23湯目 琴葉先輩

 真夏のような、ゲリラ豪雨にさらされ、コンビニに緊急回避をした私と琴葉先輩。


 そこから、私が、知る由もなかった、琴葉先輩の話が展開されることになろうとは思いもしていなかった。


 腹に一物抱えていそうな、二面性があるように思う、琴葉先輩の内面が知りたいと思っていた、私には「渡りに船」だったが。


 その内容は、実に意外な物だった。

「まだ、乗り始めたばかりなのに、災難ね。だから、わたしは乗り気じゃなかったのに。全部まどかのせいね」

 恨みがましく、雨空を睨みつけながら、彼女が愚痴っていた。


「あはは。まあ、天気はしょうがないですよ」


「大田さんは、本格的な雨ツーリングは初めてでしょ」

「ええ、まあ。原付で多少当たったことはありますけど、こんなゲリラ豪雨はないですね」


「だったら……」

 そう呟いて、彼女は真剣にアドバイスをしてくれた。


 雨では、橋の継ぎ目、横断歩道が特に滑るから、気をつけること。

 急発進、急ブレーキは厳禁など。


 私は、不思議と、彼女は「私には優しい」と感じていた。


 まどか先輩や、フィオに怒ったのは見たことがあるが、私は何故か怒られたことがなかった。


 それが不可思議に思えて、それとなく聞いてみたくなっていた。


「琴葉先輩は、優しいですね」

 すると、心なしか、照れ臭そうに彼女は、口を開いた。


「わたしには、年の離れた幼い妹と弟がいてね。似てるのよ」

「似てる?」


「ええ。大田さん。あなたが妹にね」

 意外過ぎる一言に、私は自然と目を見開いて、彼女を見ていた。


「妹さん。おいくつですか?」

「9歳。小学3年生ね」


「私が子供っぽいってことですか?」

「違うわ。雰囲気がよ。何だか、『守ってあげたくなる』ところが」

 そんなことを言われたのは初めてだったので、私は戸惑いと共に、彼女のことをもう少し知りたくなっていた。

 無言のまま、続きを促すと。


「妹はね。学校でイジめられてたのよ」

 衝撃の事実をサラリと言ってのける琴葉先輩だが、それは興味深い内容だった。


「最近のイジメは、陰湿でね。ネットを使って、直接言わないくせに、SNSで簡単に仲間外れにするの」

「ああ。それ、何となくわかります」


「妹は気弱なところがあるから、反抗できずにションボリしてたのが、かわいそうでね。頭に来たわたしが、そのイジメた奴らに、SNSで思いっきり喧嘩を吹っ掛けてやったわ」

 脳裏に、ほったらかし温泉で、琴葉先輩が、投げかけていたあの壮絶な悪口が浮かんできた。


―ウザい―

―カス―

―クズ―


 そう。相手を呪い殺すかのような文字が、SNS上で踊っていた。あの時はまったく意図がわからなかったが、今ならその意図が結びつく。

 つまり、彼女は、「妹を守るために」あえて、悪役になったのだ。


(何だ。怖い人じゃなくて、家族思いなんだ)

 そう感じると、この眼鏡の冷静な先輩のことを、少し見直す気になっていた。


「わたしの家は、父子家庭でね。母と離婚してから、父は忙しく働いてるから、幼い妹と弟の面倒は、わたしが全部見てるの」

「そうだったんですか。だから、琴葉先輩は……」

 言いかけて、思わず口を噤んだ。その先に言おうとしていた言葉が「お母さんみたい」だったからだ。さすがに女子高生相手に失礼な言葉だ。

 言葉を飲み干す私だったが、彼女は、それを予想していたかのように自虐的に微笑んでいた。


「いいのよ。おばさんくさいって言いたいんでしょう?」

 少し違ったが、概ね、私が言いたかったことはそれに近い。


「いえ、そんな。大人びてるだけで」

 咄嗟に口を突いた、フォローさえも、彼女は、笑ってごまかすように、眼鏡の奥から柔らかな視線を送っていた。


「言い慣れてるわ。妹はまだ9歳、弟はまだ7歳の小学1年生だもの。わたしがしっかりしなくちゃならないのよ」

 家庭の事情はそれぞれで、他人には簡単に入り込めないものがあるから、偉そうなことは言えない。


 琴葉先輩によれば、彼女の両親が離婚したのは、一番下の弟がまだ4歳の頃。琴葉先輩はその頃、まだ14歳くらいだろう。中学生だ。


 それ以降、彼女は苦労をしてきたのだろう。


 だが、これで何となくだが、3人の先輩のことは、一通りわかった気がする。


 四字熟語で現すなら、まどか先輩は「豪放磊落」、フィオは「天真爛漫」、そして琴葉先輩は「冷静沈着」と言ったところだろう。


 彼女が取り乱したり、慌てたりという場面を、私は見たことがなかった。

 おまけに、頭の回転も速いし、年齢以上にしっかりしているところがある。


 ある意味、非常に「頼りがい」があり、「包容力」のある、同好会の「お母さん」みたいな人が琴葉先輩だろう。


 もっとも、そんなことを口にすれば、彼女は傷つくだろうから、言わなかったが。


「少し小降りになったわね」

 携帯の時計を見ると、10時45分を回っていた。


 実に30分以上も会話をしていたことになる。

 見ると、滝のような大雨が降り続いていた空は、まだ収まる気配はないものの、先程よりだいぶ小振りの雨になってきていた。


 みことの湯の営業時間は、午前10時からだ。

 もうとっくにオープンしてるから、到着しても、まどか先輩とフィオはもう風呂に入ってるかもしれない。


「それじゃ、行こうか?」

「はい」

 改めて、私は、琴葉先輩の内面を知ることが出来たし、知ってみれば、彼女は「二面性」などない、単に家族思いの、優しくて、しっかりした女性だった。


 小雨が降る中、コンビニの駐車場をゆっくりと、慎重に出発したVストロームの後を追う。

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