第十四話「お嬢様の依頼②」
「それでは、依頼内容について詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」
改めて、僕は対面に座るモティスお嬢様に依頼内容を聞いた。
それと同時に僕の体に緊張が走る。
一体今回はどんな珍獣を捕まえてこいと言うのだろうか。
今まで依頼されたものだと、角が生えた馬、三つの頭を持つ犬、虹色の鳥などなど。
実に多種多様な珍獣の捕獲を依頼されてきた。
全てに共通して言えるのは、モティスお嬢様が欲しがる珍獣はどれも凶暴ということだ。
そもそも珍獣を見つけるのが大変なのだが、苦労して見つけたときにその珍獣があまりにも凶暴すぎて痛い目を見たことは何度もあった。
今回は凶暴でない珍獣であってほしいと祈るばかりだ。
「鹿ですわ!
それも真っ白な鹿!
聞いた話によると、かなり大きいみたいですわね!」
胸を張って喜々として教えてくれるモティスお嬢様。
モティスお嬢様は大好きな珍獣の話になるとテンションが一気に上がるのだ。
「真っ白で大きな鹿ですか……。
それ以外に何か情報はありますか?
例えば、どこに生息しているとか」
僕はこの質問にどういった返事が返ってくるか予想できてはいたが、ダメ元で聞いてみた。
すると、再びモティスお嬢様は胸を張って口を開く。
「知らないですわ!!
でも、前から鹿を飼ってみたいと思ってましたの!
名前はシロちゃんとでも名付けましょうかしら!」
そんなモティスお嬢様の楽しそうな返事に、僕は苦笑いするしかなかった。
特徴しか教えてくれないのは相変わらずである。
基本的にモティスお嬢様は、珍獣の噂を聞いただけでギルドに捕獲依頼をしに来るので、珍獣の名前や居場所を知らないことがほとんどだ。
いつもはモティスお嬢様が言った情報を頼りに珍獣の居場所特定作業に入るのだが、今回の「白くて大きな鹿」に関しては噂すら聞いたことないので特定が難しそうだ。
白いということは北の雪国の方にでも生息しているのだろうか?
なんて思っていると、先ほどからずっと静かにしていた隣に座るハンナがポツリと呟いた。
「あ。
その噂なら私も聞いたかも」
「え!
どこで!?」
僕は、ハンナの呟きに間髪入れずに反応した。
もしハンナが白い鹿の居場所を知っているのであれば、大幅に仕事時間が短縮される。
基本的にモティスお嬢様の依頼は、どれだけ早く珍獣の居場所を特定できるかが仕事時間短縮の鍵になってくるのだ。
小さな情報も逃すことはできない。
すると、ハンナは思い出すように宙を見上げる。
「えーと。
私が聖ベアルージュ教国を出てビーク王国に来るときに馬車に乗せてもらったんだけど、そのときに御者の人が言ってたんだよね。
『最近、大樹海に真っ白な巨大鹿が現れたらしい』ってさ」
まさかの場所まで特定できる当たりの情報だった。
大樹海といえば、ビーク王国から西に二日ほど馬車で移動したところにある広大な大森林地帯。
その大樹海を抜けてさらに西に進み、1つ山を越えると聖ベアルージュ教国がある。
どのようなルートでハンナがビーク王国まで来たのかは知らないが、おそらく御者は大樹海の近くを通ったからその情報を教えてくれたのだろう。
偶然とはいえハンナが白い巨大鹿の情報を知っていたのはラッキーである。
「ありがとう、ハンナ!
