#23

 夕食を奢るというフウマの提案をきっぱりと断り、日の沈みかけた東京の街をスクーターで走る。


 ちょうどご飯時。

 仕事終わりのスーツ姿や作業服姿の労働者たちが繁華街へと吸い込まれていくのを横目に見て、せっかく東京に来たのだからおしゃれな店でディナーを食べたらいいかなとも思うけれど、ちっともそんな気分にはなれなかった。


 信号待ちのたびに覆現に映る飲食店の広告群を流し見していたら、いつの間にかホテルまであと少し。

 もういっそのこと食べずに寝てしまおうかなって考えていると、街路の脇、古びれたビルとビルの間に、「懐かしの新世代フート」と覆現で広告が打たれたいくつも自販機が並んだフードコートらしきスペースがあることに気付いた。


 スクーターを止めて中に入ってみると、敷地内に並んだ自販機のラインナップはドリンクだけではなく、ハンバーガーや寿司、ラーメン、様々な食品が並んでいた。


 といっても一〇〇年も大昔にあったような電子レンジで調理するようなタイプの自販機じゃない。

 3Dプリンターで食材を印刷して成形する、食材プリンター自販機だ。

 かつて3Dプリンターが新奇なものとして建築や人工臓器の分野で普及しだしたころ、その新奇さゆえに一時期ブームになったらしいけれど、肝心の味の方がイマイチだったらしい。

 今ではこうしてレトロ趣味のファン向けにほそぼそと生き残っているだけ。


 どうせ何食べたって気乗りしないならいっそのこと、ペーストを積層した新世代フードで腹を満たしたってかまわない。


 肩を並べる自販機を一通り見て、寿司とケーキに決めた。自販機の透明なアクリルの向こう側で、寿司下駄の上でシャリが造形されていく様を見物した後、微妙に造形が甘い食品サンプルのような寿司とケーキを持って椅子に座ろうとしたところで、先客がいることに今更気付いた。


「カエデじゃない」


 ベンチでラーメンをすすっていたから分からなかったけれど、カエデだった。


「お父さんには会えたの」


 尋ねるとカエデは首を横に振った。


「会えたんだけれど仕事が急に入ったらしくて、ちょっと話しただけ」


 彼女もあまり思わしくない一日を過ごしたようだった。


「そう」


「アイちゃんはどう。両親のこと知ってる人に会えた」


「ん。ふたりが入院していた病棟は見たけれど」


 歯切れ悪く話す私の様子を見て、彼女も察してくれたようだった。


「せっかくだし私のラーメンとシェアしようよ」


「味はどうなの」


「まあ食べてみてよ」


 カエデからラーメンを渡され一口すする。


「カップラーメンの方が美味しいわね」


 味はそこまで悪いとは思わないけれど麺が最悪だった。

 啜るだけでちぎれていく麺は噛んだとたんにぼろぼろに崩壊し歯にこびり付く。


 そもそも麺を印刷する意義も分からないし、これなら袋麺やカップラーメンの方が千倍美味しい。


「寿司もカマボコ食べてる気分になるわ」


 マグロを食べたカエデの評価もひどかった。

 ひとしきり新世代フードのひどさを笑った後、ケーキに手を伸ばすと案外悪くなかった。


「触感の問題なのかな」


 ひどければひどいで話が盛り上がるけれど、普通においしいと話す事がなくなってしまった。


 私とカエデ。ふたりでビルの狭間、日の沈んだ繁華街のはずれで、ぼそぼそとひたすらケーキを口に運ぶ。


 糖分を補給しながら、私は先ほどの提案を思い起こす。


 さっきはフウマが私の不幸を望んでいるように思えて腹が立ったけれど、今回の出来事について彼に責任があるわけじゃない。


 彼には彼の望みがあり、私には私の願いがある。それだけだ。


 私が考えるべきは、自分の願いをかなえるためにはどう行動するのがベストか、だ。


 フウマが私の出自を利用しようと目論むように、私も彼を利用して自分の出生の真実を追い求めることができる。

 問題は私の生まれに不都合な真実があったとして、それを知ることは私の望みなのだろうか、ということだ。


「もしもさ、」


 答えが思い浮かばず、私はカエデに助けを求める。


「ずっと知りたかった真実が自分にとって不都合なものだったら、カエデは知りたいって思う」


 何気なく問いかけたつもりの質問だったけれど、彼女は食べかけのワッフルを机に置いてしばし思案した。


「難しいよね。テストだって返ってくるまで間が空くと不安だけれど、かといって早く返してほしいかって聞かれればそうじゃないし」


 卑近なたとえ話に私は愛想笑いを返す。


「けれどやっぱり知るしかないんじゃないかな。隠していたってテストの点が変わるわけじゃないし。知るかどうかじゃなくて、知ってからどうするか、ちゃんと勉強するかが大事なんじゃないかな」


 残りのワッフルを大きな口に放り込んでカエデが席を立つ。


「それもそうね」


 私も立ち上がり、容器をダストボックスに放り込む。


 駐輪場にスクーターを止めてホテルに戻ると、疲れがどっと押し寄せてきた。


 カエデが先にシャワーを浴びて、私がバスルームから戻ってきた時には、彼女はもうベッドで薄手の毛布にくるまって眠りに落ちていた。


 電気を消し、私もベッドの中へと倒れこむ。


 何も考えず寝てしまいたいと思っていたのに、熱いシャワーを浴びて逆に目が覚めてしまった。


 ブランケットに包まり、再びフウマの提案にどう返答すべきか考える。


 彼の想定では出産数を増やしたい役人がふたりを偽りの親として義胎妊娠届を偽造したと考えているのだろうが、それはそれで不可解にも思える。


 子が自分の出自を知ろうとすればすぐさま両親が亡くなった時と自分の生まれに矛盾があると気付くだろう。

 死者を親にするよりは、彼も言っていたように、双子出産を勧めたり、困窮者に公的扶助を受けさせる代わりに親になることを強制したりする方が、よっぽど素直なやり口のように思える。


 もしかしたら真実はもっと単純なものなのかもしれない。


 たとえば、子どもを生みたいと思ったのは母親で、遺伝子上の父親として自らと同じように病に苦しんだ相手を望み、自分ひとりで子を生もうと決意したことへの不安から父と共に撮影したかのように見せかけたビデオを用意したのかもしれない。

 そして、死亡日と着床日の齟齬は書類決済に手間取っただけかもしれない。


 仮定の多い想像だけれども、自治体ぐるみで死者を親にするような不正がすぐばれるような杜撰さで行われているという陰謀論よりはありえそうな話だとも思う。


 カエデも言っていたように、真実を知るかどうかで迷っていたって仕方ない。

 どうせ私は自分の出自を知りたいという願いからは逃れられないのだし、フウマを頼ろうが頼らまいが真実が変質するわけでもない。


暗闇の中で覆現のビューを開いて、最も新しいアドレスを送り先に「あなたの提案に乗る」と短いメッセージを送った。

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