3章12話 俺もついて行ってやってもいいけど


「……ひなた、さん? でしたっけ」

「そーだよ! やっぱ、私って有名なんだあ!」


ちらちらと俺を見ながらもひなたがそう言う。そういや、そんなことあったな。てか、別に有名じゃないから。


「……」

「そういう反応一番困るよ? ……とにかく、これで涙拭きな」


さっとポケットからハンカチを出し、ひなたが姫に渡す。


「……ありがとうございます」

「うんうん」



「ここからどう切り出すのでしょうか……ひなたさん」

「同感だ」


俺と黒花でこそこそささやきあう。


『私にどーんと任せといてっ!』と、姫に追いつく前にひなたが言ったため、俺たちは静かに見ていることにしたのだが。


すると俺たちの視線に気づいたのか、ひなたはすいっと姫に近寄り、



「で、さっさと並楽くんと仲直りしてくんないかな?」

「「単刀直入ーっ!?!?」」


捻りのの字もなく、ひなたはずばずばと言ってのける。


「……ふ、ふぁ……」


姫も気が抜けたようにして、ひなたを見る。


「でないと、私の天詩がいらない心配しちゃうんだー。てか、早く天詩に謝ってほしいんだけど! めっちゃイライラしてきたーっ!!」

「「ひなた、ストップ!!」」


ひなたが姫にとびかかりそうになったので、俺たちで慌ててストップをかける。

ここで暴力なんぞ振るわれたら、本末転倒だ。


「はあ……私の出番ですかぁ」


そう言い、ひなたを俺に預けると、黒花は怯える姫に近寄った。


「風環さんっ。隼さんの事を守りたいんですよね? それで、隼さんのために動いてるんですよね?」

「ふぇ……っ、は、はい」


姫は瞳を揺らがせながらも頷く。急な黒花の行動に、姫だけでなく俺も目をパチパチとさせた。


「それで、この犯行に及んだ、ってことでいいのですか? 動機をお聞かせください」

「……これ以上、隼様に近づく悪い虫を退けたかったんですよ」


天詩のことを、悪い虫だと??

血管が浮きそうになり、自制する。


「少なくとも天詩さんにその気はなさそうでしたがねぇ……それって……いえ、失礼」

「……何が言いたいのですか」


姫が不安げに、でも強固な意思を持ち、黒花をちらりと一瞥する。


「んー……姫さんは、隼さんのことを何でも知ってる自信はおありですか?」

「はい、もちろんなのです。私と隼様は一心同体なのです」


打って変わり、姫は、カッと敵視するようにして黒花を見る。

それに動じず、黒花は余裕の笑みを浮かべ、


「なんでもですかあ……。それなら、隼さんが小学生の頃モデルをやっていたことも? それまではいじめられるような存在ではなかったことも? ペットに文鳥を三羽飼っていて、それぞれ名前が「ぴた」「ぺこ」「しろ」だってことも? その内、「しろ」は羽に桃色が入っていることも? それに、家族構成は……」

「「黒花(美雨)、ストーップ!!」」


黒花のストーカー気質が垣間見え、俺たちは慌てて黒花を止めにかかる。


「おっと、失礼しましたっ。えへへ、情報収集は得意で……大勢の人と話すのは全く無理なのですが……」

「……」


姫は、またもや打って変わり、おどおどとしたような目を黒花に向ける。

そりゃそうだ、こんな事、誰だってドン引きだろう。


「……隼様、小学生の頃、モデルなんて……?」

「はい! ……あれっ、知らなかったようですね?」


黒花の挑発のような物言いに、姫は俯いて小さく頷く。


「……私、表面上の隼様しか見ていなかったのかも、しれないのです」

「うん、そうですよー。失礼ながら、お二人の過去も知ってましてー、結果深い仲だと聞きました。なのに、隼さんの事を、私の方が知ってるなんて、おかしい話です」


どうやってその情報は仕入れているんだ……と不安になるが、俺は静かに事の成り行きを見守るのに専念する。


「そうなのです、おかしい話、なのです……っ。でも、私はもう、隼様に見捨てられてしまいました」

「そう思ったら試合終了ですよ! ……考え方を一つ変えるだけで、姫さんは幸せになれますよ?」


なんだか、怪しい心理学や、偽物の壺を買わせようとする商人のようで、俺は眉を顰める。


「あっやしいー……」


ひなたも目を細めてみせた。


「……」

「それは、りんごが地面に落ちることや、私たちが今空気を吸うことのように、確実なことなのです!」


そのような、動かぬ事実を持ってくる時点で、ますます怪しいぞ。

本気で何かを買わせようとしてるのか? と疑いたくなるほどだ。


「……それはどういうことですか」

「さあ、どういうことでしょう」


姫の問いに、黒花は微笑んで見せた。


「私が先程言った事が全てです! 私はみなまで言ってしまうつもりはありませんし、元々あなたは天詩さんを虐めていた犯人ですので、言う気も起こりません。うう、許しがたい……」


