『絶望の先』②

 「用事は・・・・・・それだけ? 昔話をしに来ただけなら、もう帰るよ・・・・・・」


 全てを奪った相手が目の前にいるだけで、美天は生きた空もなかった。

 一瞬でも気を抜けば、絶叫と共に失神しそうだが、この男と自分自身が許さなかった。

 発狂寸前の気持ちを必死に押し殺す美天は、毅然とした言葉を返そうとする。


 「まあ、待てよ。それだけのために、電車で見かけたお前にわざわざ声をかけたんじゃねーんだ。ただ朝比奈と俺の両方にとって、を持ってきたんだ」


 美天の恐怖と怯えを見透かした田辺は、ニヤリと唇を吊り上げる。

 と同じだ。

 心の虚に乗ずる下卑た邪悪な笑みに、全身の皮膚が粟立つ。

 出来るならば、今から叫びながら走って逃げたい。

 しかし含みのある台詞、悪意の視線が導く携帯端末に、美天は猛烈な胸騒ぎと同時に最悪の可能性へ思い至った。


 「まさか・・・・・・あなた」

 「こんなこともあろうかと思ってな、ちゃーんと大事にしているぜ」


 田辺は、最悪の推測を肯定するように笑みを不気味に深めると、自分の携帯端末を目の前にかざして挑発する。

 携帯端末の画面から一瞬だけ覗いた、一枚の暗い画像データに、美天の双眸は絶望に見開かれた。


 「や、やめて・・・・・・!」


 頭で考えるよりも先に、美天の口と手は弾かれたように動いた。

 しかし、必死に伸ばした手も張り上げた叫びも、田辺の指差しと高々と遠ざけられた手によって、無情に押さえつけられた。


 「まあ、、な?」


 他聞を憚る内容なだけあり、美天は思わず手と口を押さえる。

 しかし、心の内側は嵐のように半狂乱に吹き荒れていた。

 まさか、『あの時』を撮られていたなんて――! 

