第29話


しとしとと降る雨が大きな窓ガラスを濡らしている。


太陽は灰色の雲に隠されて、朝なのにオフィスは薄暗かった。


僕は壁に設置されたスイッチを指先で押して、朝だというのにオフィスの灯りを点ける。


なんだか、嫌な感じがする。


小山るうをコレクションに加えて満たされているはずなのに、気分がすぐれなかった。


栞と買った熱帯魚たちが泳ぐ水槽を眺めても、気は晴れなかった。


目黒 修:「なんだか、なぁ……」


それは霊的な意味でオフィスの空気が重いとか、雨の日は気分が沈むとか、そういう訳ではない。


『良くない事が起こる』予感がするのだ。


もしかしたら栞にフラれてしまうかもしれない。


心当たりが無い訳ではないが、告白の件は既に和解している。


でも冷静に考え直した栞が別れを告げてくるかもしれない。


それは絶望的に『良くない事』なので、この嫌な予感は気のせいであってほしい。


だが僕はノック無しで開いた扉の音を聞いて、心臓が飛び跳ねる。


僕は嘘だろと思いながら振り返った。


目黒 修:「お、おはよ。……どうした?」


困った顔をした栞がオフィスに入って来た。


震える脚で、栞は僕に歩み寄る。


内田 栞:「あ、あの……」


栞は歯切れが悪く、一度深呼吸をしてから再び口を開いた。


内田 栞:「……警察の人が、来てます」


僕は栞の言葉に瞼を限界まで開けたまま、石の様に体が動かなかった。


だが不思議と頭の中は冷静で、栞を悲しませてしまうな、と思っただけだった。


目黒 修:「何の用事かな……いいですよ、廊下でお待ちしている警察の方を部屋にお通ししてください」


内田 栞:「わ、わかりました」


栞は踵を返し、扉を開けて廊下で待機していた僕と同い年くらいの警察官をオフィスに案内する。


廊下の奥には心配そうにオフィスの中を覗き込んでいる櫻井舞の姿があった。


栞は警察と入れ違うように廊下に出て、オフィスの扉を閉めた。


警察の男:「おはようございます。お忙しい中、アポ無しで来てしまって申し訳ないです」


男は軽く頭を下げた。


目黒 修:「あ、いえ。お気になさらず。今のところ手術の予定は無いので、問題ないですよ」


警察の男:「そうですか、そう言ってもらえると助かります」


毛先がはねた少し髪が長い男は、僕と同じ目線の高さなので、身長は170cm後半だろう。


目黒 修:「立ち話もなんですから、どうぞ、こちらにお掛け下さい」


僕はオフィスの中に置かれた応接用のソファに座るよう案内した。


警察の男:「失礼します」


男が座り、僕も向き合うようにソファに腰を下ろした。


いつか来るだろうと思っていたが、予兆も無く突然だった。


僕の『良くない事が起こる』という悪い予感は悲しい事に、的中してしまった。


僕は捕まりたくはないし、これからも美しい女をコレクションしたいと願っている。


だがもう目の前まで警察が来てしまっている以上、僕の趣味は続けられないだろう。


僕の罪が暴かれれば、きっと栞は悲しんでしまう。


どうして?


何でこんな事したの?


私も殺す気だったの?


それは趣味で、美しい女性を集めたいからで、栞をコレクションする気は無かった、と言ったらそれは嘘になる。


だが、栞を愛している気持ちも、失いたくないという気持ちも嘘ではない。


……僕はどうなってしまうのだろう。


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