No.S ーナンバーズー

藤あじさい

#1



 ――……付近にある高層マンションの一室で、男性の遺体が発見されました。この部屋の住人である可能性が高いと見られており、現在身元の確認が急がれております。部屋は玄関、窓共に施錠された完全密室状態で、自殺の可能性も含めて調査を……


 ――昨日未明に起きた通り魔事件ですが、未だに犯人像すら捉えられないままのようです。警察からのコメントも調査中とだけ発表されており、現場では不安に思う声が次々と……


 ――聞いた? ホラ、あの繁華街で起きた事件。どこかの暴力団が関わっているらしいから大々的には報道されてないけどさ、たった一人の侵入者で闇金事務所がひとつ壊滅させられたとか……あまりにも悲惨な犯行で、現場には血の海だったとか……


 ――……で、最近首都に出てきたけど、治安悪すぎてやばいね。人死なんてすぐ隣の部屋でいつ起きても仕方ないっつーか、実際知り合い何人か消えたっぽくて……




 どの程度の住民が知っているのだろうか、この首都東京に潜む「魔物」のことを。

 この街は既に無法地帯も同然、闇夜に紛れて物騒な集団が、公然と活動しているなんてことを。


「き、貴様一体何者だ……!」


 少なくとも、無様な声を上げたこの男は知らなかったようだ。首都・東京。この大都会の闇は、最早人々の生活を侵食している。

 散々逃げ回った挙げ句に男が飛び込んだのは、繁華街の裏手に聳える廃ビル。後ろから迫る足音に、怯えるようにして上へ上へと追い詰められた。

 遂に袋小路に行き着き逃げ場を無くした男は、迫りくる闇を睨みつける。息も絶え絶え、脂汗の止まらないまま縋るように拳銃を握りしめる。

 時刻は深夜を少し回った頃だろう。

 電気の通ってないこのビルの内部を照らすのは、とうにガラスの砕け散った窓から差し込む月光だけだった。その光の中、ひっそりとした足音がこちらへやってくる。男は目を見開いて、ぶるぶる震える腕で銃口を向ける。


「来るな来るな、来るなァ!」 


 悲鳴じみた怒声も、足音を止めることができない。暗がりから現れた姿に、男は目を見開いて嗚咽を漏らす。このとき、ようやく男は思い出した。闇社会で噂の、とある集団について。


 その者たちが依頼を受ければ、たちまちターゲットの命は散るのだと言われている。

 その者たちは自身の為にではなく、金の為に仕事としてそれを請け負う。

 その者たちは集団となることで、無秩序の中で秩序を保っている。

 そして彼らは、畏怖の念を持ってこう呼ばれる。


「し、死神……!」

「いいや、俺は死神ではない」


 闇が、口を開いた。


「殺し屋だ」


 直後、追いつめられた男が引き金を引く。響いた銃声。飛び散る鮮血。

 しかし翌日発見されたのは発砲した方の男で、拳銃を握り締めたまま、死に顔は恐怖に歪んでいたのだという。



◇◇◇



 都内某駅。

 一番線のホームに、勢いよく車両が滑り込んでくる。よく晴れた平日の昼下がりという、気の抜けた炭酸のような空気の漂う時間帯。この街は相変わらず人でごった返していた。

 仕事中のサラリーマン、急ぎ足で通り過ぎる学生、待ち合わせをする女性のグループに、手を組んで歩くカップルまで。それぞれが、それぞれ、他人には目をくれることもなく己の狭い視界のみを見据えて通り過ぎていく。


 車両のニ両目から、ホームへ降り立つ。きょろきょろと周囲を見回す騒がしい観光客を横目に、迷わず三番出口へ向かう。

 人の波に流されるようにして進む。雑踏の中、よく耳に入るのは近頃の「物騒なニュース」だった。けれども、口々に噂をまき散らす彼らの口調に、悲壮感は全くない。ただ場を盛り上げるために引き合いに出される、スナック感覚の話題。応じる方も「こわーい」なんて、思っても無さそうな調子で茶化す。四方から感じるその退化した危機感に、ついこの国の行く末を案じるーーなんて殊勝なことはしない。

