第20話「ポータブルデバイス」
『新発売! PCのゲームがモバイルで動く! [EASY VR]新発売!』
朝食のあいだにそんなCMが流れてきた。どうやら仕事や学校の休憩時間などに少しだけログインできる新デバイスのようだ。モバイル回線を使っているので遅延が気になるところだが、おそらくそこまでシビアな状況での使用を前提としていないのだろう。CMで社畜らしき人が終電を逃して自宅に帰れない状況でネトゲ仲間に出会うことが出来るというシナリオになっている。一切戦闘シーンが流れないことから、おそらく戦闘やPvPといったフレームを争うような場では使えないものなのだろう。
「お兄ちゃん、コレ買って……」
「だーめ」
俺は因幡のお願いを最後まで聞くことなく却下する。タダでさえネトゲにかかりきりになっているというのにスキマ時間までネトゲに費やしていたら時間が無くなるのは目に見えている。むしろ生活が成立している現在が奇跡だと言うことが分からないのだろうか?
「けち……ごちそうさま! ログインしてきますね!」
結局やることは変わらないのじゃないか。食事を終えて即ログイン、食器を洗えとは言わないが家族として過ごす時間はノンリアルファンタジーオンライン内での方が長いような気さえする。それが悪いことなのかは分からない。旧時代であれば間違いなく悪いことだったのだろうが現在ではまったく会話のない家族も珍しくないと聞く。ならばゲーム内だけでも人間関係を築けているだけマシなのではないだろうか? たとえそれが脳内にデータを電子として直接流されたものを声だと認識しているだけだとしてもだ。
栄養食を食べ終わった食器を軽く流してから拭いて食器立てに立てておいた。ずぼらな人間は栄養食を袋から直接食べるらしいが、俺たちはまだギリギリ食事というものをしている。人間的な食事という意味であればゲーム内でのバフをかけるための食事の方がよほど食事らしいと言えるのは皮肉な話だろう。
俺も別に何が付いているわけでもない食器を流して自室へ戻りヘッドセットをつけてログインボタンを押した。
ギルドハウスに着くとマクスウェルが椅子に寄りかかって眠りこけていた。珍しいな、効率厨でそんなことをする奴ではないと思ったのだが……
「マクスちゃん、眠いの?」
恐れを知らない妹がマクスウェルに話しかける。目を開けて俺たちを見たかと思うと再び椅子にもたれて目を閉じた。
「ゴメン、簡易デバイスでログインしてるから今会社なの……少し寝かせて……」
どうやらあのデバイスを買ったらしい。たぶん社会人って言う申告はマジだったんだな。お疲れ様です。
「おう、マクスウェル? 何寝てるんだ?」
今ログインしてきたファラデーがマクスウェルに声をかけようとしたので俺が直通チャットで事情を説明した。
「なるほどなあ……アレは俺も気になってたんだよなぁ……後で使用感を聞いてみるか」
「今起こすとものすごく機嫌悪そうなのでやめた方が良いですよ」
誰だって着かれている時間くらいある。それがこのハウスで疲れを癒やせるというならギルマス冥利に尽きるというものだろう。ここは誰でも来ていいし、追い出されるようなことはない、そういう空間を目指している俺としては歓迎するべき事だ。
「ところでギルマスは買う予定無いのか? アレならスキマ時間にギルマスとしての作業が出来るだろ?」
「俺はパス、アレ買ってまでギルドに尽くす気は無いよ」
「私もパスですね、先立つものがね……」
妹と俺は生計を共にしているので懐事情もある程度分かる。簡易デバイスを買うくらいの金があればガチャを回すのが俺の妹だ、その点については信頼している。ガチャが悪いとは言えないし、そもそもあのデバイスとガチャのどちらがより教育に悪いかどうかについては答えを簡単に出すことは出来ないだろう。少なくともマクスウェルがしばらく使ってみての感想を聞く程度の時間的余裕は俺たちにある。
「そうかい、じゃあ俺はデイリークエストこなしに言ってくるよ、マクスウェルの感想が聞けたら俺にも教えてくれた」
そう言ってファラデーはポータルから狩り場に飛んでいった。少なくとも戦闘には実用に耐えないと予想が出来るのであのようなプレイスタイルならあまりあてにならないデバイスだろう。
「ぷはー……少し寝られたわ」
「おはよう、マクスウェル」
「おはよ! マクスちゃん!」
「おはよう……ってもういい時間じゃない……このデバイス、安眠に使えるわね」
「そんな使い道があるのか?」
「ええ、神経に作用して外音をシャットアウトしてくれるから仮眠用としては完璧ね。とはいえ、ギルマスもフォーレちゃんもぼやけて見えるから精度はそれなりってところだけどね。戦闘に使うようなものじゃないわね」
「ファラデーにもその評価は伝えておくよ」
「ああ、アイツも来てたの? それも分からないくらいにしっかり眠れるわよ、ギルマスも眠れないときに試してみるといいかもね」
「俺はベッドで寝るよ」
「羨ましいことで……私も家に帰ってログインし直すから一旦さよなら」
「ああ、待ってるよ」
「マクスちゃん、いいなー……」
そしてマクスウェルはログアウトした。結局、新デバイスはこのゲームをコミュニケーションツールとして捉えている層には一定の普及を見せたものの、ヘビーユーザーの獲得には至らないのだった。
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