第13話

 それから彩葉はコルコと妙な酸味のある不味い薄切り黒パンを食べながら今後の方針について話し合い、夜には浴場で桶に貯められた湯だけで湯浴びをしてから就寝した。



(夢オチの期待も流石に潰えたな……。帰りたくないけどもう帰りたい)



 その翌日になじみのある自室で目覚めなかった彩葉は、この世界が夢でないことを確信した。そして早くも弱音を吐きつつもさして寝心地の良くないベッドから起き上がり、水洗式ですらないおまるのようなトイレで用を足す。


 日本における最低限度の生活よりも何百年は下であろうギルム国王の生活環境。シャンプー節約のための湯シャンするお湯の確保すら厳しいこの状況下は、日本生まれの彩葉としては我慢し難い。


 そのついでに昨日祝福を授けただけで大歓喜だった老人たちに、もはやギルムに未来はないと諦観し死んだ目になっている老若男女の現地民たちも救えたら尚のこと良い。



(そのためにもコルコの進言通り、まずは食料だ。栄養失調のガリガリ兵じゃ負けは確実だしな)



 ギルムの民は餓死とまではいかずとも、栄養失調の見かけをした者が続々と増えているのは明らかだ。そんな状態で働き盛りの若い男を徴兵したところでまともな戦力は補充できず、その者たちの畑仕事で何とか持っている食料自給の効率も落としてしまう。


 かといって食料自給を増やそうにも、今から畑を耕して種を蒔いてなどいられない。それこそギルムの領地である海岸が使えれば豊富な海洋資源で手早く飢えを凌ぐことは出来たが、縛りゲーのせいでキルサにぶん盗られている。


 縛りゲーによるギルムの領地縮小と人材、資材共に流出している弊害はとても大きい。だが彩葉は何も『ガーランド』でクリア不可能な縛りを加えていたわけではない。



「民に対する食糧の配給を始める。炊き出し準備だ」



 縛りゲー下でのギルムは民に対しては生かさず殺さずの政策を取り、結構な徴税を課していた。その上で領土の縮小に人口減少も重なっていたため、王政府が貯蔵している食糧に関しては余裕があった。


 そうして宰相のコルコ提案、王の彩葉発表の食糧配給は兵たちを主導に即日から開始された。



「ありがたや……ありがたや」

「祝福を」



 その現場に同行し配給の際に民たちへ祝福を送っていた彩葉は、サブモニターのように開いている聖典で聖剣教の信仰度が少しずつ上がっていくのを確認していた。



(彼女から借りた金で飯奢って感謝されてるみたいだ)



 民たちに配っている黒パンに炊き出しの豆のスープなどは、主に王政府が徴税した物から作られている。なので単に民が作って納税した作物を加工してその一部を還元しているだけに過ぎないのだが、昼にも炊き出しが行われると聞いて涙を流す者もいる始末だ。


 縛りゲーはキルサに好き勝手させるだけで放置が基本だったため、食糧の他にも資材や金にはそこそこの余裕がある。ただそれを使わず腐らせていただけだ。


 その蓄えを使えば少しは民の食っていけないという根源的な不安を払拭でき、ハイライトのない目も少しは色づくだろう。



「お、おかわりもいいんですか?」

「あぁ。イロハ様が王庫を開放して下さったから、まだ十分な量はある。当分は大丈夫だ」

「祝福を受けている者には酒も振る舞われる。子供にはかぼちゃのポタージュだ。ゆっくり飲め」

「ありがとー!!」



 現に約束通り朝に続いて昼にも炊き出しを行い、振る舞う準備が整った酒や甘めの黄色いポタージュも兵士たちによって配給された。久方ぶりに口にした果実酒に大人たちはその一滴を味わうように飲み、子供はその甘味に魅了されて喜びの声を上げていた。


 そうして昨日よりも老若男女を集め纏めて祝福をかけた彩葉は、炊き出しの裏方で在庫管理の者との話を終えたコルコに目を向けた。すると彼は額にかいていた汗を拭った後に歩み寄る。



「ウルズ領とも交渉も進めたいところだが……しばらくは民の衣食住確保に注力する他ないか」

「はい、今はそれでよろしいかと。どちらにせよ、そろそろあちらから様子見の使者は送られてくる頃合いでしょう。キルサが占拠したかどうか気が気ではないでしょうから」

「わかった。ではこの任は引き続きコルコに一任する。祝福のために顔だけは出させてもらうが」

「……畏まりました」



 今まで一切聞き入れてくれなかった政策に変な口もを出さず素直に実行してくれた彩葉に、コルコは恭しく金色の頭を下げた。



(チュートリアルキャラだし絶対裏切らないだろって自信はあるんだけど、ここだとどうなんだろうな。コルコの思い入れがある聖地割譲とかしたら流石に裏切りそうなもんだけど)



 金髪糸目の涼しげな顔の美男なんて裏切りそうなキャラ上位に入るだろうが、コルコは『ガーランド』において序盤の動きをプレイヤーに提示してくれるチュートリアルキャラである。そのためどれだけ信頼度が落ちようが離反はしないし、裏切りもゲームオーバーの時くらいだ。


 そんな彼は一応戦場に出すことも出来るが、主に内政で能力を発揮するのでみすみす戦で死なせるのは勿体ない。バールベント一族として生まれ幼少から高度な教育を受けてきたコルコは、多方面に渡る学識を持ち顔も広い。


 彼の言う通りに従っていれば変な失敗は起きないし、仮に奇策を投げたとしても上手いこと現場と意見を取り交わして実現してくれるだろう。なので彩葉は民の衣食住確保についてはコルコに任せっきりにしていた。


 というより『ガーランド』と同じように聖典でタップすれば数ターンで農地や兵站施設が出来上がるわけではないので、ほぼネームドキャラしか知らない彩葉は任せるしかない。


 ただコルコは今までの仕打ちに対して何か仕返しをすることなく、今日もライ麦の配送業者から料理人などと意見を交わし合いながら大掛かりな炊き出しを急ピッチで進めてくれていた。



(チュートリアルのコルコ、ありがたーい。その分カシスの信頼は当分戻らなそうだけど、自衛できるだけマシか。聖剣様様だな)



 そんなコルコと比較すると将軍のカシスは、その落ちた信頼度に比例して王への反乱度が上がっていくポピュラーな軍事系キャラだ。


 今回も彩葉の要請した炊き出しに関して手伝いを申し出ることはなく、何やら王城で暗躍しているようだった。聖典で位置情報を見る限りではイロハ王の母である女王と密会を重ねていた。



(カシスの動きはテンプレ通りって感じだけど、女王が少し気掛かりだな。内政でそこそこ使えるサブキャラで、外見も髪色だけ同じでその都度ランダムだったから情報がないし)



 それに女王と直接会うことになれば自分が息子でないことは早々にバレてしまうだろう。そもそも縛りゲーをしていた時のイロハからその疑念くらいは湧き上がっていただろうが、正直なところ女王の認識がどうなっているのか彩葉にはわからない。



(まぁ、カシスは戦で地道に信頼度上げていくしかない。キルサ攻略までには背中を預けられるようにならないと、反乱で死ぬからな……)



 こうした平時なら自動的に動いて自衛してくれる聖剣のおかげでカシスの襲撃はいなせるが、キルサとの戦中に寝返りされると流石に厳しい。しかし内政場面での会話で彼女の信頼度を上げるのは厳しいため、彩葉は頭を悩ませながらも黒パンと豆のスープの配給ついでの祝福を続けた。

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