 駅から出て、迷わずに進んでいく。五本目の信号を左。劣化していく危機感は、こちらとしては仕事がしやすくて結構だ。悪くない。横行する凶悪犯罪も、次の仕事に繋がる可能性が高いのでオールオッケー。殺し屋なんていう仕事を生業としている俺こそが、危機感の欠如した都会人そのものかもしれない。


 腕時計を見る。長い針は六をほんの少し過ぎていた。指定された時間までは余裕がある。

 七階立ての古びた雑居ビル。テナントの一覧を下から順々に辿っていく。すぐに目的の店は見つかった。道路に面する寂れた不動産屋の真上にある「cafe break TIME」。個人のオーナーが細々と経営している喫茶店だった。

 入り口の扉には「Open」の札が下がっており、営業中であることは確かだが、お世辞にも流行っているようには見えない。それでも、迷わずに扉を開ける。


 ――リィン。

 ドアベルが小さく鳴った。すぐに、店主と思しき壮年の男性がこちらへやってきた。


「いらっしゃいませ」


 軽く会釈をし、視線だけで店内を見渡した。そこそこの広さだが、客は多めに見積もっても八人といったところだろうか。静かな店内には、小さくジャズミュージックが流れている。珈琲豆の香りがふわりと鼻孔を刺激する。

 喫茶店という名であるが、夜の九時を過ぎたあたりからバーでの営業に切り替わるらしい。カウンターの奥にはなるほど、いくつも酒瓶が並んでいる。昼から夜になると、珈琲がカクテルに、店主はバーテンダーになるということだ。昼は近所の常連たちが微睡み、夜は裏社会の重鎮が利用する、都内でも十本の指に入る名店とのこと。それは店主の手腕によるものらしいが、目の前のにこやかな男からはその様子は感じられない。


「お客様、お席ですが……」

「すまないが、そちらに座っていいだろうか」


 俺は店の端、トイレ近くの一人席を指さした。十一番テーブル。店主は一瞬動きを止め、しかしすぐに微笑んで案内をした。

 さて、これでようやくスタート地点だ。

 席に座るなり、テーブルの端に置かれた紙ナプキンを手にする。ポケットから取り出したボールペンで、「10」と記入した。店主を呼ぶ。


「ナイフとフォークを下げてくれ」


 彼はにこやかに頷いて、カトラリーのセットと、それから紙ナプキンを持ち去った。

 声が掛かったのは、そこから十二分後だった。


「お客様、こちらへどうぞ」


 店主に促されて席を立つ。トイレの横にある従業員用の通用口へ通され、エレベーターに乗る。七階の降りた先で再び扉を潜る。その中には、上へと続く階段があった。


「七階が最上階じゃなかったのか」


 俺の呟きに、店主はクスリと笑った。


「この上は、特別な方しか上がれないようになっております。主人は高いところがお好きなので」


 最初の印象から少しイメージが変わる。にこやかにしつつも、その表情はいかにも切れ者だ。なるほど、これがやり手の店主か。

 促されるままに登ること、きっちり十三段。現れたのは古びた雑居ビルには似つかわしくない、豪奢な扉だった。


「テンス様、どうぞ中へ」


 開けられた扉の中へ、踏み込む。足がふかふかと質の良い絨毯に沈む。ワンフロアをぶち抜いて設えられたらしいその部屋は、西洋式のいかにも高価な内装で統一されていた。

 中央に、大きな円卓がひとつ。用意された席は七つ。埋まった六つの席にはそれぞれ、年齢も性別も一致しない六人が既に座っていた。全員が俺に、値踏みするような視線を向けている。こちらもぐるりと彼らを見渡した後、たったひとつの空いた席へと腰を落ち着ける。

