第21話 総力戦



「どういうことだ?」


 重い声が隣の〝人形使い〟に問いかけた。声の主は、ジル・ド・レエであった。月明かりが、黒鉄の甲冑を鈍く浮かび上がらせていた。


「何がだい?」


 〝人形使い〟が意に介することもなく、飄々と受け流す。その態度にジル・ド・レエは、苛立ちと疑念を隠そうともしていない。〝人形使い〟をめつけながら、問い質す。


「なぜ、彼らがここにいるのか――と問うているのだ、〝人形使い〟。返答によっては、貴様とて首を刎ねるぞ」


 右手に握った大剣を、ドンッ、と地面に突き立て、恫喝する。対する〝人形使い〟はそんなことなど、どこ吹く風――だ。


「おお、怖。でもさ、どうせとは決着をつけなくちゃいけないだろう? 手間を省いただけじゃないか。なあ、〝怪物〟?」


と、2人と少し離れた後ろに蹲る黒い影に、〝人形使い〟は語りかけた。無論、影に返答はない。ただ、蹲っているだけだ。〝人形使い〟は内心、忌々しげに思いながら、無反応な〝怪物〟を見やった。

 彼らの前方、15メートルほどの距離を取って対峙しているのは、ミケーレとマリアである。マリアは先日と同じ、戦闘用のスタイルだった。


 どのような口実を並べ立てたのかは知らないが、〝人形使い〟は先の約束通り、ジル・ド・レエと〝怪物〟を誘き出したのだ。

 その際、ミケーレは〝人形使い〟に1つだけ注文を付けた。

 それは、戦い易い、広い場所に〝怪物〟を誘き出すことであった。ただし、他人が近寄らない場所であるか、そのように細工――結界を張るなど、手段は問わないが、他者が立ち入れないように――しておくことを念押ししていた。

 そして、選ばれたのが、この街外れの広い公園であった。

 中でもここは、特に開けた場所。かなりの広さに亘って芝が植えられており、本来なら野球やサッカー、犬と戯れる――などと楽しめる場所であろうが、戦いの場としても申し分がなかった。周辺には疎らに街灯が立っており、桜を主とした樹々が植わっているものの、見晴らしが良過ぎるので、罠といったものや何かを仕掛けておくには不向きだ。そうしたければ、かなり巧妙に伏せておく必要がある。

 例えば――皆が集う前から、仕込んでおく――などだ。

 〝怪物〟陣営――特に、〝人形使い〟とジル・ド・レエの仲が悪そうなのを見て、マリアがミケーレだけに聞こえる声量で言った。


「あっちは仲が悪いみたいね」

「そのようだな」

「あの左手……戦斧?」

「みたいだな。なくしたままよりはまし……ってところじゃないか?」


 昨日の戦いで失われたジル・ド・レエの左腕には、分厚い斧と短剣が組み合わさった戦斧が付いていた。肘から先が、斧になっていると思えばいい。その斧の先端に、短剣がくっ付いているのだ。


「〝怪物〟はどう? あまり以前と変わらないようだけど……」

「さて……。どうだかな」


 ミケーレは〝怪物〟を視界に捉えたまま、曖昧に答えた。〝キリストの肝臓〟を喰らったという〝怪物〟を、見た目で判断するのは早計だ。それに何故か、以前より、存在感そのものが希薄なことも気にかかる。ミケーレの懸念を察したマリアも〝怪物〟を見つめているが、やはり判然としなかった。どこか違和感を覚えるものの、それがどのようなものか、マリアにも指摘することが出来ないでいたのだ。


を食べたのよね?」

「そういう話だったが」

「……。私にはわからないわ」


 軽く息を吐いて、マリアはそう言った。そんなマリアをちらり、と流し見てから、


「ところで、気付いてるか?」


と、ミケーレは聞いた。もちろん、確認のためである。マリアが気付かないわけがない。


「ええ、もちろん。さっきから、皮膚がするわ。色々とみたいね」


 そう言いながらも、いつもと変わらぬ体で、マリアが周りを眺めながら答えた。

 その答えに満足したのか、ふっと微笑を漏らすと、ミケーレが相手側に声をかけた。


「相談は済んだか?」


 睨み合うようにしていたジル・ド・レエと〝人形使い〟が2人に向き合った。もっとも、〝人形使い〟は横目で睨んでいただけで、掴みかからんばかりになっていたのは、怒り心頭に来ていたジル・ド・レエだけであったのだが。


