エピローグ❶


貴方は目を覚ました。


目を開けると見慣れない白い世界の中だった。


天井も、見える範囲の壁も真っ白だった。


夢の中なのか、現実なのか分からない貴方は上半身を起こして首を動かした。


貴方:「ここは……」


貴方の体温で温かくなった床は白く、よく見れば自分のいる部屋の壁はガラスで覆われ、ひとつだけ白い扉があった。


透明度が高く、ガラスの向こう側がクリアに見えるが、音が何も聞こえないので硝子は分厚いのかもしれないと貴方は思った。


現実から隔離された部屋の中に居るみたいだと、貴方に恐怖心は無かった。


夢の中だと思っているからだ。


貴方は自分の体を見下ろして、仕事で着ているスーツ姿に不釣り合いなものを発見した。


パンプスを履いていないストッキングに包まれた右足首に足枷が付いていて、その鎖の先は部屋の中心の床に固定されていた。


しっかりと床に固定されているせいで引っ張ってもびくともしない。


足枷には鍵穴があった。


鎖の無機質な冷たさや、指先や体が感じる物の感触が夢にしては生々しい。


貴方は自分の頬を摘まんでみた。


貴方:「……痛い」


夢には痛感が無いと言われている。


生々しい夢を見た事が無い貴方は、初めて夢かうつつか確かめるために自分の体に痛みを与えた。


結果、痛みがある事が発覚して、貴方は戸惑い始める。


夢の様なこの世界が、現実なのか……。


いやいや、現実なわけがない。


仮に、現実だとして、ここはどこだ?


どこかへ出掛けた記憶もないし、拉致られるような乱暴を受けた覚えもない。


ほら、やっぱり、夢じゃないの。


貴方は怖い記憶が無い事に安心した。


最近疲れが溜まっていたせいで、変な夢を見てしまったんだ。


貴方はベッドで寝た自分を思い出す。


……。


……あれ?


貴方:「わ、私……いつ寝たんだ、っけ……」


記憶が無い事に今更不安が募る貴方は、頭から氷水を掛けられたように、全身に鳥肌が立った。


貴方:「ゆ、夢じゃないかもしれないッ!!」


貴方は恐怖で震え始めた脚で立ち上がり、床と足首を繋ぐ鎖を両手で握って力任せに引っ張った。


貴方は手が赤くなるほどの力で鎖を掴み、今度は体を後ろに倒して引っ張った。


だが貴方の力だけでは、鎖を引きちぎる事は出来なかった。


貴方:「なんなのよッ!?」


何度も引っ張ったり、鎖を床に叩き付けたりしたが、貴方の足が床から解放されることはなかった。


それでも貴方は華奢な体が出せる全ての力を使って、鎖を引っ張り続けた。


???:「そんなことしても外れませんよ」


ドクンッと貴方の心臓が大きく跳ねた。


必死に鎖を引っ張っている貴方の背中に、男の声が降り掛かる。


この場には不釣り合いな優しい声に、貴方は反射的に振り返る。


貴方:「だ、だれ……」


香水ではない生活感のある柔軟剤の香りに包まれた男を、貴方は知らなかった。



※次回更新は2022.12.25の12:00です。

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