二話

 穴の下は白いタイルで覆われた資料室のような一室だった。部屋の中に一定間隔でスチールラック(鉄製の棚)が配置されている。僕が五メートル上から落ちてきた時、なんと落下地点のすぐ近くのスチールラックが衝撃からなのか倒れてきて僕を瓦礫ごと下敷きにした。

 しかしすぐに抜け出せそうだ。だけど僕はあの男がまだ追ってきそうな嫌な予感がする、ここに身を隠しておこうか。瓦礫で身を隠せているのが好都合だ。


 するとその時、ドアが外れてただの廊下と部屋を繋ぐ穴となった場所から見た事の無い生物が入ってきた。

 人の身体をして二足歩行なのだが、脚はウサギや犬などのようにかかとが長くつま先立ちだ。さらに首が異様な発達をしていておよそ七十センチメートルあり、その先端に顔のようなものは両目と大きな口が確認出来る。その首を前方に垂らしてキリンのように振っている。肌に毛は生えておらず薄いピンク色の肌だった。

 入ってきたのは三体。おそらく音に吸い寄せられたのは容易に予想がつく。

 しかしそいつらは何故か上の穴や倒れたスチールラックに気付いていないようだ。音に吸い寄せられたというならこの部分を注目するはずだろう。


 そう思って観察していると、ボトリ、と上から脳を撃ち抜かれたゾンビの死体が落ちてきた。死体の死体というわけだけど。僕がいるスチールラックのすぐ上だ。

 するとどうだろうか、その死体に怪物が俊敏な動きで飛びかかって貪り食い始めたのだ。

 しばらくして骨まで食い尽くしただろう、満足したのか怪物たちはその場をうろつき始めた。おそらく僕もこのまま出ていったら同じ目に遭うことは容易に想像出来る。


 だけど……やっぱり違和感があるな。あの怪物たちは僕のすぐ上で死体を食べてたけど、なんで僕に気付かなかったんだろうか。ちょくちょく目が合ったはずなんだが……その時は心臓が止まるかと思った。

 ある程度予想はつく。だから実験をしてみた。簡単だ、石を投げるだけ。すると怪物はその石に駆け寄ったが、石を見てしばらくして興味を失ったようだ。多分だけどをしているんだ。だからこそあんな石に注目して僕には反応しなかったんだろう。

 だったらもう、こいつらが退散するまで待つしかないぞ……! いや違うな、あいつが―――


 ガシャリ、と細かい瓦礫が降ってきたと思ったら次はやはり例のあの男が降りてきた。重さでスチールラックの部分が凹む。怪物たちが男に気付くのと男が怪物に気付くタイミングは一緒だったが、しかし攻撃体勢に入るまでの早さは男の方がはるかに上だった。

 男が上からダンダンダン! と綺麗に三体に拳銃を放つが怪物たちはまだ死ななかった。怪物たちが雄叫びをあげて男を睨み、地を踏みつける。


「ちっ、使うしかねえか! めんどくせえ!」


 怪物たちが飛びかかると同時に男は銃を取り替えてすぐに二体を撃ち抜いた。仕留めなかった一体が男に腕を振るがそれを男は避け、そして手に持った銃をぶっぱなした。

 避けたことから男がバランスを崩してスチールラックから床に倒れ込むが上手く受け身をとった。そして重い銃声が収まると、一転して静寂が訪れたのだった。


「弾がもったいねえけどしゃあねえな。にしてもあのゾンビ、どこ行きやがったんだ?」


 まだ僕にこだわってるよあの人……。もうほんとになんでなんだ……?

 いやもしかして……まさか……フロアにいるゾンビを全部倒さないと気が済まないタイプなのか!?


「弾足りっかなこれ。上のもまだんだが……」


 そうっぽいじゃーん! どうしようこれ! この状況!

 嬉しいことに僕に気付かず男が部屋から出ていった。

 でもやる事はひとつだ。決まってるじゃないか。あいつからも、怪物からも、なんとしても逃げ延びて還してやる!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る