第10話 由美の部屋

 マンション3階のエレベーターの扉が開く。目の前には、部屋が四軒あった。左から二軒目の部屋が圭吾と由美の部屋だ。


 奥に後二軒の住居が連なる。外観は同じだが内装はバリエーションがあった。建設前は純粋にずっと住むと思ってたな。由美とマンションの内装を選んだ過去のことを昨日のことのように思い出した。あの時は結婚して、ふたりの子供ができて。一緒に歩んでいくと思ってた。こんなことになるとは夢にも思わなかったな。

 

 緊張した面持ちで鍵を入れ、回す。ガチャと音とともに開く。目の前には由美が待っていた。能面のような笑顔で圭吾を出迎える。


「おかえりなさい、遅かったのね」

「あぁ、これを探しててね」

 由美の好きなアイビーの花だ。花言葉は永遠の愛。今のふたりに全く相応しくない花言葉だが、アリバイ造りには役に立つ。


「さすがね、まるで私たちみたい」

 花言葉を聞いた由美の感想に眩暈がしそうだ。


「彼女が選んでくれたの」

「誰のこと……」

「誰だっけ、ほら、確か、あの……クリッとした目の人形みたいに可愛い娘」

 なんとなく嫌な予感がする。由美は俺をここまで陥れたいのか。

「白石さん……?」

「そうそう、琴音さん!」

 口元だけ微笑を讃えているが全く笑っていなかった。圭吾は唾を飲み込む。


「白石さんとは、会社を出てから会ってはいないよ」

「そうなの」

 全く信用してない表情が顔に張り付いている。浮気の証拠を探しているのは由美も同じようだ。浮気がバレれば俺と由美の婚約は解消になる。その場合、鈴木と堂々と浮気ができると言うことか。


 浮気のためにそこまでするのか。いや、浮気というより本気か。鈴木は琴音と結婚することが現時点では確定事項だ。この場合、由美は俺とも別れ、鈴木とも一緒にはなれない。鈴木と由美が一緒になることなどありえない。由美はそのことを知らないのか。


「圭吾、お風呂に入ってよ」

「そうだな」

 風呂の湯で身体を洗い流す。由美のことが可哀想になってくる。鈴木に遊ばれているのを知らないのだろう。今頃、俺の持ち物を漁っていることだろう。


 新しいスマホをコインロッカーに預けておいて本当に良かった。スマホを家に持ち込む時には細心の注意を払わないとならない。

 見つかった時のリスクが大きすぎる。


 圭吾は不審に思われない一番短い時間で、風呂から上がる。少しでも浮気を長い時間調べたかった。


「あがったぞ」

「じゃあ、わたしが入るね」

 圭吾は由美が風呂に入ったのをみて、自分の荷物を調べた。やはり動いている。由美は割と性格的にアバウトなので、キッチリと整理しておくと少しの変化でも分かるのだ。


 風呂に入ったのを確認して、由美のスマホを探す。リビングのテレビの前に隠すこともなく置かれていた。圭吾は由美の誕生日を打ち込む。やはり開いた。


 由美は自分の浮気がバレているとは全く思っていない。確信をした。由美が鈴木との関係を隠しているのであればここまで堂々と置かれない。


 おぼろげながら思っていたことが確信に変わる。由美は鈴木のことをあまり知らないのだ。琴音のことも知らなかった。もし由美が鈴木と琴音が付き合っていることを知っていれば、出会った時にもっと冷静さを失うはずなのだ。由美が鈴木の交友関係を殆ど知らないことも確信した。


 自分のスマホを取りに一階のロッカールームまで急いで戻る。マンション一階には各家庭向けにロッカールームがあった。基本買取型の高級マンションなので、設備は充実している。


 賃貸をしているのは俺と由美くらいなのではなかろうか。マンションは由美の父親の最優良物件だった。借りていると言ってもお金は由美の父親が出しているので、賃貸でさえないのかもしれない。


 スマホを手に戻ろうとして、画面を見る。メールが5件と表示された。琴音以外に連絡する相手なんていない。緊張した面持ちでメールを開く。


(18:00圭吾さん、家に無事つきましたか)

(18:04あの今日はとっても楽しかったです)  

(18:24圭吾さん、もしかしてメール返しにくい事情ありますか) 

(18:32できれば一度返して欲しいな)

(18:45彼女じゃないのに、ウザいですか)


 全く内容はなかった。圭吾は聞きながら微笑する。やはり、かわいい。


 そして、新しいメールが届く。

(19:25そう言えば、琴音可愛いよな、ってわたしですよね。ちょっと期待していいですか。わあ、何言ってるんだろ。ごめんなさい)


 期待していいんだよ、って俺なんかが言って大丈夫なのだろうか。この件が解決すれば、鈴木と琴音は赤の他人になる。俺なんかが鈴木の代わりに琴音の隣に立てるのだろうか。


 その時にならないとわからない。仕事も探さないとならないだろうしな。そんなことより今は由美の浮気を確定させることが先だ。


 エレベーターに乗りマンションに戻る。よし、由美はまだ風呂の中だ。由美の風呂が長いことは知っていた。どこを洗っているのか分からないが1時間を超えることも少なくない。チラッと時計を見る。由美が風呂に入って30分くらいか。早く上がる可能性もあるため、浮気の証拠集めを開始する。


 前回、会っていた時のメールがあった。やはり鈴木のメールに会う約束をしたことが書かれている。スマホで撮影する。音声は出さないように設定してもらった。設定できるのがAndroid端末の強さだ。iPhoneだと難しいらしい。


 圭吾は自分が留守にしていた日を調べる。あった、この日も浮気してたのか。一年間、圭吾がいない日は全ての日に会う約束を交わしていた。


 全て撮影する。鈴木を追い込む証拠はこれだけだと決定打にかける。マンションを留守にして逢瀬を撮影しないとならない。こちらも浮気を疑われているため、強いアリバイが必要になる。


 確実なアリバイか、難しいな。圭吾が悩んでいると再びスマホが小さく振動した。


(11月15日 鈴木は外出する予定になってます。先ほど説明を受けました)

 琴音のメールにありがとうと返信する。ちょっと考えて、一言付け加えた。俺も期待していいのかな。

 琴音の性格から焦ってスマホを落としてなければいいが。


 少し経ってメール受信の音が鳴る。

(ちょちょちょ、びっくりした。スマホ落としそうになるじゃないですか)

(わたしで、いいのかな)

(由美さん綺麗な方だし)

(ちょっと期待してます)


 圭吾はメールの内容に微笑を浮かべた。真剣な顔に戻る。

 この日は絶対に由美も外出するはずだ。これは運が回ってきたのかもしれない。


 と考えているとメールがまた届く。


(15日の日 どうですか、いけそうですか?)


 15日まで後、1週間か。これが終わったら由美との関係も無くなるのか。


 今後の就活などやらないとならないことが山ほどある。本当に琴音の横に立てるのだろうか。今はそんなことより浮気の確定だ。


(大丈夫だ)

 圭吾はメールの送信ボタンを押した。

 後設定を無音にする。バイブが鳴ると由美に気づかれる可能性が上がる。可能性は全て潰しておきたい。

 15日、この日に大きく動く。圭吾は風呂に入ってる由美の方に視線を向ける。


 脱衣所に立つ由美の姿があった。


――


 前回2回はあまり動きませんでしたね。今回は少し話が動きました。


 今後ともよろしくお願いします。

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