびく。


「つらいときはお姉さんの胸を借りなさいね」

「胸って」


 メロンのように豊かな双丘をつい見てしまう。


(ずいぶん、成長したんだな)


 萌音は高校でも同じクラスにいるものの、最近は疎遠になっている。いや、最近というより、小学校高学年の頃からだった。


「さあ、お姉さんに身をゆだねるのです」


 萌音は僕の後頭部に手のひらを当てる。

 びっくりしたのと、落ち着く温もりと、精神的なショックもあいまって、力が入らない。


「よしよしでちゅからね」


 気づいたときには窒息しそうになっていた。

 両頬にえも言われぬ多幸感を覚えて。


「あらあら、つらたん、お姉さんのおっぱいがちゅきなんですね」


 つらたんこと僕は、おっぱいに顔を埋めているのか?

 どうりで、昇天しそうなわけだ。


(神楽坂さん、すいません)


 失恋したばかりで、他の女子に欲情を催して、情けない。


「神楽坂さんのことは、あたしが癒してあげますからね」


 極楽すぎて、意識が遠のいていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る