 背後で扉が閉まる。同時に、男の声が響いた。


「はじめまして、テンス。ようこそ、幹部会へ」


 さて、ここで自己紹介をしよう。

 俺は、三船慎太郎みふねしんたろう。与えられた番号は10テンス。出身、東京。職業、殺し屋。


 そして今日、俺は東京で現在最も危険な殺し屋集団「Numbers」幹部へと昇進を果たしたのだ。






【No.S ―ナンバーズ― 】





 円卓を取り囲むように、既に六人が座っていた。

 どれも俺とは初対面であり、一度も見たことのない者たちばかりだった。しかも性別や年齢、それから纏う雰囲気、すべてがバラバラである。

 共通点は皆がプロの殺し屋であるということ。それだけだった。

 初対面だったが、彼らがどういう者たちであるのかは噂でよく知っている。俺は自分の調べた情報と、目の前の者たちとを一致させることに専念する。


「さて――」


 はじめに声を上げたのは、俺が入ってきた扉からみて真正面、一番奥の席に座っていた男だ。ナンバーズの会議が円卓で行われるのは、幹部内での序列を作らないためらしい。しかし最奥は位置的に一番の上座。そこへ陣取り、仕切るように声を上げた男に反発するような者はいない。


「時間が来たようだ。今回の参加者はこの七名でいいのかね?」


 言いつつ、ぐるりと視線を巡らせる動作は実に堂々としている。きれいな金に染めた髪は、オールバックに後ろに流している。ツーピースのスーツはアルマーニ。左手首にはロレックスの腕時計。親指、人差し指中指にはゴテゴテとした黄金の豪奢な指輪がハマっている。年齢は三十代後半ほどだろう。清潔感のある見た目であるが、眼を惹く振る舞いは海外マフィアのボスといった雰囲気だ。――恐らく、俺のこの感覚は正しい。

 彼こそがナンバーズを取り仕切る男「キング」であることは十中八九確実である。


「ええ、他の者からは欠席の届けがでていますわ。一人だけ連絡のない者もいますが」


 キングの横に座る女が手帳を確認するようにして言った。


「ふむ、そうか。死んだかな?」


 あっさりとそう言った彼は、気を取り直すように背筋を伸ばした。それから彼はパン、と手を打ち鳴らすと、大きな動作で両腕を左右に広げる。


「諸君。それではナンバーズの幹部会を始めようか! 皆、よく働いてくれている。活躍の様子は逐一、報告を受けているぞ」


 浪々と語る彼に、残る六人はじっと聞いているがその態度は様々だった。

 殺し屋集団として名高いナンバーズではあるが、基本的にはマフィアなどとは異なり、独立したプロの殺し屋の集まりだ。集団となることで個の弱みを解消し、依頼の達成率を上げる為の集まりにすぎないので、結束力はあまりない。それは幹部たちも同様らしく、事実上のトップであるキングを特別敬っている様子はなさそうだ。キングの方も気にした風なく、言葉を続けている。

 俺は話を聞きながら、予め調べておいた情報を脳内で引っ張りだす。


 キング――彼の名は黄金崎こがねざき獅子尾ししお。先ほど言ったようにナンバーズを取り仕切る人物であり、創設者でもある。この組織は彼が金を出し、都内で名高い殺し屋たちに声をかけて集めたのが始まりといわれている。彼の表の顔は銀行員だが、法外な請求をする高利貸しとしての別の顔も持っているのだとか。

 と、彼の視線がこちらに突然向けられた。


「今日、新たに幹部にあがった彼を紹介しよう。テンス」

「ああ、はい」


 促されて俺は声を返す。


「今回幹部にあがったテンスだ。得意なのは接近戦。……よろしく」


 簡易な挨拶をすませる。値踏みするような視線が方々から向けられていた。


「うふふ、歓迎するわ。前のテンスはあんまりいい男じゃなかったから、貴方みたいな若くて格好いい子は歓迎しちゃう。よろしくね」


 ふんだんに色を含ませて声をかけてきたのは、黄金崎の隣に座る女。はっきりした目鼻立ちの美女だ。ゆるく巻いた茶髪を指先でいじりながら、彼女は真っ赤なルージュを惹いた唇に弧を描く。白い肌には黒色の薄いイブニングドレスを身に纏い、豊満な胸元と背中を露出している。一見すると殺し屋には見えないが――。


(この見た目で彼女は標的を惑わす、か)


 クイーン、蛇目じゃのめ惑香まどか。女ながらもナンバーズにおいてQの字を与えられている。その手腕に間違いはない。銀座でいくつもの店を経営している彼女は、組織一の情報通といえる。あらゆる人脈を駆使する彼女であれば、秘密裏に人を消すことなど容易だろう。

