第12話 魔剣士が過去を乗り越えたら

 「ふぅ……」


 俺はゆっくりと鉄の門を開く。ゴゴゴと地面と擦る音を出しながら門はもう一度俺にその中身を見せてくれる。それは暗闇。しかし奥からそれはそれはこのダンジョンに入ってから一際大きな存在を感じ取ることができた。


 俺は前同様ゆっくりと歩き進める。そして一定の所まで来た時、壁にある松明が灯り始め、その大きな存在の姿を俺に見せてくれる。


 大きな広場にいるのはちっぽけな俺と巨大なこの部屋の王。


 それは奇しくもベリアと二人で戦った時と酷似していた。


 「グルゥ……」


 「…………」


 しかし前とは違って、今の俺の心は波の一つ立っていない水面のように、静かだった。俺は身体強化を呼吸するように必要な箇所にかける。

 そして身体強化を操作する。より効率的に動かせることを目指して、無駄な部分を削ぎ、必要なところを更に上げていく。

 それが完全に終わってから自分の体の感触を確かめてみると、今まで以上に動けるようになっていることが身に染みてわかった。

 俺は腰にさしてある刀を握る。

 

 俺の様子が変わったのを肌で感じ取ったのだろう、目の前の敵は俺を睨みつけながら小さく威嚇している。俺のことを警戒しているのだ。


 「────行くぞ」


 




 深呼吸。





 

 一歩、俺は踏み出した。石でできた地面に俺の足跡ができる。




 世界が変わる。それは奇しくも、先ほど見たような色褪せた世界と酷似していた。




 俺は既に奴の尻尾の側まで来ていたが奴はまだ反応できていない。こうして見るとまるで世界の時が止まったかのように思ってしまうが、俺がただ速く動いただけなのでそれはすぐに錯覚だと認識させられる。


 やはり身体強化の効率が上がっている。さながら改良された身体強化、と言えるだろう。これはもう普通の身体強化の域を超えたのではないのだろうか。


 俺が尻尾まで来ていたことに驚きながらこっちを見た合成獣キメラが慌てて俺からはなれようとするが、もう遅い。


 「真空斬」


 あの時最後に偶然できた技が、今度はすんなりと成功した。


 尻尾を斬り裂いた透明な空気の刃は前以上の傷をダンジョンの壁に刻みつける。その後一瞬呆けた奴は、次第に尻尾を斬られた痛みを感じ始めたのか、苦しそうな叫び声がこの部屋内に響いた。


 「ギャアアアアアアアアア!!!!!」


 ただの矮小な、弱小な羽虫が、とか言いたげな目をこっちに向けてくるが、俺は気にすることなく未だひるんでいるに向かって俺は歩き出す。

 

 俺が一歩歩き出すたびに、奴は少しずつ後ろに下がっていく。まるでそれは俺におびえているように見えて、少しだけおかしく感じた。

 でも、この様子を見て俺はまた強くなれたんだと実感できた。前まではベリアと二人でようやく倒せた相手がこんなすぐに一人で倒せるようになるなんて。


 ベリアに頼りきりになってしまったあの時よりも、もっと強くなれた。

 

 情けなかった自分を超えるために。


 「俺は」


 今日ここで、


 「お前を殺して、先に進む」


 だから、俺の踏み台になってくれ。哀れな合成獣キメラよ。


 俺はそう念じながら、一つの技を繰り出した。

 それは刀教本にも載っていなかった技────魔力が自然と刀に纏い、その刃は紫色に染め上がっていく。

 俺の中にあった魔力の大半を吸い取って出来上がった、ほとんど無意識に出来上がったそれは────



 「紫黒一閃」



 俺は紫の、禍々しさを放つ刃を振り下ろした。



 瞬間。



 俺の目の前に圧倒的な暴力が生まれた。

 全てを飲み込む黒と見間違えるほどの濃い紫色の斬撃。それは一瞬で合成獣キメラの体を真っ二つにした。

 その斬撃は合成獣キメラを斬るだけでは飽き足らず、その先のダンジョンの壁にまで斬り傷をつけた。それは天井にまで届きそうな巨大な跡だった。

 

