#14

 アサや支部長たちの反応で協力者が得られないんじゃないかと心配していたけれども杞憂だった。


 コミュニティでフウマが協力者を募ると、若いメンバーを中心に全国から二〇〇人近いメンバーが協力の意志を見せてくれた。

東京周辺だけに絞っても一〇〇人近く。


最近になってフウマを知ったメンバーにとって、彼の方針転換は変節ではなく柔軟な戦術変更だと受け入れやすかったのだろう。


 これだけの人手が使えれば、不確かな情報でもしらみつぶしに当たることができた。

 ウェブに書き残された真偽不明の愚痴やもみじの会が運営する妊婦コミュニティでの噂話、そんな玉石入り混じった情報の中から、信頼度の高そうなものをピックアップし、義妊希望者としてクリニックに赴き真偽を確認する。


「もちろん協力は喜んでするけれどね。彼氏が来てくれないのはちょっと凹むよ」


 クリニックの待合でひとり順番待ちをしながら、覆現越しにちょっとした嫌味を吐く。


「すまない」


「まあ仕方ないけれどさ」


 ほとんどのクリニックはひとりでも義妊の相談を受けることができたけれど、カップルで行った方が自然だし向こうと揉めた時にも安心だから、義妊クリニックへの潜入調査は二人一組でやることになっていた。


 けれどもフウマはあまりに顔が売れていた。

 義妊反対運動の第一人者が希望者として訪れても馬鹿正直に相談に乗ってくれるクリニックはそうそうないだろう。


 どうせ実際に義妊で生むわけじゃないのだから他の人と組んでもいいだろうとフウマに無遠慮に言われたことでちょっとした口論になって、結局私はひとりで面談に臨むことになった。

 もしなにか問題があればフウマが仲間を引き連れ駆け付ける算段だ。


「受付番号一二の方、三番のお部屋へお入りください」


 案内ロボットが、私の番号を呼ぶ。


「呼ばれたわ。通話切るわね」


「分かった。期待している」


 通話を切り、ロボットの道案内に従って面談室に入る。

 薄緑のやさしい内装で統一された部屋の中に、白衣の男が座っていた。


「はじめまして。本日面談を担当させていただく河合と申します」


 白衣の胸ポケットにぶら下がる社員証を盗み見ると、肩書は義胎妊娠アドバイザーとあった。

 聞きなれない名称だ。このクリニック独自の名称だろう。

 わざわざそんな肩書を引っ付けているということは、つまり正規の資格は持ってないということ。


「面談を始める前にご注意いただきたいのですが、こちらのクリニックではお客様の覆現での録画、録音、撮影は基本的に断らせていただいております」


「あら、そうなんですね」


 今初めて聞いた風な反応を返しながら、噂通りだと内心思う。


 このクリニックはもみじの会の妊婦コミュニティでも大きな噂になっていた。

 その多くは、スタッフの態度の悪さだとか、義胎が設置されている部屋への立ち入りが規制されていて、生まれてくる子どもとのコミュニケーションが制限されているとか、生まれた後のケアが不十分だとか、まあ評判の良くないクリニックにありがちな文句だったのだけれど、妊婦たちが話す苦情の中にひとつ気になるものがあった。


「ご了承願えますかね」


「ええ。別に構いませんよ」


 私は掛けていた眼鏡を外し、薄緑色の机の上に置く。


「おや、眼鏡タイプのを使われているんですね。最近ではみなさん角膜埋め込み型かそうでなくてもコンタクトタイプばかりなので」


「ええ。目薬もさせないくらいなんで、目に異物を入れるなんて考えるとゾッとします」


 もちろんこれは嘘だ。眼鏡はフウマからの借り物。

 アシンメトリーな髪型で隠した片目にだけコンタクトデバイスを入れて録画をさせている。


 単純な作戦だったけれども、眼鏡を外す演技が効果的だったのか、それ以上の確認はされなかった。


「なるほど学生妊娠を考えられていると、そういうわけですね。いや、若いのに先々を見据えられていて関心です」


 男は事前に記入したアンケートを見ながら、薄っぺらいおべっかを使う。


「ええ。働き出してからじゃ子どもと遊びにくいですから。早く子ども作っておきたいなって」


 事前に造りこんだ設定をペラペラとレコーダーのように暗唱していると、元カレも同じようなことを言っていたなと思い出してしまった。


 去年のクリスマスには彼がまるで異星人のように思えて嫌悪感さえ覚えたのに、こうして自分の足で義妊クリニックに訪れてみると予想外に私の心は穏やかなままで、あの時感じた気持ち悪さに自信がなくなってしまう。


 子どもなんて義胎で作ればいいと簡単に言い切る元カレの無神経さに私は憤りを覚えたのだけれども、単に私が古い観念に囚われていただけかもしれない、なんて疑問がふっと脳裏をよぎる。