 そんなクイーンに、キングを挟んだ反対側から苦言が飛んだ。


「新人を誑かそうとするのは、やめたらどうだ。貴様、また自分に都合の良い駒を増やそうとしているだろ」


 容姿の整った男だった。まだ若い。けれども、切れ長の目から覗く眼光は鋭い。キングが黄金のように豪奢で派手な男なのに対して、この男は研ぎ澄まされた刃のようだ。


「あら、いやだわぁ。そんなことしないわよぉ。自らわたくしの僕に下りたいというのなら別だけれどね?」

「ハッ。過去、何人もの新人の男が姿を消していったことをわたしは知っているが?」


 クイーンと辛辣な応酬を交わしたあとで、その眼光は俺へと向けられた。


「新人。足を引っ張るんじゃないぞ」


 この男は、名を聞くまでもなく知っていた。あまりに裏社会で有名なのだ。エース、狗多山くだやま夜斗ないと。多くの殺し屋を擁しているナンバーズの中でも、殺しの数ではトップの成績を誇る。十代の頃は走り屋のリーダーをしていた彼は、その後カラーギャングの頭としても名を知らしめた。ナンバーズにスカウトされたのは、当然といえる。


「無視とは、度胸があるな」


 返す言葉に迷っているうちに、あちらはそう判断したらしい。タイミングを見失っただけだが、今更言い訳をいうのもどうだろうか。そうしているうちに、今度は向かって右手側から声が挙がった。


「おい、君たち。見苦しい言い争いは良しなさい。ボクたちの素行まで疑われてしまう。そう思わないかい、フィフスくん」

「え、ええ……そうですね、ジャック」


 そちらに居たのはモーニングスーツの少年と、よれた背広の中年男である。どちらも正装という部類でありながらも、印象は激しく異なる。

 ジャックと呼ばれた少年の方はかなり年若く見えた。しかも美少年だ。被ったシルクハットが様になっている。外国の血が入っているのか、金髪碧眼は、獅子尾のものとは違い自前だろう。

 一方、少年に話しかけられている中年、フィフスはどこにでもいるサラリーマン風である。さえない風貌で、他のメンバーと比べるとかなり頼りなさげである。だがこれでナンバーズの幹部だというだから、恐ろしい。


「ねえー、あたし帰ってもいい?」


 一層場違いな声が挙がる。今度は向かって左から。目を向けると、制服姿の女子がいた。

 ブレザーにミニスカート、第二ボタンまで開けられたシャツに、花柄のリボン。毛先に向かって茶色からピンクのグラデーションに染めた髪を、これまた花柄のシュシュで右上へひとつに結い上げている。ばっちり化粧を施し、爪のネイルまできっちり整え、極めつけにはルーズソックス。絵に描いたような、女子高生ギャルだ。頬を膨らませた彼女は退屈そうに頬杖をついている。名前は知らないが、ギャルの殺し屋とはこれまた恐ろしい。


「それは困るな、セカンド。俺様は、君に重大任務をお願いしようと思ったのだがね」


 大げさな、もったいぶった口調でキングが告げると、マスカラで盛っているのだろう大きな睫を彼女は瞬かせた。


「はぁ?キングがあたしにお願いなんて、めちゃ珍しーね」

「ああ。君にしか頼めないことだ」


 セカンドと呼ばれた彼女に、キングは満足げに頷く。


「だがその前に、定期連絡を済ませよう。なに、そんなに時間はかからないさ。お前たちを長時間、この円卓に留めておくのは難しいからね」


 大袈裟な動作で円卓を見回し、それから彼は両肘を付いて両手を組む。そして厳かに切り出した。


「前回も話が出た例の件だが、幹部の関与を全面的に禁止する」


 ざわり、とその場の空気が動いた。すぐに反応したのは、美少年ジャックである。


「どういう意味かな。それ、危険な敵を放置するってことかい」

「奴のことは得体が知れない。どこの組織に属しているとも、どんな能力を宿しているとも。そして敵かどうかもわからない。一般人に被害は出ているが、我々ナンバーズへの不利益は今のところはない」

