#11

「じゃあやっぱり活動家なんだ」


 覆現ダンスの相性が良かったらアッチの相性もいいって俗説は本当だった。

 彼の腕を枕にベッドに寝ころんでいると、これまで感じたことのなかったような満たされた気持ちになって今にも寝てしまいそう。


「そんな言い方をされるとテロとかしそうに聞こえて嫌だな。単なる学生団体さ、もみじの会は」


「どんな団体なの」


「ナチュラル・フェミニズムを掲げていて、って言っても分からないか」


「街頭でデモをするような団体なの」


「そういうこともするけれど、妊娠を望む女性への支援が基本さ」


「支援ってどんなの」


「妊婦同士のコミュニティの場の運営とか、信頼できる産婦人科クリニックを紹介したりとかかな」


「結構普通のことをやってるんだね」


 もっと過激なことをやってそうだと勝手に思っていた。

 何も知らない私の感想を聞いてもフウマは怒らず、「その普通なことができなくなりつつあるからな」と返した。


「義妊が普及したせいで普通の産婦人科クリニックは減少の一方だ。中にはスピリチュアルと結びついて、まともな医師もなしで危険なお産をリスクも伝えずに半ば強制でやってるようなところだってある」


「危険なお産で母子ともに亡くなったってニュース見たことあるわ」


 フウマはうなずく。


「そういう怖いニュースを見ると、何も知らない人々は『妊娠って危ないんだな』って思って、ますます義胎で子どもを生もうとしてしまうだろう。安心して子どもを産める環境があると、口だけじゃなく実際に示しさなければ、どんな主張しをしたって逆効果さ」


 彼の言葉は筋が通っていて、好感を覚えた。


「ナチュラル・フェミニズムってのはどんな考えなの」


 彼のことがもっと知りたくて、私は質問を重ねる。


「失われつつある自然な産み方の肯定さ」


「自然な産み方って、妊娠の事よね」


「そうだ」


「で、テクノ・フェミニズムは義胎妊娠を肯定する考え。同じフェミニズムなのに真逆なのね」


「フェミニズムは思想というよりかは女性への再分配を求める社会運動だからね。過去のフェミニズムだって、各世代、派閥ごとにその主張は驚くほど違う。一人一派というわけだ。けれども、こんなにも多種多様なのに、これまでのフェミニズムは母になることを全面的に肯定する理論を構築できなかった。それが女性への分け前の増大を目指す労働争議である以上、妊娠や出産は押し付けられた苦役、労多くして功少なし、でなければならなかった」


 滔々と語る彼の横顔は、なんとなしにかっこよく思えた。


「けれども義胎の登場によって事態は一八〇度転換した。もはや人口再生産は女性の専売特許ではなくなり、男女の根本的な差異はテクノロジーによって解消可能になった。かつてリベラル・フェミニズムが法的手段によって男女平等を目指したように、テクノ・フェミニズムはテクノロジーによって男女平等を実現しようとしている。が、同時に人口再生産が女性のみに与えられた能力でなくなったことは人口再生産を女性に押し付けられた義務ではなく権利として見なし、女性が自分の身体でもって子を成すことをかけがえのない価値として尊ぶ思想も産むことになった」


「それがナチュラル・フェミニズムってことね」


 フウマはしたり顔でうなずき、


「よかったらノゾミも来てみるかい、もみじの会。月に一度、新規向けのセミナーしているからさ」

 と、案内のアドレスが送られてきた。


「ん、気が向いたらね」


 一瞬受け取りをためらうけれど、もう一緒のベッドに入っているのに今更躊躇するのもなんだかバカバカしい。


 そこで会話が途切れ、幸福感に包まれたままうとうとしていると、彼が上半身を起こした。


「どうしたの」


「ん、寝たかと思って。シャワー浴びようかと」


 きまり悪そうに答えるフウマ。

 致した後にシャワーに行かれるのは、私の匂いを残したくないのかと感じてしまい、なんだか気が食わなかった。


「逃がさないわよ」


 彼と少しでも長くくっ付いていたくて、私は彼に抱き着きながらそんな駄々こねてしまう。


「フウマはどうしてもみじの会を立ち上げたの」


 なんとなく疑問に思っていたことを尋ねると、彼の視線が私に向く。


「反抗期だなんて言ったら笑うかい」


 じゃれつく私の頭を撫で、どこか不安げな笑みを浮かべ、そう言った。


「反抗期って」


 彼の骨ばった手のひらで髪がくしゃくしゃになってしまい、私は子犬のように頭を振る。


「今、義妊の保険適応と出産育児一時金の廃止が議論されているのは知っているかい」


「ん、いや。パレンス・パトリエ制度は知ってるけれど」


 知らないと言うのをなんとなくためらってしまったけれど、観念して白状する。

 私の躊躇を見取ったのか「先生じゃないんだから怒ったりはしないよ」と彼に再び頭を撫でられる。


「俺の両親は親父が医者で母親が官僚でね。義妊が保険診療になったら都合のいい職業ナンバー1とナンバー2なわけだ」


「そうなの」


「そりゃそうさ。妊娠で助産行為が行えるのは医師もしくは助産師だけれど、義妊ではその管理が行えるのは医師のみ。独占だ」


「じゃあ官僚は」


「優生保護法が残っていた時代は昔、今では国家が妊娠の是非についてとやかくするのはほぼ不可能だ。けれど義妊は違う。病院は義妊を希望する人間が適切な養育環境を整えることができるか審査する義務があり、国はパレンス・パトリエ制度や義胎の保険適応のような手段でだれが子を産むに相応しいか序列をつけることができる。レーベンスボルンの再来だ」


 吉野イズミで調べてみな、と言われタブレットビューに検索させる。


 一番上に表示された記事は、パレンス・パトリエ制度の正式施行を伝える記事。

 その記事の中で、吉野イズミはこれまで長年女性の健康運動のため義胎妊娠推進に取り組んできた第一人者として紹介されていて、これまでの努力が実り感慨もひとしおだが、これからもさらに義体妊娠を一般のものとしていきたいとコメントしていた。


「パレンス・パトリエ制度の正式施行を砕氷船に今度は彼らは義妊を保険適応し費用の負担額を軽減する一方で、出産に掛かる費用を増そうとしている。自分たちが好きに宛行できる領域を増やすためだけに、聞こえだけいい手前勝手な理屈で、人々の産まれ方にケチをつけようとしている。俺はそれが我慢ならないんだ」


 その物言いはまるで演説みたいだった。

 語気の荒いアジテーション。

 敵はあいつだと告発する扇動。


「ちょっと個人的なことを話し過ぎたな」


 私の頭を三度くしゃくしゃにして、彼は部屋を出ていった。

 扉が閉まり、しばらくの静寂の後、くぐもったシャワーの音が漏れ聞こえる。

 彼が寝転がっていた方へとごろんと転がり、熱の残り火を肌で感じながら、彼の言葉を反芻する。


「本音じゃないかもね」


 女の勘って奴だろうか。なぜそう感じたかは分からないけれど。


「もみじの会、行ってみようかしら」


 夢の世界に落ちながら、そうつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る