第2話 逃げるリアージュ

その日、二人が出会ったのが運命だったのか、偶然だったのかはわからない。


カルヴァイン王国の高位貴族の令息令嬢が通う学園の中庭、

何度も後ろを振り返りながら逃げているのはレミアス国から来た留学生リアージュだ。

レミアス国の王弟を祖父にもつ公爵令嬢リアージュらしからぬ行動には、

それなりに理由があった。





足を止めて息を整えていると、背後から気配を感じた。


「やだもぅ。まだ追いかけてくる!」


ここまでくれば逃げ切れただろうと思ったのに、まだ遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

はしたないとわかっていても早歩きしていた。

それでもまだ追いかけて来るなんて思ってもみなかった。

どうしても捕まるわけにはいかない。

周りを見渡して人がいないことを確認して走り出した。

留学生としても公爵令嬢としても、こんな姿を人に見られるわけにはいかない。


もうすぐ授業が始まる時間だし、中庭の奥へ逃げ込めばもう追ってこないはず。

今日初めて通う学園ではあるけれど、頭の中に学園内の地図は入っていた。

何かあった時に逃げる場所はあらかじめ確認しておいた。

それに、そこから侍女たちの待合室とは距離が近い。

どうしても逃げ切れなかったら、そこに飛び込めばいい。

そう思って中庭の奥へ奥へと逃げ込んだ。


少し大きめの木小屋を見つけ、その裏にまわって隠れようと決めた。

ここは物置だろうか。人の気配は無いし、学生が使うようなものではなさそうだ。

いくらなんでも私がそんなところに隠れているとは思われないだろう。

建物の裏へ回り込んで隠れよう…と思って角を曲がった瞬間、何かにぶつかって転んでしまった。


「えっ?」

「うわっ!」


うわっ?驚いたような男性の声?何?どういう状態なの、これ。

気が付いたら、知らない男性のひざの上に乗ってしまっている。

正確に言うと押し倒すような形で一緒に倒れこんでしまったようだ。


「えっ?人がいた?…ご、ごめんなさいっ。怪我してないかしら?」


見るとその男性は学生のようだ。同じ学園の制服を着ている。

長身の身体を放り出すように横になっている男性に声をかけるが返事がない。

リアージュが乗っているのにも関わらず、そのまま起き上がろうとしている。

こちらを見た、その一瞬だけでも整った顔立ちにドキリとする。


その男性と目が合った…と思ったら、ものすごい勢いで顔を手で隠した。

よく見ると顔というよりも両目を隠すように手で覆っている。

え?目がどうかした?もしかして怪我させちゃった?

結構な勢いでぶつかって倒してしまっている。怪我をしたとしても不思議じゃない。


「ごめんなさい!目をぶつけたのね?」


「…。」


「大丈夫?私、治癒できるから早く見せて!」


銀色の長めの前髪を手ですくうようにあげて、目の周りを確認しようとする。

男性がなかなか手を離してくれないから、余計に心配になる。


「お願い。怪我の状態を確認させて?すぐに治すから。」


重ねて言うと、あきらめたのか手を離してくれた。

目の周りを確認するが、怪我をしているようには見えない。

腫れていないし、血も出ていない。

切れ長な紫色の両目は充血もせず、綺麗な状態だ。

伏せられていた目が、ゆっくりと私を見ている。

その目に囚われてしまいそうで、小さく息を吐いた。


「…怪我しているようには見えないけど、どこか痛む?」


とりあえず怪我はしていないようで安心する。

だけど、見た目だけじゃわからない。痛みはあるのかもしれない。


「…平気なのか?」


「え?」


「俺の目を見ても何とも思わないのか?」



「目?…綺麗な目ね?ぶつかってしまってごめんなさい。痛かったわよね。

 見た感じでは腫れていないけど、何かおかしい?

 …紫水晶みたいでとても綺麗なのに、傷つけてしまった?」


男性の前髪をあげたままだったことに気が付いて、手を離す。

さらさらと銀色の髪が目にかかるが、隙間から見えるのは恐ろしく綺麗な目だった。

澄んだ紫の目は紫水晶のようにきらめいていている。

銀髪紫目…王家の血筋に近いものしか持たない色に、この男性が高位貴族だとわかる。

動揺を隠して男性の顔を見ると、

美形を見慣れているリアージュでも綺麗と思ってしまうほど、

端正な顔立ちをしていた。


その時、遠くからリアージュを呼ぶ声が聞こえて、「ひぃ。」と変な声が出た。

まさかまだ追いかけてこられていたとは思っていなかった。

先ほどの恐怖がよみがえって、思わず身体を固くしてしまう。


「…もしかして誰かに追われてる?」


男性が聞いてくるのを無言でうんうん頷く。怖くてもう声も出せなかった。


「わかった。じっとしていろ。」


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