2章6話 星空の下で


夜。

夜ご飯に、ひなたは来なかった。

天詩が言うに、夕方からずっと寝ているらしい。


黒花と天詩と三人で食べる夜ご飯は味気なくて、ひなたの存在をつい求めてしまう。

それに、あのひなたの反応が頭に引っかかり、離れないのだ。



なんだかんだで夜ご飯を食べ終わると、俺は黒花と別れ、天詩と二人で部屋に戻る。


「ふ、ふん、斗真と二人っきりなんて、ついてないわ」

「そのままそっくり返すぜ」


ぷいと天詩が顔を背ける。と同時に、ふわりと金髪が俺に触れ、どきっとする。

ま、まさか、これは別にそういうのじゃないからな!


「そ、そういやお前、金髪に染めてるのか? ギャルか」

「違うわよ! これは生まれつきなのーっ!」


焦って話題を振ると、天詩はますますほおを膨らませた。


「じゃあハーフなのかお前?」

「ううん、ママ……こほん、お母さんの髪の遺伝なのよ」


ママだって?

俺は、天詩のギャップにぽかんとする。


「な、なによ」

「お前、母のこと、ママって呼ぶんだー?」

「〜〜〜っ!!」


すぐに真っ赤になる天詩。綺麗な顔が、ぎゅっと鬼に変貌する。


「いちいち、うるさいのよ!」


そして、天詩の必殺技、『暴力アタック』が出る。

俺をぽかぽかと殴ってくる拍子に揺れるスカートに目がいきそうになり、慌てて目を逸らした。


「本当に性格悪魔なのね! 意地悪!」

「そんなことを言うお前は、天使という名より悪魔の名がよほど相応しいと思うが」



そう睨み合っていると、背後に気配を感じた。

勘でわかる。これ、やばいやつ。


瞬間、ばしゃぁぁあ!! と背中に冷たいものがかかり、俺は悲鳴をあげかけた。



「っと、わりぃわりい。存在薄すぎて見えなかったわー」



あ、あからさまなイジメやんけ!!


振り返ると、男子が5人ほど集まり、にやにやと笑っていた。


言い返そうとしたが、小学生の頃の記憶がフラッシュバックし、何も言えなくなる。


「……相変わらず嫌われてるのね、斗真」


天詩が呑気に言う。そういう状況じゃねえって……。

しかし、言葉が出ない。動けない。


「もう天詩様に近寄らねぇっつーなら、存在くらいは認めてやるけど?」


やはり天詩狙いか……。

悪魔だ、などと騒ぎ立てられずに、俺は少しだけ安心した。


「……あなたたち……殺されたいのー?」


その言葉で、俺は脳も体も急速解凍、慌てて天詩の方を振り返った。


「な……」


男子たちもぽかんとする。


「だから、言葉通りの意味よ? ……もしこれ以上斗真に何かしたら……」


どごぉおぉお!

天詩が、屋上でやったように地面を踏みつける。


「こう、だからね? ……あなたたち、大っ嫌い♡」

「ひ……っ?!」


天詩の美少女スマイルに、男子たちは転びかけながらも逃げていった。

かわいいセリフでも、迫力で人を払えるのかよ……。

俺は金縛りから抜け出しながらも、天詩に頭を下げる。


「……た、助かった」

「ええ、借り一つね。いや、一つじゃ少ないかしら?」

「悪魔!!」


せっかく人が感動してたのに! 意地悪! 意地悪!!


寮を抜け、俺がムッとしているところに天詩は肩越しに振り返り、


「まあ、あなたは一人じゃないってことね」


そういうと、女子寮へと入っていった。



……。


この差が、今は痛いほど嬉しい……。

じわっと涙が出そうになり、俺は慌てて目を擦った。

天使に泣かされるなんてこと、悪魔にあっちゃダメだもんな……!!


感動しながら(+びしょ濡れになりながら)部屋に入ると、どんどん、と天詩側から壁が叩かれた。

人が感動してる時になんだ、天詩よ。


「……なんだ?」


俺が壁に手をついて聞くと、くぐもった囁き声で天詩の声が聞こえた。


「ねぇ、もしかして、泣いちゃってた? あれれー?」

「ぐっ?!?!」


仕組まれてたのか?! 今のは本心じゃないと! そう言うのか?!


「もうお前は信じねぇ……!」

「それを何回繰り返せばいいのかしらね? うふ、悪魔を泣かせちゃったー!」


俺は壁から離れ、耳を塞ぐことにした。

もう嫌だ! 天詩のことなんて、信じないんだから!



ʚɞ



夜、11時頃。

辺りは暗くなり、開いていた窓から星が垣間見える。

俺はスマホを下ろし、窓を覗くことにした。


「……星空か……」


思い出す小学生の頃。こんな空だったな……と、俺は空を見上げた。


と、天詩の部屋から、物音がした。


ごそ、ばささ、ガチャ。


どうやら、外に出たらしい。

バレたら罰をつけるのに、天詩かひなたかどちらか、勇気があるじゃないか。


……もしひなただったら?


聞きたいことがある。山ほどある。


俺は気付けば上着を羽織り、部屋を出ていた。




ʚひなたɞ




ひゅーぅ。


風が強く吹き、私は目を細めて夜空を見上げた。

視界いっぱいに広がる星空! ロマンチック! 例えば、星空の下で告白とか、きゅんきゅんじゃん!

