第52話 琴音の家
「もう、出かけるの?」
「うん。ニッタでお土産買って行くから」
母親が圭吾をじっと見てくる。
「何か顔についてる?」
「いや。琴音ちゃん可愛いわね。あなたには勿体無いくらい。由美ちゃんの時も思ったけど、比較にならないくらいね、どっかのアイドルかと思ったよ」
「よく言われるよ。大学でもミスコンに出た時の影響で隠れファンクラブがあったらしいし」
「いい結果になるといいね」
「嫁とか婿養子とか俺にはどーでもいいから」
「あら、それお父さんが聞いたら無茶苦茶怒るやつ」
「俺は武将が、どーとかもどうでもいいんだ」
「まあ、頑張れ」
俺は家を出た。昨日は琴音とLINEでカウントダウンをしてから寝た。琴音はまだ寝ているだろう、と思っていた。玄関の前で見知った彼女を見て驚いた。
「圭吾くん、あけましておめでとう」
「琴音、来てくれたんだ。あけましておめでとう」
「うん、いつも迎えに来てくれてばかりだからね」
白ニットにチェックのミニスカート。膝からかなり上。かなり短くて目立っていた。
「見えないか?」
「何が……あっ、スケベ」
「いや、純粋に階段とか大丈夫かな、と思っただけで」
「タイトスカートだから意外に見えないものよ。それに階段とかは後ろにカバンとか置いて上がるし」
「そんなもんなんだ」
「それとも見たいのかな」
悪戯っぽい笑顔を見せた。
「お正月だから、振袖と考えたんだけどね。崩れたら自分で着替えられなくなりそうだから、やめといた」
俺は琴音と手を繋いで歩き出した。駅前のニッタで、ケーキを六個購入した。
「ケーキは日持ちしないから当日に買うつもりだったんだよ」
「お父さんよりわたしが喜ぶよ」
「ケーキ好きだっけ」
「大好き。ただ、太るからあんまり食べないけどね」
琴音と一緒に宝塚行きの列車に乗った。元旦ということもあって、人がまばらだ。
「今日、昼からお参りに行こうか」
「うん、そうする」
宝塚に到着して、いつものように15分程度歩く。
「この距離がもう少し近ければ心配は減るんだけどなあ」
「駅前の方がいいけども、マンションばかりで戸建がないから、仕方がないよ」
ふたりで話してをしていたら家に着いた。ちょうど10時前だった。
「開けるね、どうぞ」
琴音が鍵を開けて、ゆっくり扉を開ける。
「圭吾くん、よく来たね」
ちょうど居間が出てきたお父さんと目が合った。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うん、あけましておめでとう。こっちがよろしくお願いします、だよ」
居間に案内された。琴音から、おせち出すからちょっと待ってて、と言われる。
「今年は圭吾くんが来るから一段は手作りみたいだよ」
「お父さん、バラさないでよ」
「ははは、例年ホテルのおせち買ってて、今年のように琴音が作るとふたりじゃどうしても余ってしまうから、圭吾くんが来てくれると助かる。たくさん食べてよ」
「どうぞ」
「もっとも娘は圭吾くんのために作ったんだろうけども」
「ちょっとお父さん!」
琴音が恥ずかしそうにチラッと圭吾を覗き見た。
「うわ、凄い」
圭吾の家はおせちを買う習慣がなかったので、ホテルのおせちというのは逆に新鮮だった。それ以外に琴音が作った一段のお重がある。こちらは圭吾の好みに合わせたような肉や唐揚げなどと言った料理がおせち風に盛り付けられていた。
「圭吾くん、どうぞ」
「御神酒にお酒を入れてもらい一口飲む」
「美味しいですね」
「おっ、圭吾くんいける口だね」
おせちを食べながら、歓談した。ホテルのおせちも美味しかったが、それ以上に琴音の作ったおせちはとても美味しかった。朝ご飯しか食べたことがなかったけれど、今回確信した。琴音は何を作っても美味しい。
「毎年は僕と琴音のふたりだからね。本当、久しぶりだよ」
「鈴木は一緒しなかったのですか」
「琴音が嫌がるからね」
「お正月に白石家でおせちを食べた最初の男の子になるんじゃないかな」
「お父さん」
少し恥ずかしそうに俯きがちに、こっちを見た。
「そうだ。おせち食べてから話すのも何だから先言っとくね」
そう言えば話があると聞いていたんだ。お父さんの話を聞こうと居住まいを正す。
「実はね。後継者のことなんだ」
「後継者とは、クリニックのですよね」
「うん、当初は鈴木が継ぐことになっていたからね。もちろん今は誰も決まっていない」
「そこでだ。これはもちろん強制ではないのだけれど、圭吾くん医者になる気はないかね」
「でも、僕は工学部ですよ」
「二年次編入制度は知ってるよな」
「はい」
「圭吾くんには二年間無駄になるけれども、それを利用すれば医大に進むことが可能だ」
流石に二年間も学費を親に無心するわけにもいかない。今でさえお金を出してもらっているくらいなのだ。
「すみません。これ以上の学費負担を親にさせたくないのです」
