第4話 婚約


「あんな王子は嫌よ。絶対に、嫌。

 どうして言うこと聞かないといけないのよ。

 初対面の令嬢を個室に連れ込もうとするなんて、どうかしてるわ!」


「あーなるほどね。それは嫌がるよな。」


「そうよ…普通の人から普通に申し込んでもらえたら、私だって考えるのに。

 あんな風に人の話も聞かない人となんて結婚したくないわ。

 でも、王子なのよね?見ていた周りの人も誰も止めてくれなくて。

 …もう帰るしかないんだわ。」


せっかく来たのに。すごく楽しみにしてたのに。

この学園はレミアスにない魔術の授業があるって聞いて、すごく期待してたのに。

もう帰らなきゃいけないんだ。また義妹の嫌がらせに耐えなきゃいけないんだ。

そう思ったらこらえきれずに、涙がぽろぽろ落ちてきて止まらなくなった。


「そう落ち込むなよ。」


そう言うと制服の上着から取り出したハンカチを渡してくれた。

初対面でぶつかって倒しちゃったのに、愚痴も聞いてくれて良い人なのかな。

普通は初対面の相手をこんな風に抱きしめたりしないと思うけど。

でも、支えてくれる腕からは優しさしか感じられない。


「俺が助けようか?」


「え?」


「俺ならシャハルから守ってやれるよ。

 どうする?」


うつむいていた私の頭の上から降ってくるような声に、くすぐったさを感じる。

あの王子から守ってくれる?本当に?



「…そうしたら帰らなくてもいいの?」


「うん、誰にも文句が言えないようにしてやれるよ。」


「どうやって?」


「俺の婚約者になればいい。今すぐに。」


「は?」


「そんな驚くなよ。リアージュは婚約者を探すために来たんだろう?

 俺は大公家で宰相の息子だから、それなりに身分は上だ。

 シャハルとも対等に話せるし、あいつは俺より弱いから文句も言ってこない。」


「…でも。」


「留学期間は卒業までの一年だろう?

 その間、婚約者として過ごして、俺と結婚してもいいと思ったら結婚すればいい。

 無理だと思ったら白紙にして帰ってもいいよ。無理強いはしないと約束する。」


「…そんなことできるの?」


「できるよ。俺ならね。

 この国でシャハルのすることに文句を言える奴は数人しかいない。

 その中で独身の令息は俺だけだ。

 他の奴ともし婚約できても、シャハルは邪魔してくるだろう。

 …それに、このままレミアスに帰ったとしても、

 シャハルが正式に婚約を申し込んだとしたら断れないんじゃないか?」


「うっ。」


確かにシャハル王子から正式に婚約を申し込まれたら断れないだろう。

同盟国の王子を嫌いだからなんて理由で断れるわけがない。


「陛下を通して申し込まれたら、もう無理だろう。

 あきらめてシャハルと婚約するか?」


「それは嫌。それだけは嫌だわ。」


「だろう?じゃあ、俺にしとけよ。俺で何か問題あるか?」


問題?初対面で婚約を決めていいのかって問題はないの?

顔をあげて目を合わせると、目が私を心配しているように感じた。

同じ銀髪で紫目なのに、あの王子とは何もかもが違うように見える。

こんな初対面なのに、本当に頼ってもいいの?

思わず目を伏せると、抱きしめられていることを思い出して顔が熱くなる。

結論はもう出てしまっている気はする。



「俺じゃダメか?」


少し低い声でささやかれて、もう耐えきれなくなってしまった。


「わかったわ…あなたと婚約するから、お願い…もう離して?」


「よし。じゃあ、くわしいことは後で話すから、このまま移動するよ。」


「え?」


そう言うとジルアークは本を仕舞って眼鏡をかけると、

私を抱き上げたまま立ち上がり、すたすたと歩き始めた。

軽々とお姫様抱っこされたまま運ばれてしまい、軽く悲鳴をあげそうになる。


「え?え?どうして?」


「とりあえず馬車まで運ぶから、少しだけ我慢して。馬車に行ったら降ろすから。

 人に見つからないように校舎の裏を通って行くから、ちょっと危ないんだ。

 お姫さまには歩かせられないよ。」


どうやら令嬢の靴では歩きにくい場所を通って行くらしい。

話しかけようとしたら、授業中だから静かにと言われ黙るしかなかった。


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