贄神の巫覡

冬月之雪猫

第一章『誕生』

プロローグ『偉大なる死』

 この世界には人智を超えた生物が存在する。ある者達は彼らを神と崇め、ある者達は彼らを真の王と敬い、ある者達は魔獣と恐れた。人類にとって、彼らは天災の一種であり、決して抗う事の許されない存在だった。

 それも今は昔のこと。2022年現在、人類の多くは彼らの存在を空想の産物だと信じ込んでいる。お伽噺に登場する、現実には存在しない生き物として捉えている。

 数少ない『真の知識を受け継ぐ者達』はこの無知を肯定している。霊長類たる人類こそ、世界を支配する資格を持っている。神など、実在してはならない。空想の産物として、人類の娯楽であるべきなのだ。


 ―――― 核で世界を滅ぼそうとも、細菌兵器で同朋を地獄に送ろうとも、それが人類の意志ならば歓迎しよう。


 それは、知恵ある者達によって組織された非政府組織・特定災害対策局の前局長の言葉であり、局に所属している者達の総意でもあった。

 彼らにあるものは『人類賛美』ただ一つ。


「局長。太平洋にα-01型生物の出現を確認しました」


 α-01型生物。通称『アルヴァ』。それは、日本近海に出没する巨大生物の一種である。白い体と長い尾を持ち、大きな背びれがある事が特徴だ。出現頻度も数年に一度と、他の特定災害生物Specific Disaster Organismの中でも群を抜いて多い。

 アルヴァの最も厄介な点は体内で高エネルギー物質を生成出来る点にある。そのエネルギーを光線の如く放つ事が出来る上、そのエネルギーを体内に留めておける強靭さを備えている。

 通常兵器では歯が立たず、その危険度は局が把握しているSDOの中でもトップクラスである。


「……α-01型ならば、狙いは日本だな。ならば問題ない」


 現局長のマイケル・ミラーの言葉に報告を行った局員も頷く。


「そうですね」


 彼らにとって、人類は皆平等である。人種も、性別も、年齢も関係ない。

 彼らの言葉の真意。日本ならば問題ないと言った理由。それは、日本という国を見捨てたわけでも、日本の国有軍事力を信頼したわけでもない。

 アルヴァが近海に高頻度で出現しながら、国民が呑気な笑顔を浮かべて日々の生活を送れる理由。それは日本を守る存在がいるからだ。

 マイケルはデスクの受話器を取り、日本の支部へ繋げる。


「わたしだ。α-01型の出現を確認した」

「ハッ! こちらも確認しております。現在、護国島の職員からウルガの出動が確認されました」

「了解した」


 マイケルは不快そうに息を吐いた。


「ウルガか……」


 SDOの中には人類に味方する者も少数だが存在する。ウルガはその内の一体であり、護国島と呼ばれる沖縄南西の島に巣食い、アルヴァを含め、近海に出現するSDOを撃退し続けている。特にウルガの恩恵を多く授かっている日本支部は現地に職員を派遣し、ウルガを守護神として崇めてさえいる。

 所詮、ウルガもSDOの一種であり、マイケルはそんなものを守護神として崇める事には否定的な立場を取っているが、現状でアルヴァに対抗出来る手段がウルガのみという事も事実。


「アルヴァや亜種を撃退する程の力。それが人類に向けられれば……」


 いずれ、ウルガを不要な存在として処理の対象とする事がマイケルの目標だ。その為にはアルヴァを含め、トップランクの危険度を誇る凶獣達を討伐する力が必要だ。


「対SDO兵器の開発はどうなっている?」

「God Killing Spearの完成は間近ですが、高速飛行が可能なSDOに対して有効な兵器の開発には時間が掛るそうです」

「現状はレールガンを含む既存兵器に頼る他ないか……」


 局の技術力はSDOの情報を独占している事もあり、表世界に比べて数歩も進んでいる。それでも足りない現状にマイケルは苛立った。

 報告に来た局員を下がらせたあと、しばらく書類と向き合っていたマイケルの部屋に別の報告員が飛び込んできた。 


「局長! ウルガが撃墜されました!」

「なんだと!?」


 ウルガの不敗神話。それは千年以上も昔から続いている。十年前の輝竜襲来事件でさえ、国民が知る前に撃破した最強の生物の敗北の一報はウルガを嫌悪していたマイケルすら凍りつかせるものだった。


