第5話「ネカマと嘘と鮫トレード」

「さて、どこを探すかですが……」


「何か策があるのか?」


 俺は無策で足で探すのを前提にしていたため、何か予想のようなものがあるなら捜索が非常に楽になる。


「外部ツールでノンリアルファンタジーオンラインのチャットルームが開かれているのですが、そこでは公然の秘密としてある場所が闇取引の場所として有名です」


「酒場あたりか?」


 妹が入り浸っているのは知っているし、バーチャルアルコールが正常な判断力を失わせることも知っている。貢がせるには丁度いい場所だろう。


「違いますよ」


「え?」


 意外な反応が返ってきた。


「酒場で取り引きなんてしようとしたら警戒されるのは当然じゃないですか、もっとクリーンな場所で取り引きしてますよ」


「じゃあどこでやっているんだよ?」


「まあついて来てくださいな」


 そう言ってフォーレは歩き出す。まるでどこに何があって何が起きているかを知っているかのように迷うことなく進んでいく。そして目的地はこのゲームの根源、スタート地点、全ての始まりとしておなじみの……教会……だった。


 普段のゲームなら初心者がホーム登録前にモンスターにやられたときに転送される場所、まだデスペナが無い低レベルの時にはお世話になることもある場所だ。


「なあ、こんなところで闇取引みたいなことをやってるのか?」


「おや、信用ならないと?」


「だって……ここは初心者が少しだけいるところだろう?」


 直通チャットだからと口さがない妹は辛辣に言う。


「そう、ここに居るのは初心者、その思い込みがいけないのですよ。ここが初心者以外にもホームとして設定できることをすっかり皆さん忘れています。つまりここは初心者を演出するにはおあつらえ向きな場所というわけですね!」


「解説ありがとう、それにしたってこんなところに強キャラがいたら不自然だろうに……」


「ああ、倉庫キャラを美少女で作ってそのアバターを使用するらしいですよ」


 そこまでやるのか……ネカマに命を賭けているような連中だな。というか人の力に頼って攻略するような真似が楽しいのか疑問ではある。


「まあ行ってみれば分かりますよ。たのもー!」


 そう言って教会のドアを開ける。そこにはこちらに自動的に目を向けるNPCと相手のことしか見ていない男女のカップルのみがいた。さすがに鈍感な俺でも分かる、ここに初心者はほぼいない。そもそもデスペナの無い初心者がここに居座る理由はまず無い。丁度いい相手に生きるか死ぬかの攻撃を仕掛けてデスペナ導入までは危険なレベリングをするはずだ、その方が合理的ではある。


 しかし……しかしだ……この状況は神聖さの欠片もない連れ込みやどの様相を呈している。いや、このゲームは全年齢対応なのでそういったことはできないし、装備品を全部向いても裸になったりはしないのだが妙に衣装をした少女アバターが多かった。


「お兄ちゃん、あそこの二人をご覧ください」


 フォーレの指さした方を見ると、非情に見覚えのあるギルドメンバーと少女のアバターがちゅっちゅしていた。いや、それ自体は自由なのだが、この辺がネカマの巣になっていることを聞いた後だとなんだかアイツが可哀想にすら思えてしまう……


「あ! ギルマス!」


 そうオープンチャットで声を上げるファラデー。目立たないようにと言うのは無理だったか……と思ったのだが自然と皆さん何かを察したのか教会の外へ自発的に出て行ってくれた。さっき出て行った連中の男女比が一体どんなものだったのか気になるところだが今は現実の目の前の問題だ。


「ファラデー、ギルマスとして不適切な行為は看過できないんだが……」


「ち! 違うんですギルマス! この子が右も左も分からないというのでいずれは『ホライズン』の立派な戦力になると思って……」


「えい」


 少女のアバターが着ているドレスの裾を踏んづけて逃げることを許さないフォーレ、とことんまでやるらしいな。


「な……何をするんですか! 私はそちらのやさしい方に……」


「ほほぅ……」


 フォーレの目が顔面トラッキングですうっと細くなった。


「結構なことですね『鋼の天使』さん?」


「それ誰?」


「ちょっと黙っていてくださいねお兄ちゃん」


「そ、そんな……何を言っているんですか!?」


 少女に追及の手を緩めない我が妹。


「おやおや、ウチのギルメンに手を出すならあなたの過去レスをここでフレームに表示してもいいんですよ? ふふふ……随分と愉快なことをかき込んでいらっしゃるじゃないですか……まさかウチがトラブルの種を見過ごすバカなギルドだとでも思っていましたか? 残念でしたね」


「ク……覚えてろよ!」


「いやです」


 少女であることを忘れたアバターは逃げるようにログアウトしていった。最後の方はロールプレイも忘れていたようだ。


 ファラデーはポカンとした顔をしながら俺たちに説明を求めた。


「ファラデーさん、同じギルドのよしみで助けましたけど何度も同じ事をしないでくださいね?」


「待ってくれ! あの子がまさか……」


 ざっくりと現実を突きつけてしまうようだ。


「男ですよ、匿名掲示板でカモったことを自慢していました」


「嘘だろ!?」


「つーかお前なんで知ってるんだよ……匿名掲示板に入り浸っているクチか?」


 俺の疑問にはシンプルな答えが返ってきた。


「ネトゲの炎上関係は本スレチェックが基本ですよ、動画サイトなんて広告で稼ぐために水増しした動画を自分だけは炎上しないようにモザイクをかけているような場所ですから。一次ソースのチェックは大事なんです」


 いやな一次ソースだ……


「はいはい、アレはネカマであることは確定ですよ、コテハンつけてかき込んだあげく同じ事を繰り返している人でしたから、特定余裕でしたよ」


「うぅ……おぉ……そんなことがあっていいのか……」


「さあさっさとホームに帰りま……」


「そっとしておいてやろう」


 俺はフォーレにそう声をかけて二人でポータルからギルドハウスに戻った。二人きりのハウスで俺に質問が飛んできた。


「なんで放置したんですか? 現実を突きつけたあとは慰めた方がよくないですか?」


「それも一理あるがな……それでもファラデーは『失恋』したんだよ、たとえ相手の中身がなんであれな」


「ガチ恋勢は面倒ですねえ……」


 その日はファラデーがハウスに来ることはなかったものの、翌日にはいつも通りデイリークエストをこなしているとギルマスのウインドウを開いて確認しておいた。どうやらそれなりに立ち直ったようだな。めでたしめでたし……とは言えないか……

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