ハンナのおかげで場所も分かったし、あとは捕まえに行くだけだ!」
感謝の言葉をハンナに伝えると、ハンナはえへへと笑いながら照れる。
先ほどまで機嫌が悪そうだったから、笑うハンナを見て少しホッとする。
「シロちゃんの居場所が分かったみたいでよかったです。
ただ一つ注意していただきたいことがありますわ」
「注意していただきたいこと?」
今までモティスお嬢様が依頼するときは、珍獣の特徴だけ言ってあとは全てこちら頼りだったので、条件をつけてくることは珍しい。
何を言われるのだろうか。
すると、モティスお嬢様はコクリと頷き、神妙な面持ちで口を開いた。
「実は、この依頼はブラックポイズンの方にも申し込んでおりますの。
依頼したあとにコットさんがもうブラックポイズンを辞職されているという話を聞きましたので依頼を取り下げるわけにもいかず、ブラックポイズンとホワイトワークスの両方のギルドに依頼をしている形になってしまっておりますわ」
なるほど。
僕が依頼を受けてくれると思っていつものようにブラックポイズンに依頼しに行ったら、依頼した後に僕がいないことに気づいたというわけか。
ブラックポイズンだと依頼の取り下げをする場合は報酬金半額分を取り下げ料として支払わなければならないという契約になっているので、一度依頼契約を交わしたら依頼を取り下げるのは損になる。
だからモティスお嬢様は、ブラックポイズンに依頼を取り下げずに僕のところに来たのだろう。
もっとも、モティスお嬢様はお金も持っているだろうし取り下げ料くらいは余裕で払えるのかもしれない。
だが、二つのギルドにお願いしていれば人手も増えて珍獣が見つかる確率が上がる。
そういった面を考慮して2つのギルドに依頼しているのだろう。
複数のギルドに依頼する依頼主はよくいるので、別にそれに関して問題はない。
「となると、ブラックポイズンとホワイトワークスのどちらが先に珍獣を捕獲できるかの勝負になるというわけですか」
「はい。
コットさんには、絶対にブラックポイズンより先にシロちゃんを捕獲してほしいですわ」
語気を強めて言うモティスお嬢様。
僕はそんなモティスお嬢様の態度に首をかしげた。
「もちろん僕としてはブラックポイズンより先に捕獲はするつもりですが、それをモティスお嬢様がお願いするというのはどういうことでしょうか?
僕に捕獲してほしいのであれば、ブラックポイズンに出した依頼を取り下げればよかったのではないですか?
依頼の取り下げ料は多少かかりますが、モティスお嬢様なら払えない額ではないと思いますが」
正直、ブラックポイズンへの依頼を取り下げてほしかった。
ブラックポイズンの冒険者と珍獣捕獲の取り合いなんて、できればやりたくない。
ブラックポイズンの冒険者は基本的に柄が悪く喧嘩っ早いので、下手をしたら冒険者同士の戦闘になりかねないので厄介なのである。
「
ゲイリーさんという方が私の依頼を受注したようなのですが、あの方は
そう言って顔をうつむけるモティスお嬢様。
「ゲイリー!?」
モティスお嬢様の言葉にいち早く反応したのは、隣に座るハンナだった。
当然、僕もハンナ同様驚いていた。
ゲイリーとは昨日の夕方に東区の街で会ったばかりである。
そういえばあのとき、ゲイリーは冒険者仲間を連れて大樹海に行くからと言ってハンナをパーティーに誘っていた。
確か珍獣を捕まえに行くなんて言っていたはずだ。
あれはモティスお嬢様の依頼だったということか。
しかし、ブラックポイズンも中々強引な手口を使ったな。
依頼者の依頼取り下げ申請をそんな勝手な理由で拒否するとは。
たとえ冒険者が受注していたとしても、依頼者が依頼を取り下げ申請したら依頼を取り下げなければならないのが通常だ。
冒険者ギルド協会にばれたら大問題になりそうな案件である。
僕がブラックポイズンで働いていたときは、流石に依頼取り下げ申請の拒否まではしていなかった。
おそらく侯爵家との関係をそうまでして維持したいということなのだろうが、少しやりすぎである。
完全にモティスお嬢様は被害者。
僕も最近までブラックポイズンにこき使われていただけに、モティスお嬢様に同情した。
「分かりました。
それでは、ゲイリーより先に僕が珍獣を捕獲してきましょう」
僕はモティスお嬢様の目を真っすぐに見てそう告げると、お嬢様は嬉しそうにニコリと笑った。
「よろしくお願いしますね、コットさん」
そんなモティスお嬢様の笑顔を、じとりと冷めた目でハンナが見つめていたのを僕は見逃さなかった。
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