タクシードライバー

連喜

第1話 初見

 みなさんはタクシーを利用するだろうか?

 俺は以前、毎日のようにタクシーを利用していた時期があった。理由は足を怪我をして、電車で会社に行くのが大変だったからだ。1か月くらい松葉杖を持って、タクシーで通勤していた。


 その中で、忘れられないドライバーがいた。ぱっと見が75歳くらい。きれいな白髪の老人だった。ぱっと見は品のいいおじいさん。優良ドライバーではないが、乗車する時も全く普通だった。以前はサラリーマンなどをやっていて、老後は年金をもらいながらタクシードライバーをやっているようなタイプに見えた。


「大変ですね。骨折ですか?」

 車が発進すると、ドライバーは話し始めた。

「ええ、ちょっと雨の日に足を滑らせて」

「私も骨折した時なんかは、病院行かないで治しましたよ」

「ええ!?大丈夫なんですか?」

「いえ。その頃はお金がなくて」

 そういえば、戦後すぐくらいの生まれのようだった。

「社会保険に入ってても、結構自己負担がありますからね」

 おじいさんは構わず話し続ける。

「昔は保険なんてなかったですからね。終戦すぐの頃ですよ。空襲で焼け出されて家もないし。親も死んでるし。浮浪児ですよ。私らなんて米兵に追いかけられて捕まると、足を踏んづけられてねぇ。やつらはわざと骨を折るんです。まるで、スズメの足でも折るみたいに、ぽきっとね。痛がるのを見て笑ってましたよ」

「それは、ひどいですねぇ・・・」

 俺は言葉を失った。そんな話を聞いたのはさすがに初めてだった。

「私は片足ですみましたけどね。両足折られた子どももいました。私はね、クソ~と思ってね。その米兵の顔を覚えていて、治ったら復讐してやろうと思ってました。

 それで、何か月か経ってそいつが1人で歩いていた時に、後をつけて。角を曲がって人通りがなくなった時に、後ろから心臓めがけて包丁でブスっと刺してやりましたよ。多分、即死でした。米兵なんか誰も助けないし、よくやったって感じでした。捕まったら拷問にあうと思って、それから、私は必死で逃げました。そうして、北九州市から、大阪、名古屋、それで今は東京まで来ましたよ」

「え?でも、捕まらなかったんですね」

「はい。戦後すぐですから、私なんてどこの誰かわからないですからね」


 俺はお爺さんの話をもっと聞いていたかったが、あっと言う間に会社についてしまった。彼にお礼を言って「次回も指名したいんですが・・・できますか?」と尋ねた。

「ええ。できますよ」

 お爺さんはそんなに嬉しそうでもなかった。ただ、淡々としていた気がする。それで、名刺なんかもくれないし、俺はタクシー会社の名刺を取って、それにおじいさんの名前をメモした。草江丈一郎(仮)さんという名前だった。

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