第34話 自宅へと

 見つめ合うふたり。圭吾はずっと琴音といたかった。やっと繋がれたのだ。ずっと見てても飽きない。生まれて初めてキスをした時のように心臓の鼓動が高鳴り、高揚感が止まらない。


 至近距離、琴音の肩に手をまわしてもう一度キスをした。目の前の琴音が潤んだ瞳でじっと見てくる。赤みがかった顔で圭吾だけを……。琴音の香水の匂いが間近に感じられて脳を幸せな気持ちにする。このまま、出来ればずっと一緒にいたい。理性が陥落する一歩手前で、圭吾は琴音から離れた。


「あっ……」

「ごめん」

「うううん、これ以上近づいたら、止められなくなるから」

 理性の崩壊の岐路にいたのは圭吾だけではなかったようだ。琴音もこの繋がりをより一層確実なものにしたい、という胸の高鳴りを感じていたようだった。


「そうだね、これ以上いたら、多分我慢できなくなるから」

「そだね、圭吾と一緒、……わたしもずっといたい。もっと近づきたいと想ってる、でも……」

 人間の生存本能は、繋がり合うことをこれ以上となく圭吾に求めさせている。理性がそれをかろうじて押し止めている状態だ。


「送って行こうか」

「これ以上は、ダメ。人に見られちゃう」

「じゃあ、ここで」

「うん、メールしてね。わたしも送るから」

「わかった。全てが解決したら……」

 恍惚にも似た表情で、うなづく琴音。ゆっくりと離れた。圭吾は確かな鼓動を感じる。


「わたし行くね。何かあったら、すぐに連絡してね」

「わかった、じゃあ俺も行くよ」

「じゃあさ、ふたり一緒に振り向こうよ」


 ふたりは『いちにのさん』の掛け声と共に逆の方向に振り向いた。

「今度会うのはクリスマスイベントかな」

「そう、だな」

「寂しいけど、がんばるね」

「うん、俺もがんばるよ」

 ふたり、ゆっくりと歩き出す。数歩歩いて振り返る。琴音も振り返っていた。


「あっ……」

「あっ」

「振り返ったら意味ないじゃん」

「そうだな、俺は琴音の後ろ姿を見送ろうとして」

「わたしも圭吾の後ろ姿を見送りたくて」

 お互い意味もなく笑いあった。側から見たら完全なバカップルだ。

「じゃあ、圭吾見送っていてよ。わたし行くから」

「わかった」

 琴音が一歩を踏み出す。一歩、また一歩とゆっくりと遠ざかっていく琴音。琴音、頑張れ。後ろ姿が小さくなり見えなくなるまで、圭吾はそこにいた。


「さて、行くか」

 琴音の残り香を感じながら、圭吾は今来た道を戻る。今まで感じたことがないくらい確かな高揚感を感じながら。電車に乗り西宮の自宅に戻った。


 古い二階建ての木造住宅。青い外壁が特徴的で、昔いた時の臭いが今も残っている。二年前に家を出た時のままだった。


 鍵を持っているため、インターフォンを鳴らさずに家に入る。目の前に母親の姿があった。1週間マンションに戻っていなかったことを由美から報告を受けているのか、心配した表情をしている。


「あんた、由美さんから何回も電話があったよ。1週間どこ行ってたの」

「その件で話があるんだ」

 圭吾はここで一度切った。母親に自分の決断を告げなければならない。


「俺さ、あのマンション出ようと思ってる」

「はあ、あんた何考えてるの。由美さん言ってたよ。圭吾浮気してるんじゃないかって」

 由美は何を言ってるんだろうか。自分が浮気してるのを棚に上げて。由美が浮気してなかったら琴音と仲良くなることもなかった。携帯の連絡先を辛うじて知るくらいの関係で終わっていたはずだ。琴音は本人が望むに関わらず、大学を卒業して暫く後には、鈴木と関係を持つことになっていただろう。そういう意味ではこの浮気には感謝していた。琴音と鈴木が関係を持つなんて考えただけで、吐き気がしそうだ。もちろん、あの頃の俺なら当たり前に捉えてただろうが。


「母さん、由美に絶対言わないでくれる」

「何を言ってるんだ」

「由美に言うならこの先は話せない」

「何か事情がありそうだね。わたしがあんたのことで言って欲しくないことを言ったことがあったか」

「わかった。信用していいんだな」

「言ってみな」

 母親に言うことは、リスクを増やす可能性がないわけではない。ただ、母親は昔から口が硬かった。今は信用して言うべきだ。由美に話が流れると鈴木を追いやる計画が瓦解する。


 圭吾は今までのことを話した。琴音との関係はあえて語らずに。由美が浮気をしていることを理解して欲しかった。


「本当かい」

「間違いない。何枚も証拠の写真もある。音声データも友達の協力で録音できた」

「それでいいのか。お前、由美の会社決まってたんだろ」

「いいよ、仕方がない。浮気する女とこの先何十年も一緒にいられない」

「この時期にねえ。困ったねえ」

「仕事はちゃんと決めるから。一年就職浪人するかもしれないけども」

「いいよ、気にするな。一年ぐらいここにいててもいいよ」

「信じてくれるんだね」

「圭吾の顔見てたらわかるよ。上手く誤魔化してやるから」

「ただ、あまり恨みを買うんじゃないよ」

「分かった」

 母親と話した後、階段を駆け上がった。三部屋のうち階段右手は寝室、左はクローゼット、奥が圭吾の自室になっていた。

圭吾の部屋は、勉強机とベッド。机の隣の棚には参考書が並んでいた。大学受験前と全く同じだった。埃もなく、毎日掃除してくれていたようだった。


「母さん、ありがとう」

「本当はね、母さんこの部屋のものを全部処分しようと思ったんだ。父さんがね、あいつのことだから捨てられて帰ってくるかもしれないから、残しとけってね」

「その通りになったな」

「馬鹿だね、この子は」

 母さんありがとう。俺は家であったことを琴音に送った。暫くして琴音からLINEが届く。


(いいな、優しさが溢れてるお父さんとお母さん)

(琴音のところは違うのか)

(母さんはそうだったかも。父さんは……変わってしまったから)

(じゃあさ、俺たちふたりで愛が溢れる家庭を作っていこうよ)

(ちょ、ちょっと話早いよ)

(ごめんごめん、話が飛躍しすぎた)

(でも、わたしもそうなればいいな、って思ってるよ)

(ちょっと興奮した)

(ばっ、ばかぁ)

(それはそうとクリスマス終わった後計画考えとくな)

(うん、楽しみに待ってる。その前にわたしは鈴木をその気にさせないとね)

 圭吾の胸にイバラの棘のような痛みが走る。琴音は俺のものなんだ。そう言い聞かせて送った。


(ごめんな、嫌なことさせて)

(ううん、これはわたしが望んで始めたこと、騙せないと次がないから、頑張るね)


――

圭吾の母親もいい人でよかったですね。

これで暫く安心できる居場所ができましたね。


圭吾の恋はとりあえず鈴木を追い込む必要がありますね。駆け落ちでもしない限りは、鈴木が許嫁ですから。


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