第15話 別れの日 2日(琴音視点)

「お母さんのことは、大変だったね」

「大丈夫、なにか困ったことがあったら、おばちゃんに相談してね」


 葬儀の準備の中、四十歳くらいの女性に声をかけられた。母親の姉だった。榊原郁子、小さい頃にはよく遊んでもらったことがあった。引っ越ししてばかりだったため、最近は出会う機会が少なくなっていったが。


「それにしてもこんなになって」

「おばちゃんより5つも若いのに」

 広島からわざわざ駆けつけてくれたのだ。

 大切な姉妹と思ってくれていたのだろう。 

 その隣にいるのが琴音の祖母だった。


「かわいそうに、代わってやりたかった」

 琴音が広島に帰る時には美味しいものを山ほど用意して待っててくれた。よく遊んでもくれた。

「ごめんねお通夜、間に合わなくて」


 何度かお見舞いにも来てくれているのを見たことがある。

 母方の姉妹、祖母との仲も良かったようだ。父方が誰も来ていないのに比べて母方の仲は随分良かったらしい。少ないながらも多くの人に囲まれていた。父方は父が意固地になってからは疎遠になっていた。揉めていることは誰も来ないことからもわかる。父親にも責任はあるかもしれない。でも、全く来ないなんてあり得ない。酷い親だと思う。普通の家庭であれば葬儀くらいは参加するものである。誰も来ないのは、父親との軋轢の大きさが見てとれた。まあ、琴音にとってはわかっていたことだったが。


「おはようございます」

 山本が起きてきた。歯磨き粉が顔についてる。

「もう、ダメじゃない。ほらとってね」

 ティッシュを出して取る。


「あれえ」

 声のトーンが一オクターブ上がった。郁子だ。世間話好きなおばさんは、山本に目を向けてくる。

「うわ、初婚(ういこん)の妻みたいじゃない」

「どんな関係? お父さんのところには、このくらい男の子はいなかったわね」

 思案しているように見えてるが、声は明らかに確信してるようだった。


「白石さんとはどのような関係で?」

 包み隠さずに聞いてくる。あまりオブラートに包むのは嫌いらしい。包まれても嫌だけれど。


「えと、山本くんは同級生で、友達」

「へえー、……友達……かー、いいわね」

 友達のなにがいいのだろう。声の調子が明らかに友達にかける言葉じゃない。

 そりゃ、お通夜から葬儀までしかも、線香の番までしてるのだから、そう思われても仕方がない。


「最近の、子は早いはねえ」

 なんのことだ。早い……、友達に早いも遅いもないもんだが。その声には友達以上の関係を見ているようだった。


「母親も積極的だったけれど、子供も積極的ね」

「えー、なにか誤解してませんか」

 顔に冷や汗を浮かべる。それに私の容姿だとそんなにモテることはないと思う。このメガネをしてて、そう言う関係だと思われたこともない。ここの勘違いが一番面倒なのだ。


「わたし、それに母さんみたいに綺麗じゃないから」

「なに言ってんの」

 はあ、と言う声だ。祖母が話に割って入ってきた。


「あなたは、お母さん譲りの美人でしょうが」

 そうだ関係者にはこのメガネは無力だった。小さい時からよく世話をしてくれていた祖母。こんなメガネで騙せるわけもないんだ。

 これじゃわたし、小学生なのに男を連れ込む不埒な女だと思われる。


「そうそう、なんでそんなへんなメガネしてるのか知らないけど、美人なのおばちゃんもよく知ってるよ」

 何故か言葉がドヤ声だ。家政婦が見た的な、これじゃ誤解されちゃうよ。誤解だよね……?


