第42話「コーヒーとエナドリとカフェインと深夜」

「お兄ちゃん、眠いんで冷蔵庫からエナドリ持ってきてもらえますか?」


 そう妹から直通チャットが入った。


「眠いんなら寝ろよ」


「明日は土曜日ですよ? なんで明日が休みなのにログアウトしなきゃならないんですか!」


 開き直りやがった。俺はギルドハウスからログアウトしてキッチンへ向かう。冷蔵庫から銀色の缶を一本取りだして妹の部屋に持って行く。いやに手に伝わってくる冷たさが強いような気がした。


 コンコン


 妹の部屋をノックしてから気がついた、ゲームにログオン中は聴覚も遮断しているんだった。俺は声も聞こえるように外音取り込みを有効にしているが、妹の方は現実と一切隔絶した設定にしているのだった。


「はいるぞ」


 一応そう言ってからドアを開け、椅子に腰掛けてVRヘッドセットをつけている妹の前にエナドリを置いて部屋を出た。


 自室に戻ってログインして妹にチャットを送る。


「エナドリ置いといたぞ」


「ありがとね」


 そして少しフォーレのアバターが動きを止めた。ヘッドセットを外したのだろう。俺の方に残っていたチャット通信から『プシュ』『ゴクゴク』とエナドリASMRが聞こえてきた。俺も眠くなってきたので、妹とは違いログアウトして素直に寝ようと思ったところでギルマス用の椅子を動かすと勢いでデスクの引き出しが開いて、署名のされていない書類が出てきた。マジかよ……


「ギルマス、それは……」


「休みのウチに終わらせないといけない書類だ」


「やっちゃったわねえ……」


「マクスウェル……その……」


「私は手伝えないわよ、デスマの合間にデスクワークなんてしたくないからね」


 無理は言えない。マクスウェルはそう言うといつまでも残っておらずログアウトしていった。


「……っぱ俺も年だな。寝るわ」


 ファラデーもログアウトした。残るは俺とフォーレとメアリーだが、メアリーにこの書類を任せるのは無理がある。ギルドの全容を知っていないと書けないような書類だからだ。


「ちょっと離席する」


「どうぞー」


「はーい」


 俺はヘッドセットを外してキッチンに向かった。インスタントコーヒーの蓋を開け、コーヒースプーンで六杯のインスタントコーヒーをマグカップに入れ、お湯を注いだ。味もへったくれもないただ単にカフェインを摂るためだけの液体だ。それに砂糖をぶち込んで無理矢理なんとか飲める味にする。それを持って部屋に帰った。


 ぐびぐびと無理矢理コーヒーを胃に流し込んで強引に意識を覚醒させた。


 ヘッドセットをつけて離席状態を解除する。


「大丈夫ですか? ギルマス、なんだか顔色が優れませんよ?」


 メアリーに心配されてしまった。妹の方は俺が無理をしていることを知っているので素知らぬ顔でクラフトスキルのレベルを上げている。


「大丈夫、案外なんとかなるもんだ」


「そうですか? 無理をすると死にますよ、リアルで」


 俺はメアリーの思わぬ言葉に答えに詰まった。しかしこの書類を処理しておかなければギルドハウスの利用を停止されてしまう。それだけは避けなければならない。


 …………っは!?


「ギルマス、寝てましたよ?」


「悪い、ちょい離席する」


 再び離席モードにしてヘッドセットを外しキッチンに行く。俺はインスタントコーヒーの瓶を傾けてマグカップに注ぎそこにお湯を突っ込んで苦いだけの液体を作った。飲めないような味ではなかったが、スプーンを使うことすら放棄した淹れ方をしたコーヒーはお世辞にも美味しくはなかった。


 無理矢理それを胃に詰め込んで自室に帰る。


 ヘッドセットをつけて離席モードを解除する。そこにはフォーレが指導してメアリーが事務処理をしている光景があった。


「見てられないんですよ、私がメアリーちゃんと協力して書類は片付けておくのでギルマスは寝てください」


「いや、でも」


「い・い・で・す・ね?」


「分かったよ……任せる。分からないところがあったらモバイルのメッセンジャーに送ってくれ、答えるから」


 意識も落ちそうだった俺はログアウトをしてベッドに倒れ込んだ。コーヒーのカフェインが布団に吸いこまれるように眠ることができたのだった。

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