 かつて精神疾患がスティグマとして当の本人でさえ隠したい恥として扱われていたように、不妊もスティグマとして扱われていた。


 石女。


 子が産めない妻は離婚されても仕方ないと律令にさえ記されていた。


 義胎を産めない女性が頼る補助輪と嘲る偏見が私の中にあって、だからこそ元カレの言葉の裏に勝手に悪意を感じ取ってしまったのかもしれない。


 あの人の意見を素直に丸呑みしてさえいれば、こうやって義胎妊娠クリニックでなんとなく世間一般的にただしそうなことに従ってさえいたら、今私は幸せだったのかもしれない。


「ところでノゾミさんは双子を生んでみたいって思ってたりしますか」


「え、」


 そんなほんのりとしたさみしさに思いを馳せていたせいで、男が意味深げに呟いたセリフにも何も考えず相槌を打ちかけ、慌てて思考を今現在に戻してくる。


「たしかに双子っていいですよね。なんか特別って感じがして」


口角が若干上がり、気持ち悪い笑みを浮かべる事務の言葉に同意を示す。


「ええ。そうでしょう」


「でも子どもが双子になるかどうかなんて、神様が決めることなんじゃないんですか」


「それがですね」


 事務の男が席から腰を浮かし、笑みの張り付いた顔をこちらに近づける。


「このクリニックではできるんですよ」


 ここだけの話ですよ、とでも言いたげなもったいぶった言い方。


 ビンゴだ。


「双子の産み分けができるんですか」


 興奮で表情が変わらないよう努めながら、男の話を先に促す。


「義胎発明以前の不妊治療が行われていた時代から、不妊治療を経て授かった子は双子が生まれてくることが多かったんです」


「なぜですか」


「体外受精、つまり人の手によって卵子に精子を受精させる場合、どうしても受精卵に微細な刺激が加わり、その結果として卵割が起きがちなんです。昔は止む無く生じる事象、つまり副作用でしたが、今では刺激の当て方で受精後何日に卵割が起きるか制御できるようになっているんです」


 海外ではすでに普及しつつあるんですよと男が説明を付け加える。


「でもそれって正式な制度なんですか。自分が読んだパンフレットにはそんなこと書いてなかったんですけど」


 その疑問に男が「一般的なサービスではないんですがね」と、ぎこちなくまったく決まっていないウィンクをする。


「あの、追加の費用とかは」


「一切かかりません」


「どういう仕組みなんですか」


「国から補助金は出生数にかかりますからね。義胎のランニングコストを考えるとむしろ差額が出るくらいなんですよ」


「そうなんですか」


「それに双子で生んであげた方が、お子さんも喜ばれると思いますよ。ひとりっ子はさみしいですからね。同じ日に生まれた仲間がいれば、人生を送る上での助けになりますよ」


 彼のその物言いがひどく鼻について、私は思わず顔をしかめる。


「そういう考えもあるかもしれませんね」


 当たり障りない回答に努めていると、手のひらに細いものでなぞられたような感覚があり、その後短く叩かれる感覚が一〇回続いた。


 覆現越しに会話を聞いているフウマからの符牒、あと一〇分後にこちらに到着するらしい。


 フウマの指示通りに、義妊で産むことに心配があるとか、産まれた後パトリエにあずけるのに抵抗感があると、よくありそうな心配事で話を長引かせる。


「どうですか。よろしければ本日、契約という形でも」


「え。どうしようかな」


 ノルマでもあるのか、押しの強い男の言葉に流されるふりをして、今どき珍しい紙の契約書にゆっくりとサインをする。


「あの、義妊希望者は、義胎の見学、胎育室を見せてもらえると聞いたのですが」


「はあ。申し訳ないのですが、こちらのクリニックではそのようなサービスは」


 男の発言は突然背後で開いた扉の音で遮られた。


「医療法には義胎で育まれる子とその両親の交流のため配慮を行う必要があると規定がある。サービスがないってのはおかしいな」


 男の視線が突然会話に入ってきた第三者に飛ぶ。


「誰ですか、突然」


「私の彼氏です」


 記入済みの契約書を示しつつ、フウマが覆現で自分のプロフィールを共有し身元を明かす。


「外には弁護士も来てもらってる。じっくり話し合いたければ入ってきてもらってもいい」


 プロフィールに書いてあるであろうもみじの会団体代表の表記を見た男の顔が引きつる。


「ここのクリニックの義胎がどんな環境にあるか、見せてもらえますか」


「先に院長に連絡を」


「すぐに面談の内容を公表してもいいんだぞ」


 圧力をかけられた男は黙ってうなずくしかなかった。


「こちらです」


 クリニックの面談室から裏の義胎安置室へと入ると、そこまで大きくない一室には十を超える義胎の黒い筐体が所狭しと並べられていた。


「災害時に義胎の運搬ができるよう、義胎はある程度の間隔をあけて設置する必要があるはずよね」


「それどころか筐体が床に取り付けられてもない。地震が起きたら惨事だ」


 素人目で見ても、状況は酷いものだった。


「まったく。これはひどいな」


 彼のその言葉とは裏腹に、フウマの表情は欲しかったプレゼントを買ってもらえた子どものような、隠しきれない高揚感が顔に現れていた。

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