「済んだようだな。なら、そろそろ始めようか」


 そう宣言すると、ミケーレには〝人形使い〟が、マリアにはジル・ド・レエが相対する形となった。

 〝人形使い〟はともかく、ジル・ド・レエはマリアに左腕を落とされた因縁がある。と、なれば、この組み合わせも当然か。


 すでに、マリアは両手に剣を抜いていた。戦闘準備は整っている。

 ミケーレは腰に日本刀を帯びているが、相対しても、刀を抜き放つことはしない。鞘から抜き打つ最初の一撃こそ、剣筋を悟らせない最も有効な一手であるからだ。納刀さえしていれば、抜刀時の鞘の捻りだけで、下からの切り上げや横一文字の切り払い、上段からの真っ向斬り下ろし――と、少なくとも3通りの一撃が狙える。

 〝鞘の内〟こそが、居合の極意なのである。


 一方、失った左腕を固定式の戦斧としたジル・ド・レエは、右手だけであの大剣を扱うことになる。相当な――いや、並外れた膂力がなければ、あれだけの大きな剣は振り回すのにも一苦労なはずだが、それでもあの大剣を選んだのであるから、相応の自信があるのだろう。

 もっとも、昨日の今日で、替わりとなる武装を用意出来なかっただけなのかも知れない。


 〝人形使い〟はと見れば、これは泰然自若としたものだ。何の用意もしていない。いつものように、肩に紅いドレスの人形を乗せているだけだ。

 と、不意に懐から取り出した物があった。〝人形使い〟が手にしているのは、ほの白い光沢を放つ〝仮面〟であった。

 顔に沿う緩やかなカーブ以外は凹凸の1つもない、のっぺりとした造りのそれは、眼の部分だけに細いL字型の切れ込み――左右の目頭の位置に、短い縦の直線が開いている――があるだけの品であった。

 白塗りで、眼の切れ込みが無機質な印象を与える仮面。

 中世の騎士の冑の、面の部分だけ、と言えば分かりやすいか。ジル・ド・レエの冑よりも、眼の部分の開きが小さい品物だ。それを〝人形使い〟は顔に被せたのだ。留め具などは見えなかったのに、〝人形使い〟が手を放しても、仮面は落ちることはなかった。


 ミケーレとマリア、さらにはジル・ド・レエまでもが訝しげな表情を見せた。

 誰もが〝人形使い〟はその名の通りに、〝人形〟を使って戦うと思っていたからだ。思い込み――と言ってしまえば、それまでだが、〝人形使い〟自身が華奢な少年であることを思えば、致し方あるまい。お互いに手の内は見せないものとはいえ、一応は仲間であるジル・ド・レエですら、〝人形使い〟の戦い方を知らなかったのだ。

 だが、皆の想像とは異なり、自らで戦うスタイルらしい。だらりと降ろしていた手を再び上げた時には、その十指は50センチほどに長く伸び、指先は鋼の鋭利な輝きを放っていた。

 〝怪物〟はただ後方に、わだかまりのように蹲っているままだ。先ほどから、まったく変化がない。そのことが、敵味方双方にとっても気掛かりであった。


「では、やるか」


 疑念を払拭し、自らを鼓舞するように、ジル・ド・レエが力強く宣言した。ジル・ド・レエにとっては、信頼出来ない仲間の〝人形使い〟と、約束の履行など、すべてにおいて頼りない〝怪物〟とともに戦わねばならないのだ。さぞや、やりにくかろう。

 冑で見えなかったが、ジル・ド・レエはその口元を歪めた。自嘲していたのだ。

 ジル・ド・レエは大剣を振りかぶるや、


「ふっ!」


と、吐気とともに、振り下ろした。片手で操っているとは思えないほどの速度を持った一撃。

 しかし、ここで片手持ち故の欠点が現れた。物体は、速度が上がるほどに見かけの重量を増す。

 ドン!――と大きな音を上げて、地面に食い込む大剣。マリアは身体を捻って、難なく躱す。地を抉った大剣が、土塊を巻き上げた。跳ねた土塊を、マリアは袖で払い除けた。重い一撃であった。

 だが、それはジル・ド・レエの意図に反しての一撃であったのだ。

 両手持ちであれば、振り終わりに柄頭付近を持つ左手で抑えられる。しかし、ジル・ド・レエはその左手を失っていた。ここまで大きな剣であれば、加速時の重量は半端ではなくなる。命中すれば、それはとてつもない効果を生むが、同時に扱いが難しくもなる。

 結果は、ジル・ド・レエの想定をも超えており、彼の膂力を以てすら、抑えきれないほどであったのだ。

 想像してみて欲しい。常人が片手で持った野球のバットを、全力で頭上から振り下ろしたとして、果たして、地面に触れさせずに止められるだろうか?


