ゲンタ、絶体絶命

「ゲンちゃん!」

 元太が、道端に倒れ、ぴくぴくしていた。いそいで駆けつけた太郎が肩を叩いた。

「大丈夫?」

 元太は、青い顔をしながら、何とかう、うんとうなずいていた。

「ちょっと待ってね、今運ぶから」

 太郎が元太を背負うと、急いで元来た道を帰っていった。


 太郎がやっと元太の家に着いた頃、日はだいぶ落ちかけ、至る所に影が刺すようになっていた。

「すみませーん、すみませーん!」

 家の玄関から、大きな声をあげた。だが誰も出てこない。横にある元太の顔はますます青白くなっているように見えた、きつそうな呼吸をしている。太郎は元太を背負ったまま家に上がり込んだ。

「すみませんーん、誰かいますかー?」

 必死で探した、台所、リビング、至る所に足を踏み入れたが、人の気配はなかった。

(まずいよ、これってパパの病気が見つかったっていうあの日じゃない? もしここでパパが死んじゃったら……)

 太郎の血の気が引いた。

(僕は生まれてこないことになっちゃう)


「ただいまー」

 玄関から女性の声が響いた。元太の母さんだろう。

「あの、すみません。元太君が……」

 元太の母が、青白い顔を見た。それからうんうん、とにこやかに頷いた。

「ちょっと遊びすぎたかね。横にさせとくから。あんたが連れてきてくれたんかね? ありがとね。もう暗くなるからお家へお帰り」

 太郎は顔面を殴られた衝撃を受けた。今朝の食卓の話を思い出した。


『ばあちゃんは明日でいいって言ってたらいしんだけど、その助けたくれた人が急いだ方がいいって言ってくれて、何とか一命を取り留めたらしい』


 太郎は大きく目を見開いた。


「ダメです! 今すぐ病院に連れていってください、じゃないと死んじゃうかもしれません」

 太郎の真剣なまなざしを母がじっと見た。それから、はっはっはっ、と笑い飛ばした。

「そうねそうね、心配してくれてありがとね。だいじょーぶ、人間そう簡単には死なないから。ここはね、小児科の先生がいないんよ。明日にいつも見てくれる先生が来ることになってるから、それまでは家で寝かせて、神様仏様にお祈りしておくから、大丈夫」

 神様、仏様だって? そんなのが助けてくれるわけないじゃないか。

「お願いです、今日急いで行ってください、じゃないと……」

 母は、何も言わずに持っていた買い物のビニール袋を持ちながら台所へ行ってしまった。

(どうしよう、本当のことを話すわけにもいかないし……)

 外は次第に暮れ始め、明かりがつき始めた。

 だらりと横たわり、肩で息をしているゲンタ。状況は明らかに悪い。途方に暮れて座り込んだ太郎が、お尻に何か感触があるのに気づいた。後ろポケットに手を入れると何かが入っていた。

(なんだ、これ)

 見てみるとそれは父の薬だった。

(そうだ、あの時の……)

 太郎は唸るゲンタに声をかけた。

「ゲンちゃん、わかる?」

 元太はうっすらと目を開け、ああ、と答えた。

「この薬、大事な薬で、きっと効くから、必ず飲むんだよ、いいね? 約束だよ」

 太郎は元太がわずかに頷いたのを見て、手に薬を握らせた。

 そのまま急いで玄関を抜けると、トンネルに向かって走り出した。

 外はすっかり暗くなり、影さえ見えなくなっていた。

(まずいまずい、トンネルが通れなくなっちゃう)

 脇目も降らず走り続けた。息が上がり、心臓が飛び出しそうになるのを抑えながらひたすら走った。そしてトンネルの前に立つと、膝に手をつき、はあはあ言った。小さいトンネルは足首くらいまで水位が上がり始めていたが、何とかまだ通るスペースはあった。

(よかった、まだ通れる)

 太郎が空を見上げると、月が上り始めていた。

(ゲンちゃん、いやパパ。大丈夫かな……)

 一抹の不安を抱えながら、太郎はトンネルを抜けた。

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