「不利益……か。縄張りを荒らされてる時点でどうかと思うのだが」


 キングの返答に、ジャックは渋顔だ。エースがドンと右の拳で卓を叩き、ギロリとジャックを睨みつけた。


「貴様、キングの決定を疑うと?」

「そうは言っていないだろ。疑問に思っただけだ」

「貴様ごときがキングの決定を疑うことが、既に反意だろう」

「あたしはジャックちゃんの方に一票かなぁ。エースの忠犬具合の方が引く」


 笑いながら口を挟んだのはセカンドだ。エースは、セカンドに視線を移して噛み付くように言う。


「ハ? 誰が犬だって?」

「あんたしかいないじゃん。幹部会の度に、わんわんわんわんウルセーんだよ」

「口を慎め小娘が。てめぇもジャックと同じく所詮外様、信用できねぇんだよ」

「信用なんている? 実力があればいいでしょ」


 バチバチと、見えない火花が両者の間で飛び散った。まさに一触即発。今にも武器を取り出しかねない空気を、宥めるように咳払いしたのはキングだった。


「二人共、落ち着きたまえ。ジャック、なにも放置するつもりはないよ。俺の方で情報収集はすすめている。だが情報が少なすぎるから、難しい状況なのだ。君たち幹部には、今はかかわらないようにしてほしい」


 二人は口を閉ざして、ふん、と互いに顔を背けた。おずおずと手を上げたのは、ジャックの隣に座るフィフス。


「こ、こちらの縄張りに入ってきたらどうしたら……?」

「ああ、その時は対応してくれて構わない。だがあくまで、縄張り内で事があった場合だ」


 一瞬、ほっと安心したような表情を浮かべる。しかしすぐに、落ち着きなく貧乏揺すりを再開した。街中によく居そうな会社員姿なせいか、殺し屋にはとても見えない。

 他に意見がないことを確認すると、キングは改めて宣言した。


「では、良いな。この決まりを破った者は、ナンバーズへの反意と見做す。くれぐれも気を付けてくれ」


 そこまで告げて、これで話は終わりだとばかりに、パン、とキングが手を叩いた。


「さてセカンド、待たせたな。先程の続きだ」

「ああ……頼みたいこと、だっけ?」

「そうだ。大事な役目だぞ」


 セカンドと俺とを交互に見やってニヤリと口角をあげる。


「新人くんの指導をしてやれ」

「はぁ?」

「テンスの面倒をしばらくみろ」


 その言葉の意味を理解したセカンドは、大きな音を立てて両手でテーブルを叩いて立ち上がった。


「えー!なんであたしが!?こんなお荷物と行動しなきゃならないの!」

「仕方ないでしょお? 貴女が一番手が空いてるのだからね」

「そりゃあ、オバサンは夜のいやらしいお仕事が急がしいから仕方ないんだろうけど~」

「なんですって、このガキ!」


 クイーンが声を荒げるが、セカンドは舌を出して挑発するばかりだ。


「俺様やクイーン、フィフスは社会的な立場も全うせなならない事情があるのはもちろんだが、殺しの予定も詰まっているんだ。だがセカンド、お前はしばらく手が空いていたじゃなかったか」

「空いてるっていうかー、獲物が罠に引っかかるの待ち?」

「ははっ、それは手が空いてるってことだね」


 ジャック少年が軽快に笑い声をたてる。

 セカンドは尚も得心いかない様子だったが、遺憾は俺の方にこそある。ナンバーズ幹部としては確かに新人だが、これでもプロの殺し屋としてのキャリアはそこそこあるのだ。セカンドと呼ばれる彼女の方が幹部としての歴は長いとはいえ、どうみても女子高生にしか見えない。人生経験は、こちらの方が上ではないだろうか。……俺が、彼女に学ぶことはあるのだろうか。

 だが結局、俺が口を開くよりも、彼女が諦めのため息を吐く方が早かった。


「仕方ない。あたしに付いてきな、新人クン」


 セカンドは、短いスカートをひらめかせて俺へと振り返る。そして、顎でくいっと指示を出した。


「早速、お仕事だよ」


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