 地面にめり込んだ大剣をジル・ド・レエが引き抜く前に、マリアが間合いを詰める。ジル・ド・レエの首筋を狙って、左手の剣を自身の右方向から横薙ぎに振るう。ジル・ド・レエも身体を傾けて躱すが、それをも折り込み済みのマリアは、半身はんみから正面に向く際の身体の捻りを加えて、そのまま右手の剣を薙ぐ。二刀による連撃。

 ジル・ド・レエはそれを、今度は左腕の戦斧で受けた。マリアは受けられると見た刹那、刃がぶつかる瞬間に手首を返して、刃に受ける衝撃を緩和した。打ち合う刀身が、キンと澄んだ音を響かせる。

 マリアはジル・ド・レエの脇を擦り抜け、2人は間合いを離して、再び相対した。



 〝人形使い〟はがむしゃらに突進してきた。

 速度は速い。しかし、それだけだ。

 無言で迫る〝人形使い〟の攻撃は、奇をてらったものでもなく、力任せに凶器と化した爪を振り回してくるだけであった。ミケーレは腰を軽く落とした姿勢で2度、3度と後退して躱し、様子を窺う。

 大きく振り回してきた腕に合わせて、横薙ぎの抜き打ち。

 キイーン、と高鳴る刀身。

 ミケーレの一刀を弾いた〝人形使い〟の爪は、その見た目の光沢通りに、鋼の硬度を持っていた。

 ミケーレの一撃を弾いたことで自信を持ったか、〝人形使い〟は両の手の指を思い切り開いて、ミケーレを抱き締めるような行動に出た。上手く囲い込めれば、十指で切り刻もうというのだろう。

 当然、ミケーレは後退し、その攻撃とも呼べないような行為を躱す。さらに数度、〝人形使い〟は詰め寄って、囲い込もうとする。ミケーレは三度みたび後退したが、次に〝人形使い〟が詰め寄った時、おもむろに前進した。

 柄を腰のあたりまで引き、左側面を前にした半身でツイッ、と無造作に歩を進めたのだ。そのまま身体を正面に戻す力で突きを繰り出す。神速の刺突は〝人形使い〟の胸部――その心臓目掛けて突き出された。

 ずぶり、と刀身が〝人形使い〟の背部まで突き抜けた。血が噴き出す。一言も声を立てずに〝人形使い〟の両腕と頭部が力無く、だらりと垂れ下がった。


 だが、致命的な一撃を与えたはずのミケーレは、どこか浮かない顔であった。納得がいかないらしい。未だ、項垂れた〝人形使い〟を凝視し続けている。

 そう言えば、心臓を穿ったはずなのに、吹き出た血の量はけして多くない。

 と、突然にミケーレが、突き立てた刀身を引き抜き出すのとまったく同時に、〝人形使い〟の腹部を左足で思い切りよく蹴り倒した。それによって、刀身はすんなりと引き戻された。

 ミケーレはその行動を起こす直前に、垂れ下がっていた〝人形使い〟の腕――長く伸びた鋼の爪が、ピクリ、と動いたのを見逃さなかった。

 その判断は正しかった。吹っ飛んだ〝人形使い〟が、むくりと起き上がったのだ。

 その様はまさに不死者であった。

 いや、それは〝人形使い〟だけではなかった。〝人形使い〟を中心として、その周りから何十体からもの死者たちが地面から這い出てきたのだ。会社員、OL、高校生から小学生、老若男女様々だ。見渡せば、都合、100体くらいはいるだろうか。

 かつては、パリッとしていた背広も、着飾った流行の服やアクセサリーの数々も、数種類の学生服も、着用者を寒さから凌いでいたコートもダウンジャケットも、今は土に塗れて、汚れている。

 誰が彼らを不死者の下僕としたのかは分からない。

 この様子だと、おそらくは〝人形使い〟だろうが、今では、呻き声みたいなものを口々にして、自らと同じ不死者にするべく獲物――他の生者を求めて彷徨う、黄泉より舞い戻った亡者どもだ。それこそ、ホラー映画を見ているようであった。


「こいつ……。やりやがったな」


 ミケーレは苦々しく呟いた。

 学生服が多く交じっているということは、少なくとも昨日――土曜日までの間に噛まれていたということだ。この街へ着いてから、少しずつ増えていったのか。

 と、ミケーレの動きがほんの僅かに、止まった。そこに、沙月と同じ制服の女生徒が交ざっていたからだった。その顔を、諦めともつかない暗い影が過ぎったが、それも一瞬だった。


「……。やれやれ」


 うんざりした、といった溜息とぼやきを吐いて、ミケーレは近づいてきた学制服姿の死者の首を、、刎ねた。



 

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