第5話 元三枚片ヒレ二十枚―1

 山菜をふもとの町トーラまで運んできたリサン。代金を受け取り、散歩がてら新鮮な魚を欲して北浜にある漁村を目指す。


 トーラの町からかなり離れた位置にある丘を越えると漁村が見えてくる。強い海風から家屋を守るため、小さくギッシリと粗末な建物が密集している。


 リサンはその漁村に着くと、思わず辺りを見回した。人の気配が感じられないのだ。

 いつもと違う雰囲気に驚き、漁村を少し歩くが、毎回贔屓ひいきにしている鮮魚店も閉まっている。


(どうした? 何かあったか?)

 リサンがそんな心配をしていると、北の浜から微かに歌声が聞こえてきた。


『家族の為……ヨーイ…… 皆の為……エーイヤ……』

 リサンはとりあえず、北の浜に向かうことにした。


 浜に着いたリサンはそこで、老いも若きも、村人総出で網を引く地引網漁を目撃する。

 『父ちゃん母ちゃんソーリャ! 爺さんも婆さんもヤーラ!』と歌いながら調子を合わせて網を引いている。


「おおっ! スゴイな……」

 リサンはゆっくりと吸い寄せられるように、その地引き網に近づいて行く。


「ん!? リサンさんじゃねえか。どうした?」

 そんなリサンに気付いたのは、鮮魚店の主でもある網元のおやっさんであった。


「あっ! 魚の買い出しか? スマンな今日はこの通り! 手が離せなくて魚屋は休みなんだ」

 頭を下げて、魚屋が休みであることを詫びる。


「いえ、謝らないでください。こちらも大事な仕事なんですから。こういう時もあります」

 リサンは網元の手を取り、頭を上げてもらう。

 そこに、網の引手から声がかかった。


「おお~い! 網が重てぇんだ! 手伝え~」

 『わかったぁ~すぐ行く~』と答えて走りだす網元。

 だが、何かに気付いたように、行く途中で振り向き、『ニカッ』と笑う。

 

「どうです? リサンさんも引きますか?」

 網元は、いたずらっ子のように、リサンを誘った。


「是非!」

 悩むことなく引き受けたリサン。

 こうしてリサンも地引網漁に参加する事になったのである。


―地引網漁終了後、少し経った浜―

「うう~ん。大漁だと思ったんだがなあ。しけてやがるカス魚ばっかりだ」

 引き上げられた魚を見てガックリと肩を落とす網元。

 リサンもその魚達に目をやるが、確かに売れ筋の魚は少ない。網元のおやっさんは、申し訳なさそうにリサンを見た。


「なあ、リサンさんよ。せっかく参加してもらって心苦しいが、分け前はこのカス魚でカンベンしてくれねえか?」

 網元が指したのは『エイ』。漁師はカス魚と呼んでいる。

 どうやら漁師達はこの『エイ』が北の国で高級保存食として珍重されていることを知らないらしい。


「いや、有難く受け取るよ。ところでおやっさん。この魚は『エイ』と言って、加工して『漬汁つけしる』に漬けてから干せば高く売れるんだよ? 村で加工する気はないのかい?」

 リサンは網元に聞いてみた。


「ハハッ。リサンさんよ俺らは漁師だぞ? そりゃ干物ぐらいは作るが、コイツの干物は駄目だ。一度作った時には『怪物の干物』って言われてな。さっぱり売れなかったぜ。あとな俺らは、面倒な切り身加工や漬け工程はやりたくねえ。俺らは漁師で、料理人じゃねえんだからな」

 そう言って『ガハハッ』と笑う。

 加工干しの利点を分かってもらえず、『フゥ』とため息をついたリサンであった。



 リサンは毒針のある尻尾を切ってもらい、ロープで『エイ』を吊るして北浜から帰路についた。

 ただ、すぐに追いかけて来た一人の青年に、村外れで呼び止められるリサン。

 振り向くといきなり青年が頭を下げた。


「あのっ! 僕はナルフと言います。先程の話が聞こえました。僕にカス魚の加工方法を教えてください!」

 その言葉を聞いたリサンは笑みを浮かべる。


「もちろん良いさ! 保守的な思考を壊す君みたいな青年を待ってたんだ」

 その答えを聞いて『ホッ』とする青年ナルフ。


 聞けばまだ、漁師を始めたばかりで、船はおろか網さえ持ってないという。何とか『カス魚』で金を稼いで、馬鹿にしてくる先輩を見返したいとの事らしい。


 リサンは今日とれた『カス魚』を血抜きして、樽一杯の海水と一緒に『ルモンド山麓ふもとの作業小屋に持ってきなさい』と地図を書いて渡した。


「わかりました!」

 元気よく返事したナルフ。


「半日がリミットだよ。急いでね」

 そう言い残し、リサンはナルフを待つべく作業小屋に向かったのであった。



 

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