藁人形

SpaceyGoblin

第一話 女神の一声

紀香−ノリカ

「みんなで取り合うくらいならさ、自分以外、呪い殺しちゃえばいいのに」


 雨がしとしと降る放課後、教壇の上に座る紀香は、教室の最前列に並んで座る、男子生徒三人を見下ろし、そう言った。

 

翔也−ショウヤ

「呪いか、、、」

 廊下側に座る翔也は、紀香の制服のスカートを覗き込みながら言う。


司−ツカサ

「俺ら、呪いなんて使えねぇよ。つか、おまえなにやってんだよ」

 中央に座る司は、翔也の行動を必死に制止している。


義明−ヨシアキ

「昨日映画で観たんだけどさ。藁人形って知ってる?」

 窓側の義明は、全員の顔を順番に見た。

 

紀香

「知ってるわ。藁で出来た不気味な人形でしょ」

 紀香は、腕を組むと、さらに足を組み直す。


翔也

「藁人形を使えば、恋敵を呪い殺せるかもね」

 翔也は、そう言うと、にへらと笑った。


「おまえ、怖いこと言うなよ」

 司は、自分の両腕を擦る。


紀香

「見つかったじゃない。方法が。じゃあまた明日ね」

 紀香は、教壇に乗せたお尻を、ひょいと降ろすと軽快に教室から出ていく。


翔也

「呪いだってよ。確かに恋敵は、いないほうがいいからね」

 ぐでっと机にもたれる翔也は、紀香の居た教壇を虚ろな目で見つめていた。


義明

「呪いだなんて、非現実的な話はやめろよ。紀香は、そんなつもりで言ったんじゃないだろ」

 義明は、立ち上がり、机に掛かっている鞄を、肩にかけると帰宅の準備を始める。


「恋敵か。いい加減、決着つけないとな」

 司も立ち上がりリュックを背負った。



翔也

「なあ。おまえらも、紀香が好きなんだろ」

 翔也の言葉に、二人の動きはピタリと止まる。



義明

「いや、え、どうした、いきなり」

 義明は、肩に掛けた鞄を一度降ろすと、翔也の方を見た。


翔也

「なんだよ。図星かよ」


義明

「司、おまえはどうなんだよ」

 義明は、動揺しながらも司に質問を投げた。


「どうもこうも、みんな分かってただろ。紀香だって知ってて、からかってるんだ」

 司は、教室の出口まで歩いてゆく。


翔也

「からかってるって、紀香が?」


「そうだろ。そうに決まってる。いいから早く帰ろうぜ」


義明

「そんな悪い子じゃないよ。紀香は」

 義明は、再度鞄を肩に掛けると、廊下に出た。


翔也

「俺、ちょっと用事あるからさ。おまえらだけで帰ってよ」

 体を起こした翔也が言う。


「なんだよ用事って。まぁいいや。またな」

 司は、手を振ると教室から離れてゆく。


義明

「僕も、帰るよ」

 

 そして、司と義明は教室からいなくなり、一人なった翔也は、顔を伏せると深い眠りについてしまうのだった。




 四人の通う中学校は、今年の卒業生が、最後の生徒になる。

 その理由は、校舎の劣化にあった。

 外壁は剥がれ、ほぼ使われていない教室の窓ガラスは、ところどころヒビが入っている。

 老朽化がここまで進むと、人が校舎内にいるだけで、心配になるだろう。

 取り壊しは、当分の間行われずに、しばらくは廃校として、その場所に存在するようだ。


 その頃、紀香は家に到着し、お気に入りの赤い傘についた水滴を払っていた。

 玄関の前で騒がしくしていたせいか、ドアが開く。 

 