「で、では、アルヴァはどうなった!? まさか、上陸を許したのか!?」


 焦燥に襲われる局長へ報告員は言った。


「いいえ。ウルガは撃墜間際にアルヴァへ致命打を与えたそうです。両SDOはそのまま海底へ沈み、おそらくは……」

「……そうか」


 撃墜されて尚もアルヴァという脅威を葬ったウルガにマイケルは複雑な感情を抱いた。

 

「……それで、今後の事なのですが」


 報告員は深刻そうな表情を浮かべた。


「ウルガは卵を産んでいました。ですが……、ウルガと対となる存在。護国の巫覡が……、ウルガ撃墜と共に命を落としました」

「……そうか」


 マイケルは険しい表情を浮かべた。

 守り人とも呼ばれる護国島の住民。彼らは不思議な力を持ち、子供のような容姿のまま数十年を生きる。ウルガと見えない糸で繋がり、その祈りの力によってウルガを手助けしていた。

 引き出しからファイルを取り出し、目的の資料を取り出しながらマイケルは言った。


「……エルミ殿とマリアナ殿の後継者はいないのか?」


 報告員は青白い顔で首を横に振った。

 マイケルも知っていた。それでも聞かずにはいられなかった。

 数百年前はそれなりの数の守り人が護国島で暮らしていたらしい。だが、先の大戦によって多数の死者が出た。生き長らえた守り人は少なく、代を重ねる毎に数を減らし、エルミとマリアナは最後の生き残りだった。

 ウルガと守り人は対であり、ウルガは守り人の祈りがなければ力を失う。その守り人が絶滅してしまった。


「……お二人は老衰か?」

「いいえ」


 報告員は悲しげに声を震わせた。


「お歳ではありましたが、死因はウルガに最後の一撃を放たせる為の祈りを捧げた事が原因のようです」


 守り人の祈り。それは、マイケルがこよなく愛するRPGゲームで言うところの魔法に近い。祈る度に彼女達から魔力のようなものが失われていく。ある程度は日常の中で回復していくものらしいが、一気にすべての魔力を失うと、その者は命そのものを失うという。

 マイケルは偉大なる守り人の二人に祈りを捧げた。人類とは似て非なる存在ながら、彼女達は人類の手により数を減らされながら、人類の為に最後の一滴まで振り絞った。その生き様に、彼は敬意を抱いた。


「守り人亡き今、ウルガの卵が孵る可能性は?」

「日本支部の報告によれば、ウルガの卵は常に纏っていた輝きを失い、内側の鼓動も聞こえなくなったそうです……」

「そうか……。守り人のいない状況で孵化したウルガが人類の敵となる可能性もあった。それを考えれば僥倖だ。それよりも、日本防衛の為の軍を編成するぞ。アルヴァがまたいつ出現するか不明だが、それ以外のSDOが出現する可能性もある」

「ハッ!」


 マイケルは資料に載せられた二人の守り人の巫女とウルガの写真を見つめた。


「……これまで、ありがとうございました」


 ◆


 海の底で、ソレは敵対者の肉体を喰らっていた。

 忌々しくも己を海底へ引きずり込んだ仇敵。

 ソレは怒りをぶつけるように死骸を喰い散らかし、翼をもぎ取り、その頭部を握りつぶす。そして、蹂躙の限りを尽くした後、その残骸を高エネルギーの光線で焼き尽くした。海底の水が一瞬無くなった事で、海上では巨大な津波が発生し、臨海区域に被害を巻き起こしたが、ソレにとっては知る由もない事であり、激情が冷めることも無かった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」


 降り注ぐ大量の水を浴びながら、ソレは吠える。


 ―――― ジャマモノハモウイナイ。

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