敵意を出し始めたので、俺は黒花を姫から引っ張りはがした。


でも、ようやく言いたいことは分かった。

俺は少し考え、最後に姫に言うべきことを考える。


「……てことで、だ、姫。あとはよく考えろ。俺が思うに、隼はお前を待ってる。お前が、に気づくことを、な」

「……っ、斗真さん」


姫がそう言い、そして涙が残った目で俺を見つめる。


「――みっともない事をしてしまい、本当にすみませんでした」

「「なんで私達には言わないの!?」」


絶叫する二人を置き、俺は軽く片手をあげて、その場を去ることにした。



「なんで斗真さんにだけ……っ! 斗真さん、何もしてないのに! 何も!!」

「私、結構いいこと言ったと思うんだけどな!? なんで斗真くんだけなの!? あとで、この拳でバキバキに……」


「――俺たちは、言うべきことは言った。それでいいんだ」

「「いいポジ風を装って……っ」」


あ、バレた? ちょっと今のセリフ、イケメンが言うセリフだとか思ってたのは事実なんだが。


「あとでまとめて潰すーっ!」

「天詩さんを虐めた姫さんへの逆襲の余波で、斗真さんにも天罰を捧げますね」

「お前らそれ、冗談じゃないだろ、っ痛い、痛い!」


二人にはかいじめにされながらも、俺は天詩のもとへと足を向かわせた。





ʚ天詩ɞ





――ふう。


私は三人がいなくなった後、渡り廊下に移動し、ぼんやりと外を眺めた。

うっとおしい長い金髪が風に揺れる。


ずっとストレスで寝れなくて、髪の毛を結ぶ暇がなかったんだよねー……。


今日から頭皮マッサージと筋トレ、ストレッチは始めないとな。


……なーんて思いながらも、私は意識を、今考えるべきところに置く。



並楽隼。

小学生の頃、私と共に、モデルとして活躍した少年だ。


そして、私の―――



「んああぁわあ、考えたくないよ……っ!!」


私は頭を振り、隼くんを脳内から追い出す。


とにかく、隼くんには極力近寄りたくない。私がモデルを始めた理由も、辞めた理由も、隼くんだから。


別に、隼くんが悪かったわけではなくて、私のモデルとしての覚悟が足りなかっただけ。

いや、隼くんも悪いところはあるかも、あぁあ嫌だ、近寄りたくないよ……!


というか、同じ学校になるなんて思ってなかった。高校は、モデルの学校志望から、急遽この学校に変えたのも、実は隼くんに会いたくなかった、なんてのもある。


もう、過去に踏ん切りは付けたい。でも、できないのが悔しいし苦しい……!


でも今、美雨とひなたと斗真だって頑張ってるんだし。もとはと言えば、私に責任があるし。


「んんむう……」


いつか向き合わないとならない過去……そのいつかが近づいてきている。


風を感じ、私はしばらく校庭を眺めていた。



「はあ……」

「なにため息ついてるんだ、堕天使」

「ひゃっ!?」


ふとため息が漏れた瞬間急に声がし、私は反射的に距離をとる。

視界に映る、悪魔さんこと斗真。


「……あら誰かと思えば、悪魔さんじゃない。元気そうね」

「ああお陰様で」


ぎっと睨み合っていると、続いて美雨とひなたが現れる。


「私たちの仕事は終わったよーっ!」

「次は、天詩さんの番です!」


げ……っ!


「なんだ? 俺たちを働かせといて、自分は何もしない、なんてこと、無いだろうな?」

「んぬぬぬっ……」



私をあざ笑うようにして見る斗真。くっ……悪魔ね……!



「決断はどうした? 行くか、行くかの二択だが」

「あああもう! 行けばいいんでしょっ、行けば!!」


斗真がにやりと笑う。


「その思い切りの良さがいつもあればなあ」

「なによ、私がいつも迷ってるとでも!?」

「迷ってるじゃないか、毎朝、サラダを食うかクレープを食うかとか。……他にもいろいろ」

「なっ……朝ごはんのこと、なんで知って……」


は、恥ずかし!! そんなに顔に出てるかなぁ!?


「……どうしてもというなら、俺もついて行ってやってもいいけど」


そっぽを向いて、ぶっきらぼうに言い放つ斗真。


その、時折見せる優しさ。

悪魔のように見えて、実は優しいってこと、知ってるんだから……ずるいっ……!


「……大丈夫、それくらいできるわよ。なめてるの」


そういい、私は斗真にくるりと背を向ける。赤い顔がバレないように。


「大丈夫なの? ま、応援してるっ!」

「頑張って下さいね!」


二人も、そうやって励ましてくれる。



私は、隼くんを追って、足を一歩踏み出した。

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