「すみません僕が一方的にお願いしたんです。関係者の方少なかったですから」

「差し出がましいことをしたのなら、誤ります」

「僕と白石さんは、『ただの』友達ですから」

「そんな邪な関係ではありません」

 あまりにハッキリと否定されたので、話はそこで終わった。みんなしんみりとした話になるので、明るく振る舞っていたのである。わたしの恋バナは正直どうでも良かったようだ。


「ありがとう」

「ううん、気にするな、事実を言ったまでさ」

 山本の方を見る。視線はわたしに向けずに前を向いていた。勘違いだったのかな。

 相思相愛かな、と少し期待するわたしがいたのだけれど。確かにこの場では100点の答えだったと思う。

 母親が亡くなった日にあまり下世話な話に付き合いたくない。

 それにどちらにせよ、悪い印象与えたくないし。

 けれど、なにか釈然としない自分がいた。


 暫くすると葬儀会社が祭壇や席を準備し終えた。親族は少ないが、医療関係者がたくさんくるのだ。関係者と言っても肉親ではないから、斎場へ行く人数は少なそうだが。

 

 やがて葬儀が始まる。僧侶は三人呼ばれていた。袈裟をつけた方が大僧正なのだろうか。威厳よく『南無大師遍照金剛』と繰り返す。


 自分の背後に、大日如来がついているから、大師と二人でお遍路へ行くという意味らしい。真言宗の念仏の言葉だ。殆ど念仏の内容は分からなかったが、ありがたいお経である。これから天国に行く門出を祝ってくれているのだ。真剣に心で天国に行けるように祈った。


 40分くらいで念仏は終わり、出棺。

 お花を出棺前のお母さんにかけて行くんだ。これが終わると霊柩車に乗り込み斎場へと向かう。

 ここでお別れになる。直接顔を見れるのは、ここまで……。行かないで、心の中で叫んだ。


「お母さんありがとう。命懸けで大きくしてくれて。わたし、わたし……」

「大丈夫、ゆっくりでいいから」

「頑張るから、だからお母さん見守ってください」

「これまで、ありがとう」

「天国に行っても忘れないで」

 周りの大人たちが、微笑んで見てくれていた。父親のスピーチも多くの大人たちの心を打ったようだが、わたしの言葉が記憶に残ったようだった。まるで、模範解答のような答えだった。こんなもの……。


「まだ小学生なのに、泣かないでえらいね」

「ほんと、こんな可愛い子置いていくなんてね」

「こんな歳で死なないとならないなんて、辛いわね」


 周囲からさまざまな言葉が聞こえる。

 偉くなんかないよ……。


 そして……。


 やはり、ほら壊れた。


 我慢していたものが逆流してくる。


「お母さん」

「行かないで、わたし、お母さんしかいない」

 今まで我慢していた分、わたしの言葉が止まらない。

「白石……」

「なんで、なんで、行っちゃうの」

「やめろ」

「お願い、お母さん、戻ってきて」

「何度言っても戻っては来ないんだよ」

「じゃあ、わたしが、わたしが行けば……」

 わたしにとっては、最初からこれだったのだ。怖いけど、誰も悲しまないなら……。

「ばかやろう、お前、お前が死んで誰も悲しまないと思ってんのか」

「でも、わたし、そうしないとお母さんのと

ころに……」

「行ったらダメだ」

「なんで、山本くんにこの痛みがわかるはずがない!」

 思いっきり頬を叩かれた。

 痛くなかったけれども、心に響いた。本気で心配してくれていた。

「お前の痛みわかんねえけどよ、こっちの痛みも分かってくれよ」

「それに……」

「お前がいなくなったら俺が悲しむ」

「ごめんなさい」

「ちょっとは大人になれって」

「山本くん」

「ちゃんと送ってやろうぜ」

「うん」

 やはりこうなった、わたしは山本の胸で泣いた。きっとびっくりしてる。噂される。

 でも、そんなこと関係ないよ。


「これからも、俺がずっとお前を見ていてやるから」

 山本がじっと目を見て言ってくれた。それは今のわたしではどうしようもなく難しい選択だった。


 今日全てが、終われば山本には言わなければならない。

 それがわたしに課せられた責任だから。


――


読んでくれてありがとうございます。

過去編はあと二話程度で終わります。


今後ともよろしくお願いします。


恋愛ランキング27位になりました。

感謝です。

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