 当時は狂いそうな恐怖と激痛と混乱に呑まれていた。

 しかし、今振り返ってみれば『あの時』の最中、一瞬だけ光と音を複数回捉えた気がした。

 まさか、カメラのフラッシュだったなんて。

 あの後――あの時の悪夢をとにかく早く忘れたくて、必死に意識から締め出そうとしていた。

 しかし、あの時のことを思い出す頻度が減りつつあった今になって、予期せぬ邂逅と問題に直面させられるとは。


 「そんな表情するなって。ただ、俺は画像整理中に見つけたをどう処理すべきか、朝比奈としたいだけだ」

 「・・・・・・一体、何が欲しいの」


 田辺とは電車内で偶然再会したとはいえ、今更自分に何の用があるのか。

 田辺は、過去に関わって弄んだ女に執着するタイプとは思えないため、尚更目的が読めない。

 しかし、美天の見解は微妙に誤りであることが、田辺の不穏な台詞で思い知らされた。


 「そうだなあ・・・・・・まずは先輩とダチに借りを返したい所だが、生憎資金がな・・・・・・」


 卑しい笑みを崩さない田辺の台詞を直ぐに理解した美天は、迷わず鞄から財布を取り出した。

 明るい白地にレモン柄の財布から無造作に引き出したお札を、田辺へ突き渡す。

 お金に目の色を変えた田辺は、渡されたお札を嬉々と数える。

 陰鬱に俯いて震える美天のことは、既に眼中の外だ。


 「三万円か・・・・・・まあ、ないよりはいいが・・・・・・これっぽっちじゃキャバ代にもならねぇ」

 「今日は、それしか持ち合わせていなくて・・・・・・」

 「おいおいマジかよ。病院勤めのわりには、安い仕事してるな」


 美天の所持金が想定よりも少ないことに、心底失望していた。

 金を奪われた挙句、正確な役職名すら理解していない怨敵に、自分の仕事と誇りまで侮辱された美天は唇を噛む。


 「これで、データは破棄してくれるの・・・・・・?」


 それでも、喉から迫り上がる悲憤と屈辱感を、ぐっと押さえた美天は問う。

 今の美天にとって、金と名誉よりも先ずは、忌まわしき過去の遺物の行方と処分だ。


 「ああ、約束してやるよ。に画像一枚、ごとに動画一つ、削除してやるよ」


 突きつけられた驚愕の交換条件に、美天は一瞬頭が真っ白になった。


 「データは・・・・・・全部で、何個あるの・・・・・・?」

 「さあ? 俺自身も、数は正確に把握してねぇけど・・・・・・ざっと、画像だけでもくらいあったかなあ」


 絶望的な未来を示唆する台詞に、今度は目の前が真っ暗になる。

 死刑宣告のような言葉の意味、と己の立場を理解してから数秒後、ようやく零した自分の声は別人めいていた。

 二十個もあるかないか不確かなデータを、全て削除してもらうとなれば、どれだけ巨額な費用になるのか。

 手取りで、月二十八万の給料と貯蓄を合わせても、全然足りない。

 美天の絶望的な眼差しから、彼女の経済的な事情と危機を察した田辺は、してやったり顔で囁いた。


 「朝比奈には、ちょっと高いかもな。まあ安心しろよ、俺もお前を今すぐ無一文の家無しホームレスにするほど鬼じゃない」


 しかし、田辺の会心の笑みと猫撫で声は、美天をさらなる絶望へ追いやった。


 「もしに困ったら、稼ぎのいいを紹介してやるよ。朝比奈の顔なら、そこそこ売れるだろ。後は愛想だな」.


