トイレ掃除

もうすぐ、お昼だ。


ここのトイレ掃除を終えたら、休憩だった。


いつもより、テンションがあがる。


綺麗にするのも、楽しい。


個室トイレから、出てきた瞬間…


ツルッと滑りそうになって、必死に扉にしがみついた。


何で?


洗剤入りのバケツがこぼれていた。


ソロリソロリと歩いて、モップを取った。


はぁー。


お客さんが、倒したんだろうな。


悪気はないよね。


私は、綺麗に掃除をした。


次からは、掃除終わってからにしよう。


何とか、転倒を免れてトイレ掃除が終わった。


腰が、おかしくなってしまった。


イタタタ…。


腰を押さえながら、更衣室に行った。


お弁当をとった。


崎谷さんに、渡しに行かなくちゃ…。


お婆ちゃんみたいに、腰を擦りながらいつもの場所に行く。


「りーちゃん、大丈夫?」


「あの、これ」


「あー。ありがとう」


「トイレで、滑ってしまって」


「足、大丈夫だった?」


「はい」


「座って」


崎谷さんは、私の腰を軽く押してくれた。


少しだけ楽になった。


「ありがとう。」


「うん、俺もたまになるからさ」


「そうなんですね。」


「一緒に食べようか?」


「はい」


「いただきます」


かずさんとご飯を一緒に食べる。


それだけで、幸せな事だ。


こんな素敵な人が、私の作ったご飯を食べてくれるなんて


「やっぱり、美味しいよ」


「よかった」


「今日も、晩御飯一緒に食べようね。終わったら、家に迎えに行くから」


「はい、勿論です」


「明日、休みだっけ?」


「はい、三連休です。」


美陸みろくも、三連休だって言ってたなー。俺だけ、仲間外れか。栄枝さかえださんが、かわりに来るんだよね」


「そうですね。」


「俺、あの人ちょっと苦手。よく喋るおばちゃんでしょ?ハハハ」


「かずさんにも、苦手な人がいるんですね」


「居るよ、当たり前でしょ?」


多くの事を望んではいけない。


「お客さんが、バケツひっくり返して滑ったの?さっきの」


「あー。そうです。時々、あるんですよね」


「まあ、人がたくさん来るから掃除中、無視して入ってくる人もいるよな」

 

「そうですね」


「大変な仕事だよね」


そんな風に言われて、嬉しかった。


「いつも、綺麗なトイレ使えてんのに感謝してるよ。ありがとね。りーちゃん」


「いえ、仕事ですから…。」


かずさんの笑顔に救われた。


たまに、お客さんにも「ありがとう」って言ってくれる人がいる。


嬉しくて、その日は自分の為にステーキを焼いた事もある。


ありがとうって、言葉の嬉しさを私はずっと忘れていた。


かずさんと美陸君に、出会ってそれを思い出したんだ。


「あー。美味しかった。ありがとう。じゃあ、俺、電話してくるね」


「はい」


そう言って、私はイヤホンを耳に入れた。


『りかー、元気にしてますか?』


『もうすぐ、帰るからな』


『これ、ちゃんとムービーぃ?なっとうか?』


『なってるよ。ほら、赤いポチ押したでしょうが』


ポンポンって、肩を叩かれて停止ボタンを押した。


「いつも、音楽聞いてくれてるの?」


私は、首を横にふった。


「なに、聞いてるの?」


「両親が、最後に送ってきたムービーです。」


「最後?」


「はい、旅行から帰ってくる時に、事故で二人ともなくなりました。」


「そうだったんだね」


「いつも、最後まで見れないんですよ。成長していません。私」


そう言った私を、かずさんは抱きしめてくれた。


「当たり前だよ。それ見終わったら、本当にいなくなっちゃう…。だろ?」


そう言われて、頷いた。


「シャンプー、いい匂いだね。なんか、好きだわ。この匂い」


「な、な、な、なに、言ってるんですか」


「ごめん、ごめん。飲み物おごるよ。水がよかったよね?」


「0カロリーですから」


私は、かずさんと立ち上がった。


自販機で、お水を買って渡してくれる。


「明日も弁当あったら嬉しいけど、休みだから無理かな?」


「作りますよ。」


「じゃあ、下に取りに行っていい?」


「はい、勿論です」


私は、満面の笑みで頷いた。


更衣室にお弁当箱をしまいに行った。


午後の仕事は、楽しくはかどった。


あー。こんな世界を知れて嬉しい。


幸せだよ。


ありがとう


って、思ったのに…





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