……なーんて、ね。


気づいたら部屋を出て、こっそり屋上に来ちゃった。

天詩はもう寝てたし、バレたら大変だった……!


私はフェンスに手をかけ、小さくため息をついた。


『トウくん』。忘れ去っていた、反芻された言葉。

私の幼馴染で初恋の、初彼氏の名前。


その名前を聞いた瞬間、全てが蘇り、色をつけた。

なんだかそれを聞いたら、涙が出ちゃったんだよねー……。


まさか、安久麻くんが、トウくんなわけない。トウくんって名前、ありきたりだし。信じない。会えるわけない。

そう思ってるから、もっと悲しくなったと言うか。


安久麻くんは、すごく優しくて、面白い。

でも、私はトウくんを忘れられない。

きっと、それは変わらない。

都合がいいのはわかってるんだけど……あの唇の感覚が思い出されるよ……うぅー!


いつか、また会えたらいいのに……。



びゅう、と風が吹く。

にしても寒い。私服だし、出してる素足が肌寒い!



「これ、着ろ」



不意に、ぱさりとぬくもりが身を包み、私はびくっとして振り返った。


この声は、まさか。


「あっ、安久麻くん……?!」

「毎回思うんだが、そろそろ斗真と呼んでくれないか? 安久麻という名字は好きではなくてな」


嘘。安久……斗真くんが、いる。

斗真くんの上着を感じながらも、私はただ目を見張るしかない。


「なん、で……」

「そのーだな、昼はごめん。さっき、物音がしたから、こっそりつけてきた」


優しい顔をする斗真くん。心臓がドキッと跳ねたのを隠すようにして、私はフェンスに体重をかけ、夜空に目を向けた。


しばらく無言の時間が過ぎる。



「……私、思い出すんだよね。こうやって、星空を見てると」


何とは言わない。でも、斗真くんは静かに頷く。


「私……ごめんね。どうすればいいかわかんなくて。トウくんって聞いて、感情がわーってなっちゃって。幼馴染、トウくんって名前だったんだけどね」

「俺もお前にトウくんと呼ばれて、懐かしさを感じた。……幼馴染はお前じゃないのに、勝手にごめん」

「う、ううん……」


懐かしさを私に? きゅん……って私のバカ……!


「……まだその人が好きなのか?」


私は僅かに頷く。


「変だよね。名前なんて忘れてたはずなのに。名前を思い出したら、ころって気持ちが回って」

「そういうもんだよ、恋は」

「ふぅん……斗真くんは、初恋の人のこと、まだ好き?」


斗真くんは、少し考えたように沈黙する。


「どうだろうな。でも、もう思い出になった」


思い出、かぁ……。


「私も思い出になればいいのにな」

「いいじゃないか、好きなら好きで」


な、何言い始めるの?!

青春したいじゃん! 過去の恋を引きずってるとか、ダサいじゃん!


「過去だろうと今だろうと未来だろうと、恋してるのは同じなんだから。自分に素直になった方がいい」


ん……。

そっか……私、自分を否定してたのか……。


ほおを涙が伝い、私は慌てて顔を隠した。


「ごめっ……」

「いいよ」


斗真くんが、そっと後ろから抱きしめてくれる。



あの日もそうだった。

公園の滑り台の上で、トウくんは後ろから抱きしめてくれた。

あったかくて、優しくて……。



……ねえ、思いついたんだけど。

トウくんと斗真くん、二人とも好きになっちゃダメかな?!


うわわわっ!! バカなの私?! 浮気じゃん! キモ! ヤバ!


『自分に素直になった方がいい』


え、都合よく斗真くんの言葉が蘇るんですけどー?! 何これ! 何これ!


「どうした?」

「なっ、なんでもない!!」


ダメだこれ! 一旦帰って考え直そうっ!

私は上着を斗真くんに押し付けるようにして返し、ぱたぱたと屋上の出口に走る。


そして、振り返りざまに、斗真くんの顔を見つめた。

トウくんのシルエットと斗真くんがぼんやりと重なる。


「……ありがとう、斗真くんっ」

「いや、こちらこそ。……また色々と聞かせてくれ」

「ん……!」


軽く手を振り、私は急いで屋上を出た。



「……はぁあ……私、どーすればいいんだろ……」


ドアを閉め、私はため息。


天詩が斗真くんのことが好きだったら……でも私はやっぱりトウくんを……いやいや、きゅんとした斗真くんが……そういや黒花さんも好きとか……。


いやああぁあだ! もう考えたくない!


私は思考を断ち切り、前を向いた。


あのぬくもりとこの感情は、紛れのない真実。

トウくんと斗真くんには悪いけど、まだ保留中にして……またその時考えればいいしね! ……ね? (あれ、『その時』っていつだろ?)


とにかく、今は先生にバレないように部屋に戻ることが優先だよね!


「トウくん、斗真くん……待っててね」


そう呟くと、私は階段に足を下ろした。




P.S.


この後、斗真くんだけが先生に見つかって、物凄い説教を受けたらしいけど……それは別のはなし!




―――――――――――ʚɞ―――――――――――

あとがき



第2章終わりです!


♡や☆、コメントにいつもはしゃぎ回ってます!ありがとうございますぅ……(土下座)


少しでも面白いと思ってもらえたら、評価やコメントを恵んでくださるとうれしいです!!



では、引き続きよろしくお願いしますっ!!

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