 もはや、美天の意識は思考だけで田辺からの一方的な言語信号を受け取り、論理的な理解に留まっていた。

 果てなき絶望の先を超えた頃、既に感情は深淵へと沈み、ひたすら腐り落ちていく感覚だった。

 この男は、一度自分から全てを奪っても、未だ奪い足りないのか。

 自分にとって気の遠くなる数年をかけてようやく、歪なヒビやシミを残しながらも、形を取り戻してきた幸福。

 しかし、それをこの男は身勝手な理由で、唾を吐いて叩き割ろうとしている。

 どこまで自分を汚し貶めれば、気が済むのか。


 「丁度俺の友達に、昔から朝比奈を気にしていた奴がいるんだ・・・・・・そいつなら、一発だけで十万円くらいは出してくれるかもなあ」


 お願いやめて。もう、どうか許して。

 これ以上自分から奪わないで。


「これで登録完了っ。あれ? 朝比奈、もう新しい男できたのか? さすが、尻軽女ビッチは手が早いぜ。こりゃ、も引くのが分かるぜ」


 凍直したままの美天から携帯端末を奪い、強引に連絡先を交換した田辺は、待ち受けの晴斗の写真を不躾に眺める。

 侮蔑と嘲笑に満ちた台詞と共に奏でられた、元カレの懐かしい名前に、心臓が抉られる思いだ。


 「じゃ、次はに金を用意してくれよ。最低三十万は欲しいかな」

 「三十万・・・・・・!? ちょっと・・・・・・っ」

 「俺も明々後日までに金がいるんだよ。なわけで、頑張れよ! 金も、今度の男に幻滅されないようにな!」


 笑壺に入る田辺は、揚々と立ち上がる。

 よろしく頼むぜ〜、と耳障りな黄色い囁きと共に、馴れ馴れしく肩を叩かれた。

 田辺に触れられた場所が、不快な臭いと共に腐り汚れたような錯覚に陥る。

 田辺が踵を返してバーガー店を出たのを確認した直後、美天はトイレへ駆け込んだ。

 堪えていた嘔吐感もぶり返してきた。


 「うぅぇ・・・・・・ぉっ、げっ、あぇあぁ・・・・・・っ」


 便器の底へ滴り落ちるものを呆然と見下ろしていると、蘇ってくる。

 口内から喉の入り口で暴れ回る異物感、喉から鼻腔へ充満する不快な悪臭とえぐみ。

 注文してから一滴も飲めなかった紅茶で口内を洗ったが、それでも不快感は拭い去れなかった。

 あの時と同じだ。


 怖くて、嫌で、痛くて、苦しくて、汚くて、臭くて、気持ち悪くて・・・・・・熱くなって――それ以上に自分が、消えてしまいたかった・・・・・・。


 バーガー店を後にした美天は、脇目も振らずに駅へ駆け込んだ。

 三十分が一時間長く感じた孤独で寒々しい帰路を通って、ようやく自宅アパートの部屋へ辿り着く。

 廊下で、頭巾フードを目深く被った隣のひきこもり男とすれ違ったが、あいさつする余裕もなかった。

 手の震えと焦燥で鍵を開けるのに手間取っていると、隣の佐々木は扉の隙間から顔を覗かせた。

 音がうるさかったのか「大丈夫?」、とチェーンロック越しに心配されたが、美天はただ「ごめんなさい」と謝るしかなかった。

 佐々木は、美天が消えた扉を訝しげに数秒凝視消した後、直ぐに扉を閉めた。


 *


 十二月十七日。


 「朝比奈さん。今日はもう帰りなさい」

 「え・・・・・・? 筒井看護師長。どうして」

 「あなたは、今日の自分の仕事ぶりで大丈夫だと、本気でそう思える?」


 普段より遅れて午後の昼休憩に入った美天を、筒井看護師長は呼び止めた。

 終了時間まで未だ先なのに、退勤を命じられたことに、美天は衝撃を受けた。

 困惑顔で問う美天に、看護師長に並んで先輩の小倉は、溜息混じりに告げた。


 「今日はどうしたのか知らないけれど、その様子だとちゃんと眠れていないんじゃないの? 仕事にならない状態なら、帰って休息を取りなさい」

 「それは・・・・・・でも、未だ事務も終わってないですし」

 「朝比奈さん。この仕事はストレスや悩みが絶えないし、私生活の悩みも重なると辛いわよね。だからこそ、スタッフ私たちは日頃から自分の心身の健康管理を大切にしないといけないわ。余裕のない職員に、患者さんは安心して支援を頼めると思う?」


 優しい声色で厳しく諭された美天は、口を噤んだ。

 「分かりました」、と了承すると美天は早退した。

 ただでさえ人手不足の仕事場で、周りに心配と迷惑をかけてしまったことは、心から申し訳なくて悔しかった。

 確かに、今日の自分は仕事ぶりに精彩を欠いていた。

 理由は二人の指摘通り、自力で帰宅した後も、美天は一睡もできなかった。

 昨夜から今も食事は喉を通らず、口はカラカラに渇いているはずなのに飲む気になれない。


 雪の舞い降りる中、行き慣れたはずの帰路は、一歩一歩が長く険しく感じた。

 すれ違う人の群れから、耳障りな笑い声や罵倒の言葉が響く度、心臓を逆撫でられたような緊張と不快感に襲われる。

 今のは、私を嘲笑い罵倒していたのではないか。

 まさか、自分の穢らわしさが電子の海に群がる好奇の目に晒されてしまったのではないか。

 他者の視線が異様に気になり、不合理な被害妄想に蝕まれそうになる。

 何とか帰宅した美天は、外套を着たまま力尽きたように寝台へ沈んだ。

 しかし、いくら瞳を閉じても眠れなかった。

 全身は、雪に埋もれたように重く寒々しい。

 眠気と疲労感はあるのに、脳内が絶えず緊張と興奮に冷たく燃えている。

 一方憔悴している美天に鞭打つように、携帯端末は振動と共にライク受信を知らせた。

 受信音の奏でる陽気な音色すら、自分を嘲笑って聞こえた。


 『美空、体調はどうかな? 先程、小倉先輩達から早退したと聞きました。調子の悪い時は誰にでもあるから、あまり気に病まずにゆっくり休んでね。先輩達も心配はしていたけど、怒ってないから。普段から美天が真摯に仕事をしているのは、僕も皆も知っている。困ったらいつでも頼って』