 刀は────地面に触れていなかった。つまり、振り下ろしただけでこんな惨劇を生み出したのだ。その感覚は俺の中に残っているが、これをもう一度出せるかと言われたら、きっと無理だと答えるだろう。あんな今までで一番流れるように魔力を扱うことができたことなんてなかったのだから。


 どっと疲れが一気に押し寄せて倒れるように座った俺は自分の魔力の残量を確認し、もうこれでは帰れないなと一人笑った。


 「……疲れた」


 思わず呟いた言葉は俺と合成獣キメラの死体しかいないこの空間に虚しく響いた。

 俺はさっきの一撃を思い出す。体が自然と、まるで、そんな動きだった。

 これをものにすれば、きっと俺はまた強くなれる。そんな気がした。

 

 「ふぅ……寝るか」


 ゴツゴツした地面に寝転んだ俺は、疲れが溜まりすぎていたせいかスッと静かに意識を手放した。






 「……痛い」


 こんなところで寝てたらやっぱり体が痛んだ。寝る前に寝袋でも出せばよかったかな、と反省しながら体を起こす。

 そして寝ぼけた頭を無理矢理覚ますために、少しだけ冷えたこの部屋を歩きまわる。既に合成獣キメラの死体は消えていて、あったところには悪魔の雫デビルズライではなく、別の石が落ちていた。

 そう言えば、おっさんが言っていたっけ。



 『────お前さん、また新緑のダンジョンに行くんだろ?』


 『ん?ああ』


 『もしかしたら前とは違うやつが落ちるかもしれんぞ?』


 『え?マジで?てかなんでそんなに知ってんだよ』


 『秘密じゃ秘密。ほれ、さっさと行け』


 

 そう言ってはぐらかされたけど、凄く過去が気になった。ライネスに来る前とか何してたんだろうな。鍛治の腕前は俺が今まで出会ってきた中でかなり上……というか一番いいかもだし。


 「ま、それは帰ってから聞いてみるか」


 俺はその石を拾ってまじまじと観察する。それはただただ真っ黒な、それだけしか特徴のない石だった。

 しかしその重さは俺が両手で持ち上げてやっとなほどあって、今までで一番重い石だと思った。

 

 「……これ重いな。身体強化」


 腕に重点的にかけて、大体3倍くらいにまで引き上げる。でも少しだけ足りなくて、少しずつ上げていって約10倍ほどでようやく片手で持てるようになった。この筋力だったら合成獣キメラくらいの大きさの岩を殴ってぶっ壊せるレベルなのだが……どれくらい重いのだろうこれは。

 一瞬持ってきたバックに入れようかと思ったが、そうしたらそこが抜けると思い直して、すぐにその案を却下した。


 「これ持って走るとなると……魔力が持たない」


 帰還用の石板に魔力を流す分を引いて考えると、どうしても魔の森を抜けるための魔力が足りない。

 ここ最近魔力が足りないと感じることが多くなってきたな。


 魔力は定期的に使っていけば自然と増えるのだが、最近の俺はその魔力の増量が少なくなってきたと感じるようになってきた。

 人はみんなそこだけは平等なんだけどな……


 「……ここで魔力を全快させてもやっぱり足りない」


 あまり使いたくない手だったが、走りながらポーションを飲んで魔力を回復するしか、それしか方法がない。

 魔の森にあまり野宿は一人ではしたくない。合成獣キメラレベルの魔物はそんなに出てこないが、それでもこのダンジョンにいる魔物以上の強さを持っているやつが普通に闊歩している。特に夜。

 そして何故その手を使いたくないかといえば、ポーションがクソまずいからだ。命の危機にまずいもん飲みたくない。


 「……はぁ」


 俺はこれから飲むだろうポーションの不味さに嫌気を感じながら、帰還用の石板まで向かった。


 そしてその目の前に辿り着き、俺は気づいた。 


 「……は?」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る