第23話


小山るうを地下室に置いて僕は仕事に向かう。


目黒 修:「それではオペを始めます」


僕の一言で林田真矢の 拘束型心筋症の手術が開始された。


隣では青い手術着姿の櫻井舞が僕の指示を待っている。


人工心臓には 2つのタイプがある。


1つは機能を失った心臓をそっくり取り除き、そこに人工心臓を埋め込む 『完全人工心臓』がある。

          

またの名を 『全置換型人工心臓ぜんちかんがたじんこうしんぞう』と言う。


もう1つは患者の心臓を残したまま足りない心拍出量の一部を補う 『補助人工心臓』がある。


補助人工心臓は強い力を必要とする 左心室の補助に使われる『左心補助人工心臓』が一般的だが、他に右心室を補助するもの、両心室を補助するものがある。


今回は補助人工心臓で一般的な 左心補助人工心臓を埋め込む手術を行う。


目黒 修:「メス」


右手を差し出すと 櫻井舞は指示通りに動く。


気まずさなど感じさせない素早さに、他人事のように感心してしまった。


僕は慣れた手つきで消毒液で茶色くなった胸部にメスを入れる。


切開した部分を開創器で広げ固定する。


肉の下から露わになる肋骨も広げる。


拡張力が低下している為、元の大きさに戻らず、リズムの悪くなった心臓とご対面だ。


左心室を補う左心補助人工心臓を埋め込む。


心臓がリズムを取り戻す。


手術開始から1時間49分、無事に手術は終了した。


手袋を外し手術室を出ると椅子に力無く座る、林田真矢の 夫と一人息子の姿があった。


夫:「妻はッ!?」


息子:「お母さんっ!!」


立ち上がり不安な顔で夫は尋ね、中学生の息子は泣いていた。


目黒 修:「もう大丈夫ですよ。手術は無事、成功しました」


マスクを外し、優しく微笑む。


僕は、また一人、患者の命を救った。


夫:「あぁ……良かった。目黒先生、ありがとうございます」


息子:「ありがとう、ございます……」


夫は目に涙を溜め、深々と息子と一緒に頭を下げた。


目黒 修:「これから林田真矢さんはナースステーションの隣にあるハイケアルームに移動します。目が覚めたら面会が可能になります。看護婦を案内に向かわせますので、それまでは真矢さんの病室で待っていてください。それでは失礼します」


僕は2人に頭を下げ、いつもの白衣に着替えるために、更衣室へ向かった。


すると更衣室の扉の前に栞の姿が見えた。


僕は辺りを見回し、誰も居ないことを確認する。


目黒 修:「どうした?」


栞は険しい顔をしていた。


内田 栞:「目黒先生、院長がお呼びです」


急に敬語になったのは僕の後ろの方に櫻井舞が歩いていたためだった。


目黒 修:「あ、櫻井さん。お疲れ様」


櫻井 舞:「お疲れ様でした」


頭を下げ、女性用更衣室に入っていった。


目黒 修:「10分で向かうと伝えてください」


栞と別れ、僕は男性用更衣室に入った。


青い手術着をゴミ箱に入れ、真っ白な白衣に袖を通す。


更衣室の扉をノックする音が聞こえて反射的に背後を振り返る。


大川 大輔:「よぉ」


笑顔で入ってきたのは白衣姿の大川大輔だった。


目黒 修:「おぉ、何か用か?」


笑顔が困った表情に変わる。


大川 大輔:


「今日小山ちゃん、無断欠勤なんだ」


目黒 修:「小山ちゃん!?」


大川 大輔:「小山るうだよ。何か知らない?」


目黒 修:「さぁ……僕は何も」


困ったフリをする。


大川 大輔:「そうだよなぁ」


大川大輔は苦笑いをした。


目黒 修:「何で僕に聞くの?」


あの日、小山るうを僕の車に乗せて家に連れて行ったところを見られてしまったのだろうか?


大川 大輔:「いや、ただ何となく。小山ちゃんってお前のオフィスにコーヒー届けに行く事多いから、仲良いんだと思ってさ。何か知ってるかなぁって」


目黒 修:「ああ、そういう事か。でも仕事以外での付き合いはないから、プライベートの話とかは知らないんだ。悪いな、力になれなくて。」


大川 大輔:「いやいや。俺が勝手に知ってるかもって思っただけだからさ」


目黒 修:「そっか。あ、院長室に呼ばれてるから、もう行くわ」


大川 大輔:「また呼び出し? 行ってらっしゃ~い」


僕は更衣室を出て、大急ぎで院長室に向かった。



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