 『それと別件なんだけど、二十一日の休日に久しぶりに薔薇園で、旅行の打ち合わせをしたいです。旅行の資料は僕が持ってくるから、観光したい場所とか一緒に計画立てよう! どうかな?』


 ライクのトーク画面に並んだ、晴斗らしい丁寧で優しいメッセージ、大切な約束に、美天は瞳から熱いのがこみ上げた。


 『ありがとう。心配かけてごめん。いいよ。何時?』


 メッセージを打ち込む間、指先は震えて誤変換を繰り返したせいで、返信に一時間もかかってしまった。

 晴斗に心配をかけて待たせた挙句、やっと送った短く投げやりな自分のメッセージに、自己嫌悪が突き刺す。


 『ありがとう! そしたら、二十一日の十時頃に薔薇園で待ち合わせだよ。それまでは、ゆっくり休んでね。食欲なかったら水だけでも飲んで、眠り辛くても横になって瞳を閉じるだけでいいから。また明日』


 美天の素っ気ない返事に気を悪くした様子は微塵もない、晴斗の嬉しそうな言葉と優しい助言。

 美天は晴斗の包み込むような愛情、とぬくもりの宿った携帯端末を胸に抱くと、声を殺して泣いた。

 本当は、晴斗に何て告げるべきだったのか、ずっと考えていた。

 二十一日の打ち合わせも、ドイツ旅行も、断るべきだろう。

 しかし晴斗に不自然な態度を取り、万一に気付かれることだけは、絶対避けたかった。


 晴斗には、知られたくない。

 晴斗にだけは、失望されたくない。

 自分が、いかに穢らわしくいやらしい女なのかを。


 『僕は美天が好きだよ――』


 白百合を眺めた時のように、一緒にいると心が綺麗に澄み渡っていく優しい晴斗。

 秋の陽だまりのように温かくて、爽やかな香りに癒されるぬくもり。

 自分と一緒にいたら、晴斗まで傷つけて、汚してしまうかもしれない。

 だったら、いっそ本当の自分を知られる前に、自ら身を引くのが賢明だ。

 でも・・・・・・。


 『お前なんかいらない・・・・・・俺の前から失せろ・・・・・・裏切り者のが』


 晴斗にまで見放されたら・・・・・・きっと、もう生きていけない・・・・・・。


 希望も幸福も夢見ることをやめた頃なら、簡単に諦めがついた。

 ただ独りで死ぬのは怖くて、痛くて苦しいのは嫌な臆病者だったから。

 生きながら死んでいた頃は、何も感じないようにやり過ごせたかもしれない。


 でも、”幸せ”を思い出してしまった。


 今までにない幸福を知ってしまった後は、再び失うことが恐ろしい。

 過去の悪霊に足を絡め取られた今、優しさと幸せを感じるほどに怖くてたまらない。

 晴斗との幸せな時間は、泡沫の夢に終わるものだった。

 どこかで、分かっていたはすなのに。

 再び喪ってしまうのは、あの時よりも遙かに怖くてたまらない。

 寝台に顔を埋める美天の携帯端末は、再び振動した。

 新しいライク・メッセージの音色が流れる。

 まさか心優しくて鋭い晴斗は、何か勘付いてしまったか。

 美天は恐怖と期待半分で、携帯端末の画面を開いた――。


 *


 十二月十八日・午後六時半頃。

 『マンション・グロリオサ』は築数年で比較新しい建物だ。

 最新の耐震性と防音性に優れており、一人暮らしの若者向けの高品質・低価格なのが人気だ。

 十階建ての壮麗な摩天楼の中央、五階の五五五号室にて。

 部屋主の代わりに一人の来客は人を待っていた。


 『五五五号室』には、最新型のキッチンダイニングに小型の薄型テレビ、トイレとシャワー・バスタブが一体のバスルーム、三畳半のベッドルームで構成されていた。

 狭いベッドルームの三分の二を占領する大きめのシングルベッドの上で、体育座りをしている女性――美天の孤独な姿があった。


 『約束の日時と場所を出しとく』

 『十二月十八日の午後六時。マンション・グロリオサの五階・五五五号室』

 『住所の地図と最寄駅のデータは画像で送る。部屋の鍵は郵便受けの中に隠しておく。暗証番号は****だ。部屋に入ったら、寝室で待機していろ。俺はダチを連れて午後七時には戻る』

