第3話 喫茶店の二人
モトマチ珈琲、元町駅北東、駅から東に歩いたところにある珈琲店。
食べログ100名店にも選ばれた店だ。外からは少し古風なデザイン。店内は逆にお洒落にデザインをされている。
その窓際の席に山本圭吾と白石琴音は座った。
「この前は、本当にごめんね」
琴音は席に着くなり、大きく頭を下げた。
山本も二週間前のことは、確かに残念だったとは思う。ただそれは、彼女が頭を下げた理由とは大きく異なる。そんなこと口にできる訳はないのだけれども。
それにしてもと思う。お酒が入らなければ間違いが起きたのだろうか。そんなこと今聞けるわけがないのだけれども。
今度はお酒なしで誘ってみようかな、などと期待をしてしまう。
「俺のことはいいよ、それよりこの前言ってた共同戦線のことは」
言葉を切って琴音を見る。赤のブラウスに白のスカートとジャケット。いつもオシャレな姿は同じだが、表情はあまり冴えないようだった。
「この前も言ったように啓介のことは許せません」
あの日以降、由美に変わった雰囲気はなかった。キスも夜の営みも嫌がることがなかった。由美を見ると鈴木の姿が思い出されキスは勿論、営みなどしたくはなかった。ただ、態度が急に変化すれば、由美のことだから、すぐに勘づいてしまう。
気づいてしまえば、共同戦線の意味がなくなる。
「俺も許せない、それはそうと……」
「由美の方はここ2週間全く変化がなかった。そちらはどうかな?」
運ばれてきたコーヒーを一口飲み、こちらを強い視線で見る。涙の跡が見てとれた。
「鈴木は、あの日以来わたしとキスもしません」
「えっ!!」
かなり意外だった。目の前の明らかに美人の琴音とそこそこ可愛い由美。俺なら絶対琴音だけどな。まあ、浮気がなければ、選択肢もなかったけれども。
「後ろめたさがあるのかも知れません」
コーヒーを持つ手が震えてる。
「危ないよ」
「あっ」
俺は震えながらコーヒーを持つ手を両手で支える。計らずしも手を握る形になる。
「ごめんね」
「大丈夫だよ」
可愛い彼女のこんなにも辛そうな顔。俺は鈴木に対して怒りを感じた。
「共同戦線の内容だが、まず浮気現場を確実に押さえる必要があるかもな」
「前回のように俺が留守にすれば由美は鈴木を呼ぶ」
「そこを押さえる、ということですね」
前回のことでほぼ浮気は確実だが、現時点では確たる証拠がない。
証拠を押さえる必要がある。
ただ、決定的な証拠があっても父親に相談される可能性は高い。仲裁に入られれば由美のダメージはなくなるか。
由美の親に家賃、仕事先まで援助してもらっている身分だけに山本のダメージの方が大きい。
家賃に関しては発覚後出て行く覚悟がある。仕事先も他を探す必要がある。考えれば同棲中の就活はかなり厳しい。面接の合否通知は自宅に届く。同居していると自由に応募もできない。
発覚前にマンションから出る必要があるのか。
悩んだ顔に気づいたのか琴音が不安そうにこっちを見てくる。顔はいつ見てもかわいいけれども。
「すみません。由美さんとまだ別れたくない気持ちがありますか、まだ、愛がありますか。もしそれなら、共同戦線は辞めた方がいいかもしれません……」
「いや、それは」
「わたしら鈴木が憎いです。でもわたしの個人的な理由だけで、圭吾くんに苦しい選択をさせられない」
「いや、その……違っ」
「違いますか?」
確かに違うと言いたいが、決定的な証拠を突きつけて、追い込んだとしても、その後、俺はどうすればいいんだ。
マンションに就職先。
特に就職先はこの就職難にやっと掴んだ大手ゼネコン。
簡単に手放すのはあまりにも惜しい。
「えと、……愛は」
「いいんですよ」
目の前の琴音は、涙を拭きながらにっこりと微笑む。
「裏切られても、それでも愛したいという気持ちはわたしもわかります」
いや、そうじゃないんだ。由美にはもう愛なんかなくて。
「由美ちゃんは、今まで通りっていうじゃありませんか」
「それって、まだ可能性が残っているって言うか」
いや、由美は昔から誤魔化すのが得意なだけで……。
「わたしと鈴木のようにキスすらもしなくなったのと違うじゃありませんか」
それは鈴木さんが正直なだけで。
「それって、間違いを起こしてしまったけれど。愛は残ってるんじゃないでしょうか」
違う、違うんだ。もう愛なんてないんだ。
言えたらどんなに楽だろう。でも言ってしまって、証拠を調べて。
確実な証拠を突きつけて。
住むところも無くして。
仕事も失って。
そんなことを考えると、俺は一歩がどうしても踏み出せない。
「ありがとうございました」
「聞いていただいただけで、充分」
「これ、ここのお勘定、由美さんとお幸せにしてください」
「鈴木の方は、なんとか由美さんのところへは行かないようにさせます」
琴音は震えた手で、お金を置く。
「鈴木さんとは、どうされますか」
「別れます!!」
涙を流しながら立ち去って行く琴音。
「さようなら」
その姿を見送ることしかできなかった。
「カランカランカラン」
入り口の扉が開き、ゆっくりと閉まった。
俺は、残された席でひとり呆然としていた。
あとがき
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