「圭吾くん、違うのよ」
「うん、ちゃんと説明しないとダメだったね。もちろん費用は全てわたしが出す」
凄い好条件だった。費用を負担してもらって二年間勉強した後、医大の大学院にに進む。しかも開業医を継ぐ予定も決まっているのだ。
「ただ、一つだけ条件がある」
「何でしょう」
「圭吾くんには琴音との結婚時にうちの婿養子になって欲しいんだ」
やはり、それが条件だったんだ。この話を受けてしまうと、恐らく父親とは揉めることは間違い無いだろう。
「この話、いつまでに決めなくてはならないのでしょう」
昨日の段階では琴音はゆっくりと決めればいいと言っていた。しかし、医大の編入ともなると、時間がかなりタイトだった。
「非常に言いにくいのだけれど、医大の編入が4月。私のコネで押し込むにしても来月には決めてもらわないとならない」
「この話断ったらどうなりますか」
「琴音とのお付き合いをやめて欲しい」
「お父さん、やめてよ」
琴音が凄く心配そうな表情を投げてくる。ただ、父親の言うことが昔から一貫してるのか、強い拒絶のようなものはなかった。
「琴音、何言ってるんだ。時間なんて猶予はないんだよ。しかも医者の奥さんになるのは、琴音にとっては既定路線なんだよ。それ以外の選択肢はない」
おせちを食べて、二階の琴音の部屋にやってきた。琴音と2人だけで話したかったから。
「ごめんね、お父さん強引で……」
「仕方がないよ。琴音の家って代々医者を生み出した家系だろ。それならそれが選択肢になるのは仕方がないよ」
「わたしは、正直そこのとこわかんない。圭吾くんには自分のことだけ考えて決めてくれたらいい」
「もし継がなかったら……」
「わたしもね、親1人子1人でね。ここまで大きくしてもらった恩もある。何不自由なく暮らせてる。圭吾くんがダメなら、誰か……」
「どうしたの」
「嫌なの……たまらなく嫌……圭吾くんがいいよ。決める時間がなさすぎるよね、勝手だよね」
「琴音、泣くなよ」
「どうすればいいんだろうね」
「俺が……」
指に力が入った。それが一番いい選択肢なのはわかってる。だが、家を守らないといけないことも事実だ。
婿養子か、そうなったら、親父に勘当されるだろうか。その後の流れを考えると圭吾には億劫だった。
「もう少し先延ばしにしていいかな」
「ありがとう。昨日の流れから即答で断られると思ってた」
「俺は琴音を失いたくはないから、真剣に考えてみるよ」
「うん、なんかあまりに急で本当ごめん」
「行ってきます」
昼から近くの神社に琴音とふたりで出かけた。
正月ということもあり、神社は人でいっぱいだった。このうちどのくらいの人が、婿養子問題を抱えてるんだろうか。日本のカップルの97%が夫側の性を取ることからも分かるように、殆どの人が考えなくてもいいことなのだろう。
「結構並んでるねえ。やはり近くにマンションがたくさんできているからかねえ」
「うん、そうだと思うよ。西宮の神社も最近は混むと母さんが文句言ってたから」
「人が減ってると言いながら、なんでだろ」
「人が集中してるんだと思う」
「そうだろうねえ」
琴音の胸が肩に触れた。腕を組んだのだった。
「圭吾くん、嬉しい?」
「嬉しいよ」
「全然、嬉しそうじゃないよ」
「なんかね、グルグルと頭に同じことが浮かんでね」
「悩んでくれてるんだね。ごめんね」
「いいよ、これは避けて通れないから」
「困ったら、圭吾くんの思うように生きてね。わたしは大丈夫だから……」
ちっとも大丈夫じゃない表情でうなづいた。
お参りの順番が来たので、お賽銭箱に五円を入れて、お祈りする。
(琴音と来年も来れますように……)
選択権は自分にあると言うのに何という他人事な願い事なんだろうか。ただ、これしか浮かばなかった。
「何をお願いしたの?」
「来年も琴音と来れますようにって」
琴音の顔がパッと明るくなる。いや、違うんだ、その前に父親という非常に難関な人間を説得しないとならないのを億劫に感じた。
俺の顔が暗くなったのを見てとったのか、顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
「いや、こっちのことだからさ」
「そうなんだ。でも、お願いが同じで嬉しいよ」
「琴音も同じかー」
「もちろん、だよ」
琴音が嬉しそうに組んでいる腕に力を入れた。いや、それはやばいと思う。もちろん、胸が押しつけられる。
「ちょっと、押しつけられてる」
「いいよ、圭吾くんに忘れられないために」
「忘れるわけないだろ」
琴音の顔を見ると真っ赤になっていた。
読んでいただきありがとうございます。
琴音と圭吾の幸せな未来を望む人星入れていただくと喜びます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます