感じるままに動く姫の処し方

 成程ねぇ。コブラ陛下が自己紹介さえ求めずあっさり要望に応えてくれたのは、このミチザネ猊下が色々と話していたから。なのだろうな。

 だとしても王ともあろうお方がああも従順だったのは不思議だけど……後で奥さんに聞くとしよう。


 それにしても偉い人にあからさまな殺意の目で見られ、更に剣で斬りかかられて大した動揺無しとは私も中々。

 ま、自分で見ただけでも数十万人殺した成果ですかね。

 残るは……王、王太子、大神官、第二王女と護衛らしき貴族の兄ちゃん嬢ちゃん……おや?

 その兄ちゃん嬢ちゃんが私ら二人を取り巻いてる?


 これはこれはこれはこれはこれは……。

 ふふふふふふふふふ。くふふふふふはははは。いやいや。この笑いが表に出てないと良いのだけど。

 事実は小説よりも奇妙だ。


 頭のおかしい奴らに首を握られてぇ。殺意を見せるなんてなぁ。

 想像を越えた頭のおかしい方々がいる。

 我が家内様が焼き畑とかを止めるよう話すのに集中して、油断してるとでも?


 中心は当然お姫様。だが迷ってるか? 好機を伺ってるだけかもしれないが。

 ……邪魔になりそうだな。この美少女ちゃん。


 国策を変えるのは非常に難しい。

 だから統治者たちに一致した強い意志を持たせようと、心を殴り固めに来て。

 これだけして未だ乱そうとする愚かさでは……千景の存在を教えたのも不味いな。自分たちを圧制する上位者が居ると、哀れな民衆へ結果を考えず言いふらすだろこの手は。

 ただ期待の父と、一応兄も居る。二人が納得しやすいよう『攻撃されたから処分した』となる方が親切だな。


 そしてこのお嬢さんなら……。

 大して賢い案には思えないが―――。必要なら奥さんが病死にでもするだろうし、安心して試させてもらいましょうか。


「私からも要請が。王家の方には今後王冠などの儀式に必要な物を除き、装飾品を付けないでいただきます。

 理由としては国復興の為に質実剛健の模範となる。でしょうか。

 それと服も破けたら繕って着るようにしてください」


 陛下は頷いてるが王太子は愕然となされてる。ま、繕うという言葉の意味が分かっただけでも立派かもしれない。

 そして王女殿下の顔を是非見たい所だが……見ない方がよろしかろ。

 下手な挑発がド下手になってしまう。


「ふ、服を繕えと仰いますか」


『何故そんな必要が』とは言わないか。良い教育を受けたのだなぁ。


「はい。服や装飾品は虚栄心の発露になるでしょう? お陰で必要も無いのにどんどん新しい物が欲しくなり、その分森が焼かれ川が汚れます。

 王家の方にはそういう考えの否定をしてもらいましょう。問題無いと思いますよ。

 あなた方は服など関係なく偉大になる。それに着慣れた服の方が快適で」


 パシン!

 お? 何の音、ってお嬢ちゃんの護衛の皆さんが、剣に手を掛けて飛び出す寸前じゃないか。

 ははぁ。今の……扇で手を叩いた音っぽいのは合図。

 声で命令すると思っていたら含めてあったのか。感心した。


 しかし相手が悪かったねぇ。哀れな護衛の方々は今すぐ斬りかかりそうな姿勢のまま、驚愕と恐怖の表情。腕の筋肉とかが震えてるけど……力を込めても動かないか。

 あ、いや。口が色々動いてるな。しかし聞こえない。

 我が妻の演出ですかね。……くふっ。面白くしてくれてるのかな?


「何を躊躇いますの! その無礼な下郎を斬りなさい!」


 は? あれ。王女殿下は理解出来ないと言う憤然の表情? え、流石に状況を理解できない訳が……あ。

 全員がお嬢ちゃんに尻を向けてるから、表情が見えてない?


「しかし殿下。この女が近衛騎士団長閣下と、リン殿下を容易く殺してのけたのをご覧になられたでしょう。

 我ら全員で掛かろうとも余りに危険と存じます。日頃のご恩を想っても、命を無くすには……やはり」


 おぉ? 喋ったのは一番近い兄ちゃん、のはず。しかし表情が凄まじい事に。それに口の動きも合って無かったような?

 今のもしかして奥さんが作った声? あ、お嬢さんの表情がみるみる険しく。


「貴方が損得に五月蠅いのも良い時はあると見過ごして参りましたけど、今はそのような時では無いでしょう!

 なのに……動かない皆も同じ意見だと言うのですね?」


 あはははっ。全員が剣に手を掛けたまま、屈辱、怒り、恐怖が交じり合った表情のまま『頷かされてる』。

 なんだこれ凄いな。余りに奇妙な絵面で爆笑しそうだ。


「……良いでしょう。なら此処に約しましょう。その二人を討取り、一番の功績を上げた者は我が夫になります。女ならば少なくともクウ兄上の側室に。

 二番手以降の者も妻と夫選びに、このジミナ・ジルが最大限の援助をしますわ。

 それだけの功績です。父上、兄上も必ずやご理解下さるはず。

 さぁ、国賊を討伐なさいませ!」


 扇で指すは奥さん。お目が高い。しかし命令を聞く側の狼狽え恐怖している表情と共にみると……面白いと言うべきか。恐ろしいと言うべきか。

 よくこんな皮肉だらけの光景を作れるものだ。


『はっ!』


 おぉ。全員揃った威勢の良い返事まで捏造なさる。

 いや、完全な捏造では無いようだ。お嬢さんの約束を聞いて、声も出せずにいる・・・・・・・・若者たちの表情へ更に力が入った。声を出せたら今の気合が聞けたのだろう。


 かと言って動く訳はないようですねぇ。

 奥さん有難う。我ながら酷いとは思うが本当面白い。演劇を創る能力まであるとは御見それした。

 お、お嬢ちゃんが訝し気な表情に。異常と気づいた? やっと?


「と、いう訳で戯れは以上ですわ。何かご質問がありますかしら旦那様」


 騙すのは流石にもう無理、という事かね。そうだろうな。幾ら視野の狭い病人でもどれだけ恐ろしい状況になってるか……あれ?

 お嬢ちゃんが更に不快気で怒った顔を。……なぜ怒れる?


「このお嬢ちゃん、余りにズレてません? 陛下、猊下、王太子殿。自分より遥かに賢く強い方々が、このように恐怖し怯えておられるというのに。

 それにさっき黙らされてましたよね? なのに部下が今どうなってるかも分からなかったのは……」


「ごもっともな話、なのですけど……。旦那様は無意識の内に先のリン・ジルと同程度の優秀さを求めておられますわね。

 コレは最も傲慢な年ごろ。というのもありますが、そもそも比べるべくも無い無能ですの。自分自身に起こっていること以外の感度が著しく鈍いのです。

 加えて一度動き出すと、意思通りに成されるまで止まったり周りを見る力も無くなる。ですから自身の体の自由が効かなくなり、

『このように己の身にも下僕へ起こったのと同様の出来事があって初めて、わたしのような雌犬はご主人様の足を舐めさせて頂くにも値せず、全てを捧げて当然。ということに気づけますのよ?』」


 ああ、本当だ。自分の声で勝手に喋られて初めて顔に恐怖が浮かんでる。

 確かに何かやろうとすれば、それ以外目に入らなくなるものだが……。それが著しく酷い娘さんなのだな。

 他人事ながらこれが人の上に立つ王女なんて寒気がする話だ。

 何かする時に可能か不可能か考えず動く上司なんて、想像もしたくない。


「自分との結婚を餌に、こういう状態になった部下さえ奮い立たせられる求心力には感心しますけどねぇ」


 自分が美しいことを上手に使えるのだろう。それはそれで立派な能力だ。


「あ、旦那様は少し勘違いなされてますわね。

 娘。本当に我らを殺せていれば、この者たちから夫を選びましたか?」


 は? その質問をする時点で。


「……お前たちのような下郎に何故わたしが答えオギァアアアアアアッッッ!? イキィイイイイイイイ!!!」


 ビックリした。唐突に叫んで転げまわって……凄く痛そう。涙と涎でお美しい顔がべちょべちょ化粧はデロデロだ。

 見た目何も怪我をしてないのに恐ろしい奥さん。あ、止まった。

 しかし……ここまで示されて逆らうとは。ほんっとうに頭おかしい子。


「旦那様、面倒と感じさせてしまい申し訳御座いません。次はもう少し愉快な様になるよう致しますわね。

 娘。本当に我らを殺せていれば、この者たちから夫を選びましたか?」


「う、うぅッ! 勿論ですわ! 王家の者の言葉です。当然でしょう?」


 これは。そう思いたいだけかもしれないけど。言葉から感じた雰囲気的にも。


「成程。ああまで言っておいて、国有数であろう剣士二人を抵抗もさせず殺した相手に突っ込ませておいて、さらさら約束を守る気は無かったんですか?

 なら大した娘さんですね……私の時代なら優秀と言われる政治家になれたでしょうねぇ」


 あ。固まったままの護衛の若人たちが、愕然とした顔に。……死ぬ前に無駄な苦しみを味合わせてしまったか。


「ええ。自分が嫌な思いをするかどうかだけがこの娘の全てですから。

 己へ剣を向けてきた者たちへ配慮なさる旦那様とは雲泥で御座います。では、お望みに従いまして」


 固まっていた若者たちが悲鳴も無く白く燃えて灰……。あれ? お姫様が残っている?

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