第9話

 先輩がこんなに疲弊しているのに、自分は瓦礫の撤去作業しか出来なかったのを恥じた。

 一応、事件の概要を推理し続けたが……。

「巴っちなら簡単な案件だと思ったのに」

「うるっさいわね、だからさっき説明したでしょう」

 自分に、何が出来るか……二人の掛け合いを聞きながら更に思考を研ぎ澄ませる。

「石鹸の匂いは、霊体の匂いを消すためでしょう」公平は顎に手を置きながら告げる。

「あたしの能力を知ってるってこと?」

「霊能力保持者というより、手口がやらしいんですよね。捜査されるのに慣れてる気がします。巴さん、ストーカーはなぜここに居たのでしょう?」

「はぁ? 知らないわよ変態の考えなんて判るわけないじゃない」

「俺がストーカーで、霊能力保持者なら、心霊庁の動きに敏感なはずです。もちろんすでに殺害しているわけですから警察の目も警戒するはず」

「何が言いたいわけ?」

 自分の仮説に付いてきてもらっているのなら、最後まで自分の考えを信じよう。

「ストーカーは、警察関係者ではないでしょうか」

「はぁ? 何でそうなるわけ?」

 巽も蓮も不思議な表情で注視してくる。

「これも仮説なんですけど、霊体を拉致監禁していたのは明白です。問題はここに居たことです。Unknownアンノウンから取引というメールが宇佐美大臣の元へ送られた。もしUnknownが事情を知ってる、もしくは犯人との繋がり、共犯関係にあるとしたら」

「Unknownとストーカーに面識がある?」

「突飛だなとまた思われるかもしれませんが。ストーカーは霊能力がある警察の元捜査員。その力を利用して女子高生を殺害、そして霊体を拉致監禁」

「捜査員? それはいいです。置いておきます。でもどうして、生きてる人間じゃないの?」

 巽は純粋な眼で問うてきた。

「生きている人間では、不都合な何か、例えば移動が大変だからでしょう」

「移動?」

「何らかの理由で組織から抜けたわけですから再就職先が無かった、だから救援物資で食いつないでいた。とすると、生きてる人間を拉致監禁するよりリスクが減ります」

「殺した罪は重いのに?」

「昔は死人に口なしと言われてましたけど心霊庁も創設されました。そのせいで霊能力がある捜査員は割りを食ってるとか」

「まぁね、でも彼らも独自の捜査をしてるはずよ」

「でも今回のたったA4の小さいプリントには、行方不明者と書かれていました。蓮も生きてるかもと言っていてハッとしましたけど。そもそもこの書き方がおかしいですよ。ストーカー殺人事件ではなく行方不明者の捜索。でも我々は死者を扱う部署、省庁です。警察も、判ってたんじゃないですか? 初めから。犯人も、犯人の動機も、すでに女子高生は亡くなっていることも」

 場に沈黙が流れる。

「警察がわざとうちらに捜索を依頼したって言うの?」

「身内ではなく、心霊庁捜索課保護係に女子高生を保護させ、ついでにストーカーだった人物の逮捕もさせる。刑事訴訟法では警察官以外の逮捕権もありますからね」

「なに、じゃあ全て警察のてのひらの上だったってこと?」

「警察は、身内の不祥事には甘いですから」

「でも宇佐美大臣があの場所へ来たのは?」

Unknownアンノウンは警察か、もしくは心霊庁の中にいる可能性は?」

「なっ」

 堂本姉弟は口を開けて固まっていた。

 大菅蓮は、目をきらめかせて公平の手を握る。

「なら、警察に恩を売っておこうよ」

「恩を売るというより、余計に敵視されそうだけど……」

「警察がハナからうちらを頼ればこんな面倒くさいことにはなってなかった。ストーカーを捕まえて警察に引き渡したら言いたいことがある」

 自分もだ。蓮と公平は目が合った。お互い言わなくても分かりあえていた。

 組織と組織の都合で、悲しむ人が出てはいけない。

 それに彼女は二度、被害を受けている。生きているときと、亡くなった今も。

 怒りで気が変になりそうだった。

 久しぶりに他人のために怒っている。

 貰ったジュースの缶は握り潰されて穴が空いていた。

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