紀香の母

「おかえり、紀香。寒かったでしょ、お風呂に入ってきなさい」

 紀香の母は、タオルを持って玄関まで来ていた。そして、持っていたタオルを紀香の頭にぽんっと乗せる。


紀香

「寒かった。つい最近、梅雨明けしたはずなのに、またこれだもんね」

 紀香は、家に入り、革靴を揃えると、そのまま脱衣所まで行き、濡れた制服をハンガーに掛けた。


 浴室に入ると、湯船にお湯が張ってあり、温かくなっている。母の気遣いだろう。

 椅子に座り、冷えた体に暖かいシャワーを浴びる。全身をくまなく洗うと、泡を残らず落とし、湯船に、そっと浸かった。

 暖かさを、体に馴染ませようと、紀香は安堵のため息を漏らす。



 紀香が、お風呂から上がり、着替えていると、リビングのほうから母の声が聞こえる。誰かと話しているようだ。

 着替えを済まし、リビングの椅子に座ると、母はテーブルに近付いてきた。


紀香の母

「あ、今ちょうど紀香が、はい。代わります」


紀香

「え、どうしたの」


紀香の母

「担任からよ。なんかね。司君と義明君、お家に帰ってないんですって」


紀香

「司と義明?なんだろう」

 紀香は、不安を纏い、電話に出た。


担任

「もしもし。紀香か。お母さんから聞いただろう。放課後、お前たちが一緒にいたところを見た先生がいたんだ。二人は、なにか話してなかったか?」

 担任の声は、至って冷静だった。


紀香

「いえ、とくにそういったことは。どこかで遊んでいるだけ、なのではないですか?」

 紀香は、呪いの話が脳裏にチラついた。


担任

「だよな。先生もそう思うんだけど、親御さんが言うには、二人とも今日は出掛ける用事があったらしくて、まっすぐ帰るはずだったようなんだ」


紀香

「先生、翔也は?翔也も一緒にいました」


担任

「あいつは、放課後、教室で寝ていたから叩き起こした。翔也の家は電話に出なかったんだ。確か、今日は、親が家に居ないようなことを言ってたな」


紀香

「そうですか。私も翔也に連絡してみます。なにか分かればすぐに電話しますね」


担任

「ああ、分かった。ありがとう」

 担任は、そう言うと電話を切った。



紀香の母

「なにかあったのかな」

 紀香の母は、心配そうにキッチンに立っている。


紀香

「あいつらの事だから、どこかで遊んでいるだけだと思うけど、この雨だしね。私、ちょっと電話してくる」

 紀香は、そう言ってリビングを出ると、自分の部屋のベッドにうつ伏せになった。


 まずは、翔也にかけてみる。

 シンプルな通信音だ。

 長い間、単調な音が続く。


紀香

「駄目だ。出ない」

 続けて、司、義明にかけるが、どちらも通じない。

 紀香は、電話を諦め、翔也にメッセージを打っている時だった。


 急にスマホの着信音が鳴り、画面に【司】とゆう文字が浮かんだ。反射的に通話ボタンを押すと、スマホを耳に当てる。


紀香

「もしもし。司?担任から電話きたよ。あんたどこにいるのよ」

 紀香は言う。


紀香

「もしもし?聞こえる?」

 紀香は、何度も聞くが、スマホ越しに聞こえる音は、草木の擦れる音と、雨粒が地面に落ちる音だけだった。


紀香

「ねえ、司。今どこにいるの?」

 紀香は聞く。


 長い沈黙の中、なにかが聞こえないかと、辺りの騒音を掻き分け、耳を澄ましていると。



「、、、、、雪下神社」

 ブツっ。


ボソッと、誰かの声がした。


紀香

 「司の声、にしてはなんだか変だったような気がする」

 紀香は、妙な違和感を覚え、スマホをベッドに投げてしまう。



コンコン。


 突然のノックに、紀香は飛び跳ね、心臓が止まりそうになる。


紀香の母

「紀香、そろそろご飯にしましょう」

 母だった。


紀香

「う、うん」

 紀香は、返事をし部屋を出た。




 紀香が部屋を出て、少しした頃だった。

 スマホの画面には【司】の文字が浮かぶ。

 着信は、しばらく続き、留守番電話サービスに繋がる。


司 

「もしもし、紀香か?義明が、義明がヤバいんだよ。義明が、よ、、、、」


ブツっ。






 



 




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