 『約束の三十万円との支払いの件を忘れるなよ』


 晴斗からのメッセージを受け取った後、田辺のライク・トークから、金渡しの日時と場所を記したメッセージが届いた。

 田辺の指示に従った美天は、王百合駅から徒歩で近いマンションの一室に辿り着いた。

 グロリオサは、清掃と管理がしっかり行き届いた真っ新な建物で、安全設備セキュリテイ障壁除去バリアフリーも充実していた。

 五五五号室の寝室は狭いが、一人暮らしには十分快適な部屋だ。

 男物のシャツや洗髪料、人気アイドルのポスター等が置いてあることから、田辺もしくはこれから連れてくる友達の住む部屋なのだと推察できた。

 いずれにしても、美天のアパートよりもまだ新しくて開放感溢れる部屋の様子から、田辺が日頃悠々自適に過ごしているのは窺えた。

 もっと格安の貧相な家に移れば、美天から金を無心にする必要もないというのに。


 あの事件の後も、きっと田辺は良心の呵責に苛まれることもなく、ヘラヘラ笑って過ごしていたのだろう。

 自分が苦しんでいる間も。

 田辺のライクに貼られていたSNS・ウィスパーささやきのリンクを開くと、彼の楽しく充実した日常生活の囁きは、毎日欠かさず投稿されていた。

 田辺の日常と私事に微塵も興味ないが、万が一ウィスパーにあの映像データや美天に言及した投稿を出していないか、気が気でなかった。

 約束の七時までの時間を紛らわすために、美天は膨大な数の投稿を読み留めては、懸命にスクロールしていった。

 幸い、美天が心配するような投稿は、見つからなかった。


 田辺は友達や先輩との飲み会やクラブ・キャバクラなどの夜の街巡り、時々旅行等、日頃からかなり遊んでいるのが伺えた。

 最新の投稿を確認すると、田辺はウィスパーのラヴ・キャンペーンの抽選で『最新型の巨大冷蔵庫とハワイ旅行』を、ダブルで当選したことを自慢している。

 抽選プレゼントのページを撮った画像には、今月の十九日から二十四日までの期間が掲載されていた。

 田辺が急遽要求してきた三十万円は、旅行の遊び資金に当てるためだと察し、余計に惨めな悲しみが込み上げてきた。


 田辺は、人生と青春も好き放題謳歌しているというのに。

 どうして、私はこんなにも独りで苦しんで泣かなければいけないのか。

 それとも、穢れた獣であるを隠し持っていた自分への天罰だというのか。

 携帯端末の時計を確認すると、午後七時まで残り十分。


 「っ・・・・・・ふっ、ぅ・・・・・・っ・・・・・・ふ・・・・・・ふふ・・・・・・ふふふっ、あっ・・・・・・あは・・・・・・あはははは・・・・・・っ」


 携帯端末の画面に薄らと浮かぶ青白い顔は、不気味に笑っていた。

 渇いた笑いが、理由もなくこみ上げるてくる。

 腹の底から可笑しくてたまらない。

 ・・・・・・あの時、既に自分は死んだも同然だった。

 今ここに在るのは、朝比奈・美天という、ヒトの女の皮を被った一匹の『淫らで穢らわしい獣人形』。

 画面の鏡に映る、自分であるはずが他人のような顔に向かって嘲る空虚な笑いは、暗闇に響き渡る。


 「誰・・・・・・」


 時間感覚すら忘れて飽きるまで、笑い切った後――。

 五五五号室の呼び鈴インターホンは、慎ましやかに響いた。

 充電残量が二十%になった携帯端末は、『』を示していた。




 ***続く***

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